幕間 観測者とメイド長
真夜中の魔王城。
遅番のメイドがせわしく仕事をこなすなか、一人の少女が悠々とその場内を闊歩していた。
メイドたちは、その人物を見ると自然と頭を下げる。と言っても、彼女はこの城の主ではない。
闇夜の人形遣いにして観測者アルドンサ・マリ・モンテジョルである。
城内のほとんどのメイドたちは彼女の顔を知っていて、基本的にはどの時間に来ても上客として接する。
「でも、珍しいよね。あの人がこの時間に来るなんて……」
「しっ仕事に戻りなさい! でも、珍しいわね。こんな夜中、しかも廊下を歩いているなんて……」
普段は、早番である青い髪のメイドの言う通り、こんな夜中……しかも、廊下を歩いているなどどういうことだろうか?
二人のメイドは、そそくさと頭を下げて仕事に戻っていく。
アルドンサは、誰の案内もなく、廊下を歩いていく。
ときどき会うメイドは、驚きの表情を浮かべつつも頭を下げて下がっていく。
その繰り返しだ。
「久しぶりに歩いたけど、無駄に広いわね」
「それはもう。歴代の魔王がいかに勇者の侵入を防ぐかと工夫しながら広げて行ったという歴史がありますので」
突如として、声がしたかと思うと後ろに人の気配を感じた。
「ノエル。あなたには私の気配を察知するレーダーでもついているのかしら?」
「いえ、基本的にはあなたが来ているという直感で動いています。にしてもですね。“朗読役”をしているときに比べてくる頻度が高くなっているようで……」
「えぇ。先の一件で観測者の枠に穴が開いてしまったから、その穴埋めを探すのを兼ねて暇つぶしをしているのよ。私としては、前にも言ったとおり、あなたもその候補なのだけど……」
アルドンサはノエルの視線をまっすぐ見据えていた。
「そのお話ならお断りしたはずですが? 私はこの城のメイド長です。私がここを離れるわけにはいきません」
「そう? あのマリナって子。素質あるわよ。待っていてあげるから、彼女をメイド長にして自分は引退という形で観測者になったらどうかしら? ある程度条件は飲むわ」
「そうですか。ところで話をしているどうかは別として、候補は他に?」
面白いことを聞くものだ。アルドンサは、くっくっくっと笑いながら声をかけたニンゲン、かける予定のニンゲンの顔を思い浮かべていく。
「そうね……王宮図書館館長にして『真実の魔女』マリー、今代勇者『不戦勝の勇者』の二つ名を持つアンナ、魔族領で診療所を開設している『外界よりの奇跡の医師』ユウ……そのほかにもいろいろといるわ……まぁあなたが知っていそうなあたりの名前をあげてみただけ……あら、一つ忘れていたわ。魔王の位を放棄したさすらい人『魔王の兄』セイヤ……こんなところね」
アルドンサの上げた名前、その多さに驚くと同時にこれほどのメンバーでマアサの名が挙がらないのが意外であった。
そのことについて問おうと思ったが、所詮は観測者の選考基準など知る由もないし、教えてくれるようなものでもないし、聞いたところで無駄だろう。
「でも、全員に声をかけているわけじゃないのね?」
「えぇ。もちろん、アンナやセイヤはさすがに先の件があるから、声がかけずらいわね。そう考えると、候補でありながらも最初から選考から外れているといっても過言ではないわ。今挙げた中で声をかけているのはマリーのみ……まぁ彼女からもいい返答は得られそうないけど……そうね。あなたもそうかしら」
そう言って、アルドンサはノエルの横を通ってマアサの執務室に向かう。
「お嬢様でしたら、この時間執務室ではないと思いますよ」
「あら、わかってないのね……私の来訪にはさといのに」
アルドンサは、そう言って執務室の方へと消えて行った。
*
アルドンサが執務室に入るとソファーで横たわるマアサの姿が目に入った。
「あら、こんなふうにのんきに寝ているなんて……『稀代の魔王』も落ちぶれたものね」
アルドンサは、マアサのそばによってジッとその顔をのぞいた。
「本当に穏やかね。あんなことがあったのにこんなふうに……のんきに寝てんじゃないわよ」
アルドンサの頬を一筋の涙が伝っていった。
魔王、マアサ崩御。
その原因は、いまだにつかめていない。ただ、勇者に殺されるだけという存在であるからして、神は抵抗しても確実に死ぬように最初から寿命が短くなるようにしていたといわれている。
ニンゲンにしては長命の勇者に魔族にしては短命な魔王……神様が作り上げたシステムの中において、観測者であろうとあらがえないことがある。わからないことがある。
それを解くために自分は観測者を続けているのだ。
アルドンサは今一度、彼女の姿を見て立ち去って行った。
「ゆっくりと寝ていなさい……我が盟友マアサ」
この後、アルドンサが魔王城に現れることはなかったのだという……




