第百二十二話 司書長と新聞記者
怜菜と会った翌日。
アンジェルの姿は、いつも通り王宮図書館にあった。
不本意ながら、怜菜からの依頼を達成するためである。
「にしても、なんで私がこんなことを……」
「しなければならないのか……と、そうですかーいやはや、今の仕事にそんな不満があるのなら、別にやめてもらっても構いませんけど?」
背後から聞こえてきた声に思わずビクッと肩を震わせてしまった。
いつか王都で見たからくり仕掛けの人形のようにぎこちない動きで後ろを振り向くと、鬼のような形相をして青筋を立てているナタリーの姿が見えた。
「しっ司書長!」
「わざわざ大声を出さなくてもー十二分に聞こえちゃってますよ! もちろんあなたの不満を含めてですけどねーそれで、どうしたんですかー? そんな風におおっぴらに不満をつぶやいてるなんてー」
よく小説等の表現で相手を恐怖を覚えさせる笑顔だの、怒りながら笑っているので余計に怖いだとかそんな表現がされているが、それが本当に怖いということを身を以て実感中である。
これは、まずいどう言い訳をしようか……そんなことを考えていた時だ。
「やっほー! アンジェル! 頼んでいたことなんだけど……あらあらあら、タイミングが悪かったみたいですね。それじゃ、今日はお暇……」
「ちょっと待て!」
飛び去ろうとする怜菜の脚をつかみ、下へ向かって思い切り引っ張った。
バランスを失った怜菜はその場に墜落してしまった。
「何をするんですか!」
「こっちのセリフよ!」
予想外の攻撃だったのか、思い切り床に顔面をたたきつけた玲奈は、親の仇を見るような目でアンジェルをにらんでいた。
しかし、忘れてはならない。この場にもう一人の人物がいるという事実に……
「二人とも表に出なさい」
普段の口調を封印したナタリーを前にして、二人は完全に口をつぐんでしまった。
「返事は?」
「はっはい! すぐに出ます!」
そこからは早かった。
見事なほどシンクロしたタイミングで返事をした二人は、足早に図書館の入り口へと向かう。いや、正確に言えば、高速で飛ぶ怜菜の体にアンジェルがしがみついているだけなのだが……ともかく、この場から逃げたい一心からの行動であった。
「どうも、わざわざご足労ありがとうございます。いきなり表に出ろなんて、さすがに失礼かと思いましたけれど、すぐに出てきてくれるとは……さすがは、新聞記者は違いますね」
しかし、一番肝心なことを忘れていた。
彼女の能力を行使すれば、先回りをすることなど赤子の手をひねるも同然だ。
本気で彼女にそんな行為をしようとしても、瞬間移動のような魔法を使わないと十中八九先回りされてしまうだろう。
「さーて、いろいろと聞かせてもらいましょうか? 主に怜菜さん」
「はい……」
腕をつかまれた怜菜は、まるですべてを観念したようにうなだれていた。
*
事情を聴いたナタリーは、黙ったまま腕を組んで立っていた。
「あっあの……司書長?」
沈黙に耐えかねたアンジェルが恐る恐る口を開く。
「あなたはー少し黙っていてくださーい」
「はっはい!」
口調も振る舞いもいつも通りのはずなのに先ほどの一件のせいで、なんだかそれだけでも怖いと感じてしまった。
だが、当のナタリーは思考の海の中にいた。
「でも、仮に黒髪の子が伝承にある観測者だとして、どうしてこんなところに?」
「さぁそればかりはさすがに……でも、司書長のあなたが何も知らないとは……意外でした」
「まぁ私だって、図書館や館長……特に館長のことは、まーったくしらないことが多いというか……そんな感じですかねー」
彼女の言い分はもっともであるが、実のところナタリーは一回しか来館していない人間を含めて図書館へ出入りしたことのある人間のほとんどを覚えている。
その彼女が記憶にないというのだ。いくら瞬間移動やその類の魔法を使ったのだとしても、司書長の目を潜り抜けるのはそう簡単ではない。
「それにしても、私の知らない客人ですかーまぁ面白そうなので、調査は許可します。その代わり、この記者に話す前にすべて私に報告しなさい。いいですか? アンジェル」
「はい」
結果的に、調査の許可自体は下りたものの、あの言い方だとある程度の情報統制をかける気なのだろう。
面倒事に巻き込まれてしまったとため息をつきつつ、アンジェルはその場を離れて仕事に戻って行った。




