第百十五話 マリーとマアサ
マアサは、食事をとったのち、ノエルに命じて人払いをしてから、魔方陣が書かれた巨大な紙を卓上に敷いた。
「我は神に願う。遠い地の友人と我をつなぐ架け橋を作れ!」
マアサが呪文を唱えるのと同時に魔法陣が青白く輝きだして、青い光の柱が天井を突き抜け、空へと上っていく。
数分後には、その光が収まりその中心にひとりの少女が姿を現した。
「まったく、いきなり呼び出して……どういうつもり?」
呼ばれた少女……マリーは怪訝の表情をもってマアサをにらんでいた。
「まぁまぁそういわないでくださいまし」
マアサは、ソファーに腰掛けてマリーにもそうするように促した。
マリーはぶつくさ文句を言いつつもそこに座る。
「それで? 何の話よ」
「先代勇者の話を聞きたいですの。本来なら、そっちに赴くべきなのでしょうが、何かと大変でございましょう?」
マアサの言葉を聞くと、マリーは納得したようすを見せながらもため息をつく。
「確かに今の王宮じゃ先代勇者の話なんて、あまりすべきじゃないのは事実だけど……なんで、あなたがそれを聞いてくるの? それと、命名図鑑とか記憶喪失に関する本とかいろいろ返して頂戴」
「わかってますわ。あなたにしては、えらくせっかちですわね?」
「そうね。だって、あなたに貸した本がまともに返ってきたことがあるかしら? ないわよね。本泥棒さん?」
マリーの言葉に対する反論が思いつかない。
確かに今回の本も彼女には何も言わずに持ち出そうとした。それを図書館を出る直前に見つかり、借りようとしていた本のことでいろいろ聞かれたのだ。
「でも、持って行ったのが命名図鑑だけじゃないということは、なんとなく事情が読めないこともないけれど」
事情が読めないこともないどころか、すべてを知っているであろう真実の魔女は、ものぐさそうに天井を仰ぐ。
「大体わかっているとは思いますけれど、先日町で記憶喪失の少女を拾いましたの。それで、そういった本をお借りしたまでですわ。まぁ命名図鑑はともかくとして、もう一つの本はちんぷんかんぷんであまり理解できませんでしたが……それは置いといて、今日はその子のことで話があったのでお呼びいたしましたの」
「なるほど。それは分かったけれど、先代勇者と何か関係あるのかしら?」
「それは、話を聞いていればわかりますわよ」
そうして、マアサはマリナについて軽く説明していく。
マリーは時々相槌を打ちながらも基本的には静かに聞いていた。
「それで? 確かにマリナって言う子の容姿は先代勇者に似ているのかもしれないけれど、あの子が血塗れで魔族領に倒れているなんてありえないわ」
「あら、そうですの? まぁ確かにそうかもしれませんわね。何せ彼女は近衛兵隊長ですので。しかし、血塗れの理由はともかく、魔族領にいる理由ぐらいならわかるんじゃありませんの?」
マアサの問いにマリーは顔を伏せてしまった。
おそらくは、返答に困っているのだろう。
「そうね。あの子にとって今の王宮は生きづからかったでしょうから……それにあの子自身、何かしら身の危険を感じていたみたいだし……まったく、そんなこともわからなくなるなんて、私もそろそろ引退かしら」
「いえいえ、あなたは真実の魔女。魔女に引退などありませんわ。元気を出してくださいまし。まぁ私が先代勇者と考える根拠は容姿だけではありませんの」
マリーの顔を見ると記憶喪失のニンゲンから何を聞き出せるのかと表情にでも書いてありそうなぐらいわかりやすい反応を見せる。
これは、彼女にしては珍しい反応だ。
「どういうこと?」
「お借りしていた本に書いてありましたけど、ニンゲンの記憶はエピソード記憶やらなんやらいろいろありますのよね? それで、私なりに調べてみた結果、彼女はエピソード記憶のみを消失しているという可能性が出てきましたの。それの検証と評して、彼女にお茶を淹れさせてみた結果、見事に王宮での作法と一致していましたわ。あなたは、ご存じないかもしれませんが、実のところ王宮と魔王城ではお茶の淹れ方が若干違いますのよ? それ以外にも細かいふるまいに彼女が王宮のニンゲン……それもそれなりの立場にいるという推測が立ちましたの。お分かりいただけました?」
「えぇ……まぁ」
マアサの主張を聞いたマリーは複雑な表情で紅茶に口を付けた。
「会って確かめたいところだけど、何も覚えていないだろうし、彼女を混乱させてもいけないからやめておくわ。帰してちょうだい」
「わかりましたの」
彼女の要望を聞き入れる形でマリーを図書館へ帰すための魔法を発動させる。
やがて、マリーは青白い光につ包まれて消えて行った。




