第百十六話 マアサの心情
マリーが帰った後、すっかりと静まり返ってしまった部屋でマアサはソファーに座っていた。
時を刻む時計のカチカチという音が嫌に大きく聞こえる。
「そういえば、結局本は返せずじまいでしたわね」
そう言って、マアサは本を手に取って笑う。
いったい全体、自分はどこへ進もうとしているのだろうか? あの少女と出会ってからそんなことを考えることがある。いや、もっと前……セイヤと出会った時からかもしれない。
初めは、単なる保険のつもりだった。
彼が魔王となると言おうが言わなかろうが、大きな問題にはならなかった。強いて言うならば、権利を放棄して放浪してくれる方が好都合だ。とはいっても、結局は彼ないし自分自身がうまいこと中間に立って、魔王と勇者の戦いを断ち切れればよかったのだから、本当にどっちが良いのかということは分からない。
そんな背景もあってか、人選には通常よりも神経を使った。
これまで、歴代が行ってきたものとは違うというのもあるが、ここで典型的な魔王に向いているようなタイプ……たとえば、好戦的だったり、残虐だったりという人物を選んでしまえば、途端に計画は破たんしてしまう。
マアサの人生の中で大きな出来事でありながら、保険がかけることができなかった出来事の一つである。
そして、選考に選考を重ねてたどり着いたのがニホン人のオキムラセイヤであった。
彼は理想的なニンゲンだった。
魔王の位を速攻で放り出し、放浪の旅に出てしまった。
あとは、情報を適当に操作しながらうまいこと勇者と彼が“偶然”出会うようにするだけだ。
数日後に様子を見に行った限りでは、思惑通りに勇者と出会い行動を共にしていた。
やはり、妖精をこちら側に引き入れていたのが大きいのだろう。とはいっても、彼女に頼んでいたことと言えば彼と行動を共にして、絶対に外に出すなというだけだった。どういう経緯があったか知らないが、彼女は兄のことを主と呼び、最初のころは自分に対して嫌悪感を抱いていた。
「まったく……生意気な妖精でしたの」
だからこそ、あえて彼女が下で押しつぶされるような形で彼に抱き着いてみたりした。
何だか、平和な日々が続く中で久しぶりに会うとやりたくなってしまうスキンシップだ。
「……お兄様。今、どこで何をしていますの?」
マアサは知らない。今、セイヤがマリーの依頼を受けて先代勇者の捜索を始めているという事実を……
「オリーブもアリスもアンナも……また、どこかで……」
彼女たちが今どこで何をしているのか……そんなことを考えてしまう。
たった一時だけだったが、あのメンバーで迷宮探索をしていたというのは非常に心地よい時間だった。
だが、彼女たちは今そばにはいない。
それぞれ、思い思いのことをしている。
アンナは、せっかくだからついでに兵役義務の免除を頼むといっていた。オリーブは今度こそ大好きなことをするのだと宣言した。アリスは、村の様子を見た後はやはり、主の下へ赴くのだろうか?
そんなことを考えてふと思ってしまうことがある。
自分の目的は? 存在意義はなんなのだろうと……
勇者を倒すという目的は自らの手でつぶしてしまった。
国王との密約により今後、新たな魔王が誕生することもなく、マアサが初代国王として魔族が建国した新しい国という形で魔族領は再出発する。これにより、魔王と勇者の戦いは今後は一切行わない。そう決めたのだから、国づくりに尽力すべきではないかと思っていたが、その役目は自分でいいのだろうかと思ってしまうのだ。
幼い時……父がいなくなった時から自分という存在を偽って魔王という存在を作り上げてきた。しかし、それで本当によかったのだろうか? はたして、魔王という存在がなくなった今、自分はこのままでもいいのだろうか?
「……ってこんなこと考えだすなんて、私も疲れが出てきてますのね……そうだ。せっかくですから、明日はマリナを誘って城下に降りてみますの。そして、マリーに……返しそこねた本を持っていって……どうせなら、マリナを連れて行って、驚かせますの……そうすれば、きっとまた……いつも通りに……」
そんなことをつぶやいながらマアサは眠りについた。
読んでいただきありがとうございます。
この話で第八章は終了し、幕間を挟んで第九章に入る予定です。
これからもよろしくお願いします。




