第百十四話 マリナという人物
マアサの執務室を出た二人は、城内を見て回るということも兼ねて掃除をしていた。
掃除に関しては、道具を見せられても説明されるまでわからないことが多い。
もしかしたら、以前の自分は掃除をあまりしたことがないのかもしれない。そんなことを考えてしまう。
「それで、こっちが食堂ね。こっちは私たちが食事する場所よ。ただ、マリナの場合私と同じようにマアサ様の専属ってことになっているから、あまりお世話にならないかもしれないけれど……」
そう言って、ノエルが食堂に入る。
ノエルが言っていたところに少し気になる点があったが気にしないでおく。
マリナは自分の中でそう納得して、ノエルの後ろをついていく。
夕食にしては、早すぎる。率直にそう感じた。
「早くないですか? 夕食」
「まぁそうでしょうね。普通に考えればですけれども……それは、この城のメイドの働き方に関係してるの。魔王様に仕えるメイドって言っても生き物だから二十四時間働き続けるのは不可能でしょ? でも、仕事は二十四時間ずっと存在するの。だから、私たちみたいに朝から働き始めて昼に働く早番と夕食後ぐらいから働きはじめて夜中に働く遅番があるのよ。ちなみに彼女たちは遅番。私たちが夕食を食べているころには働き始めてないといけないから、今夕食を食べているの」
「なるほど……」
つまり、そうすることで常にマアサの身の回りの世話をできるように心掛けているのだろう。
不思議とメイドというのは、昼間常に主のそばにいて、それ以外の仕事をしているイメージがあまりなかったので、夜中に何をやるのかという疑問がわいてくる。
「早番と遅番だとやっぱり仕事内容が違うんですか?」
「もちろん違います。早番は主にマアサ様の政務の手伝いから身の回りの世話などを担当し、掃除などは軽く済ます傾向があります。対して遅番のメイドは屋敷内の掃除や洗濯などの家事が中心になるわね。簡単に言えば、マアサ様が起きている間にできない仕事をするのが遅番の役目です」
「大体わかりました」
「さて、次に行きましょうか」
「はい」
こういった形でノエルはマリナの疑問に答える形で魔王城での働き方を教えていく。
そうして今日の仕事が終わろうとしていた。
*
さて、夕食の時間になり、マリナが食堂へ向かおうとすると、いつの間にか背後にいたマアサに呼び止められた。
彼女が言うには、一緒に夕食を食べたいとのことだ。
「そういうことですか……」
彼女が食堂で行っていたお世話になることが少ないというのはこういうことなのだろう。
おそらくであるが、ノエルの言い方から察するにマアサが城を開けているとき以外は一緒に食事をとるということだろう。
それにしても、このような立場の人物が一緒に食事をとろうなどと誘ってくるのはかなり意外だった。
勝手なイメージかもしれないが、たくさんの使用人なりメイドなりが控えている前でひとり食事をとっているイメージがあったのだ
「どうかいたしましたの?」
「いえ、何も……」
そう言って、ノエルとマリナ……驚くことにマアサも加わって食事の支度を始めた。
「それはこっちにおいてくださいまし」
「はい」
「あぁそれはこちらに……」
これを初めてわかったことだが、マアサは意外と細かいところがあるのかもしれない。
食器の置く場所から料理の向きまですべてに指示が入った。
「そうだですわ。準備中に聞くものあれですが、マリナ。そろそろ答えは……まだ早いですわね」
マアサはふっと笑みを浮かべて食器を手に持ち、奥の方に歩き出す。
「そうですね。まだ早いですよマアサ」
彼女には聞こえていなかっただろうが、小さな声でそんなことを言ってみる。
記憶をなくす前の自分がどんな人物だったかわからない。でも、マリナという人物は間違いなくここに存在し、生活している。
おそらく、いや間違いなく以前の暮らしとは違う生活が私という存在を染めていく。
あの病院にいたとき、ふと夢に見たことがある。
見たこともない町、どこまでも続くような平原、はるか向こうまで続く大海原……私はいろんなところに行っていて、そこには常に何人かの人が一緒にいた。
彼らが誰なのかはわからない。でも、彼らという自分は楽しそうだった。
もしかしたら、それがかつての私なのかもしれない。
「マリナ! 何をしていますの?」
そんなことを考えていると、マアサに声をかけられた。
どうやら、考え事をしている間に準備が終わってしまったようだ。
「はい! すぐにいきます!」
でも、私は私だ。マリナという人物は、今この瞬間をこの場所で生きている。
マリナは、マアサのところへと駆け寄っていた。
読んでいただきありがとうございます。
次話からマアサ視点の話に戻ります。
これからもよろしくお願いします。




