第百十七話 ある夜の王宮図書館
夜中になり、静まり返った王宮図書館の一番奥、この図書館の館長を務めるマリーは、静かに口を開いた。
「そう……あの子は死んだの」
彼女のまわりにあるのは書斎のろうそくの明かりが届く範囲を脱した途端に完全な暗闇である。
「……なんとなくわかってはいたわ。と言っても、このシステム自体は出来損ないの方じゃなくて、魔族の神様……つまり、魔王を造った神によるものね……まぁ実際は、どこまでが仕組まれていて、どこまでが偶発なのかわからないけれど……それにしても、短すぎないかしら?」
しかし、マリーはそんなことお構いなしだと言いたげに話し続ける。
「そうね……確かにそうかもしれないわね。まぁ可能性としては、魔王という危険因子の排除……本来勇者がやるべき仕事だけど、歴代に比べて異様に頭が回るあの子は、勇者と和解してしまった。だからこそ、神……いや、この世界そのものが彼女を危険因子として排除してしまった……そんなところかしら……」
姿は見えない。
しかし、話相手がいるかのようにマリーはくすくすと笑いながら話を紡ぐ。
「あらあら、確かに私は真実の魔女なんて言われているけれど、それはこのシステム上において他ならないわ。世界というシステム自体が間違った情報を私に与えているのならば、それはあらがうことができない絶対の事実となり、それが真実となるの……あなたにわかるかしら? 観測者というのは、そのシステムに対する挑戦をしているのと同義なのよ。だから、下手をしたら私が得る情報もあなたがいじったものに変容するのかもしれないわね……そろそろいいかしら?」
そういうと、マリーは立ち上がり、自らの背後をむいた。
「そうね。私だって、早々動く気はないけれど、このままじゃ帰ってもらえそうにないし……仕方ないわね。そうでしょ? 観測者アルドンサ・マリ・モンテジョル」
背後の気配が消えるのを直感で理解したマリーは再びイスに座って本を開いた。
開かれたページには何も書かれておらず、マリーは羽ペンを持ってそこに文章を書き起こす。
「さて、どうしましょうか。そうね。このまま行こうかしら」
多少の脚色を加えつつ歴史書を紡いでいく。
彼女が記す歴史はこの国の歴史そのものだ。
正式な記録に反論の余地などない、なぜならそれそのものが真実であり、正しいものであるからだ。
「館長。今、よろしいでしょうか?」
「柴ね。こんな夜分にどうしたのかしら?」
マリーは羽ペンを置いて、顔を上げる。
すると、闇の中から柴が現れた。
「もしわけありません。少々気になることがありまして……」
「気になること?」
「はい。これを」
柴は、マリーの書斎に何枚かの紙を置いた。
そこには、小さな文字がびっしりと書かれていた。
「なるほど、なるほど……」
マリーは常人では考えられないような速度で資料を読み進めていく。
柴は、別に驚くことも感心することもなく静かにその様子を眺めていた。
「それにしても、柴。あなた少し変わったわね」
「そうですか? 私はいつも通りですが」
「そう。あなたは、初めはよく笑って、よくドジしてそれはそれは愉快だったと思うけど……そう、変わってないのならいいわ」
マリーは再び本に視線を落とす。
数分後、膨大な資料を読み終えたマリーは小さく伸びをしたあと、柴の方を向いた。
「それで? この資料がどうかしたの?」
「いえ、史実と違うことが記録されていたので気になっただけです。別にどこかの言い伝えとかなら問題ないのですが、これが発見された場所がこの図書館の中だという点が少々問題かと」
「なるほど……確かにそうね……でも、気にするほどでもないわ。この国においては、私の記録こそが真実なのだから……それに、いくら魔女だといっても所詮はちょっと寿命と魔力が違うだけでニンゲンと変わらないわ。だから、調査するには限界がある。違うかしら?」
「いえ、申し訳ございませんでした」
柴はそそくさと資料を片づけて立ち去っていく。
その背中を見送ったマリーは不敵な笑みを浮かべていた。




