第百十八話 ある図書館司書の朝
図書館の朝は早い。
日が昇るころ、司書たちが図書館に来るころには、マリーはすでに読書を始めている。
赤色の髪をポニーテールで束ね、エメラルドの瞳を持っているアンジェルもその一人だ。
アンジェルは大量の本を抱えて館長のマリーの下へと向かってた。
マリーは、特定の人物を自らの周りに引き寄せるという魔法をよく使うが、基本的には客人に対してのみである。
アンジェルのような司書の場合、相当急ぎでない場合自分の脚でこの図書館内を移動する。
「もう。どうしてこんなにだだっ広いのかしら!」
「仕方ないよーだって、ここは王宮図書館だものーまぁ無駄に広くした私のセリフじゃないけれど」
背後から聞こえた声でアンジェルは飛び上がるように振り返った。
「しっ司書長!」
振り向いた先にいたのは、王宮図書館司書長にして、時空間を操ることを得意とすることが由来である時空の魔女という二つ名を持つナタリーその人である。
その能力だったり、潜伏が得意だったりということがあり、相手に自らの気配を察せされることなく近づくことができるらしい。
「どうしたの? さっきの勢いはどこへ消えちゃったんだか……それにしても、広すぎてごめんなさいねーでも、こうでもなきゃ、膨大な蔵書を処分しなくちゃいけないでしょ? それは、それはめんどくさいなーって」
「はっはい! おっしゃる通りでございます!」
これはまずい。非常にまずい。
アンジェルの頭の中で危険信号がこれでもかというぐらい点灯している。
「それにしても、あなたの意見をじっくりと聞きたいわ―」
ナタリーはぐるりとアンジェルの顔を覗き込む。
「いえ、なんでも……嫌ですね。大切な本のためですもの。不満なんてありえないじゃないですか! はっはっはっはっ!」
「そう、ならいいけどー笑みが引きつっちゃってるよ!」
ナタリーはいかにも人が悪そうな笑みを浮かべながら、アンジェルの後ろに回り込んだ。
「ならいいわ。それじゃ、仕事がんばりなさい」
その声を最後に背後から人の気配が消えた。
「はぁびっくりした」
アンジェルはへなへなとその場に座り込んでしまう。
先ほどの出来事はあまりにも心臓に悪い。
まさか、偶然口に出てしまった不満をよりにもよって司書長に聞かれていたとは……
「仕事しなくちゃ」
アンジェルはそそくさと周りに落としてしまった本を拾って図書館の奥へと歩き出す。
「やっほアンジェル。災難だったね!」
「何? 見てたわけ? というか、いつからいたの?」
「えぇそりゃもちろん! 図書館の開館と同時に入らせてもらったんですけどね。マリーさんのところに向かってたら偶然……そんなどーでもいいことはさておいて、いいネタになりそうですねー!」
少し空中に浮かび、アンジェルの後ろから手をまわしている人物は、司書以外で図書館への出入りを許可されているニンゲンの一人、新聞記者の川代怜菜である。
彼女は、かつてニホンで新聞記者をしていた人物なのだが、マリーがサイをこちらの世界へ召喚した際に巻き込まれえてきたのだ。
そのためもあってか、割と破格の対応を受けており、王宮内すべての場所への出入りが許可されている。
今では、王宮からの出資と自らが新聞を売って集めた資金で新日新聞という会社を立ち上げ、数十名の従業員とともに取材から発行、配達まですべての工程を担っている。
「それで? ご用件は?」
「あら冷たい。まぁいっか。ちょっと、聞きたいことがありまして!」
「私に?」
「はい!」
不快そうな表情を浮かべるアンジェルに対して怜菜はかなり上機嫌だ。
アンジェルはあきらめたようにため息をついて彼女の手を振り払う。
「わかりました。しかし、館長のマリーを通してください。私を対象とするものだとしても、何も言わずに勝手に受けるわけにはいきません」
そういうと、アンジェルは本を抱えなおして図書館の奥へと歩みだす。
「そうですか……だったら、そうさせてもらいますね!」
その声とほぼ同時に後ろで風が起こる。
ふと、上を見上げると館長がいる図書館の奥へ向けて飛んでいく怜菜の姿が見えた。




