第百二十話 怜菜の持論
「でも、いくら何でもそれは……」
怜奈の仮説を聞いたアンジェルは、あきれたと言わんばかりに両手を広げていた。
「でも、でもですよ! もしも、彼女がこの文献に書かれている観測者と同一人物とすれば大スクープ間違いなしです! こんなこと仲のいいあなたにしか頼めないですよ! 本当にお願い! この通り!」
「いやいやいやいやいや! 無理でしょ!」
確かに他の司書に比べれば館長に近いのかもしれないが、そんな調査をできるほどずっと張り付けない。そもそも、近いといってもほんのちょっと、呼ばれる回数が多いだけだ。
「そうですか……そうですよね。じゃあ、別の人にでも頼みます」
「別の人?」
アンジェルは思わず聞き返してしまった。
その途端に怜菜は、普段とは違う悪人のような笑みを浮かべた。
「そうですね。一緒に召喚された仲ですし、柴にでも頼んでみましょうか。ぶっちゃけ、彼女が側近中の側近といっても過言じゃありませんからね。交渉は難しいですけれども、きっと彼女なら受けてくれるでしょうね! どこぞの下っ端司書と違って! まぁ理想を述べるのなら、コソコソと調査してても怪しまれにくいような目立たないし司書の方がいいのですが、こればかりは仕方ないですね」
安っぽい挑発だとは思う。しかし、柴の名前を出されては簡単に引くわけにはいかない。彼女は、王宮図書館に来てからわずか数か月で現在の地位まで上り詰めた。おそらく、次の司書長は彼女で間違いないだろう。
それまでは、自分がマリーの一番のお気に入りだったのにもかかわらずだ。
しかし、ここで受けてしまえばあとで絶対に後悔することになる。
「そうですね……じゃ、柴さんのところ行くので……代金は私持ちなのでほかのご注文はお早めに」
そう言って、怜菜は伝票をひらひらとさせながら席を立つ。
その態度を見ていると、何だかカチンとくるものがあった。
「わかったわよ! 私がやればいいんでしょ! 私がやれば!」
そして、ついに言ってしまった。
怜菜の顔に満面の笑みが浮かび、彼女はアンジェルの両手をガッと掴むと激しく上下に振った。
「そうですか! やってくれますか! いやー信じてましたよ! 本当に! いやはや、まぁでも、調査は気を付けてくださいね。彼女が本当に観測者だとしたらなおさら……いやーできれば私が潜入調査したかったんですが、顔が割れていますからね……それにしても、残り少ない貴重なフィルムを使ったかいがあったあったというものですよ! 現像するのだってかなり苦労したんですから!」
すっかり上機嫌になっている怜菜を見て、アンジェルはやはり受けるべきではなかったと猛烈に後悔していた。
観測者という推測が立てられている時点でそうなのかもしれないが、この様子を見る限り、面倒事確定なのだろう。
「でも、その観測者に関する文献って信頼できるものなの?」
「おやおやおや、疑ってるんですか? 一応、言っておきますけれども、この資料の原本は王宮図書館のものですよ。しかも著者は先代館長。まずもって、間違いということはないと思いますけど?」
要するにあの膨大な蔵書の中から、こんな資料を引っ張り出し、なおかつどこぞのタイミングで集まっていたあの三人の姿をカメラで写真に収めるという芸当をやってのけていたといことだろうか?
しかし、そうなってくると話が変わってくる。
「これほどの写真が撮れるぐらいなんだから、自分で何とかなるのでは?」
「それがですねぇ。この直後にこの行為がばれて、すっかりと警戒されちゃったんですよね。これでしばらく……下手したら一生、そのままだと思います……とにかく、私に変わって裏付けお願いします。それと、これ知り合いの魔法使いに作ってもらったものなんですけどもね」
そう言って、怜菜は小ぶりな水晶玉を取り出した。
「これを使って私と通信してもらいます。まぁ使い方はその時になったら、お教えしますので。それでは、お暇させていただきます」
怜菜は、伝票を手に持ったまま席を離れて行った。
残されたアンジェルはすっかりと冷めてしまった紅茶を飲みながら、怜菜の話を振り返っていた。




