第百十一話 薬師の証言
「よう! 緑髪の嬢ちゃん! 今日は診療所の薬師と一緒かい?」
「えぇそうですわ。奥の席よろしくて?」
「あぁ入ってけ」
店主と短い会話を交わして、マアサは奥の座敷に入る。
この小料理屋は、意外と大切な話をするときに使ったりすることが多いのだ。
「それで、話って?」
「あの子のことについてですの」
マアサの真剣な表情にその場の空気が一気に重くなる。
そして、マアサは一瞬だけ変化したリンの表情をしっかりととらえていた。
「知っているんですわよね?」
「何の話? いやーマアサ様も人が悪い。というか、魔王様とマアサ様。個人的には魔王様の方が言いやすかったのでそっちでいいですか?」
「話をずらさないでくださいまし! そうやって、適当に話題をすり替えようとするのはあなたの悪い癖ですわ!」
話をうまく変えられなかったリンはばつが悪そうに頭をかいた。
「と言われてもね……直接の知り合いじゃないよ。ほら、私ってもともとニンゲンの国に住んでたでしょ? その時にさ、ちょっと見ただけだったし……それに同一人物って保証もないし……」
「話してくださいまし!」
「はい」
口ごもるリンを一喝して、マアサは事情を聞き出そうとする。
「……これが本当だっていう保証はないから、わざわざ魔王様の耳に入れる必要もないと思うんだけどさ……」
リンは少し戸惑う様子を見せながらも話し始めた。
*
時は、ちょうどアンナが勇者として旅立ったころだ。
今代の勇者を送り出した先代国王は、各地を視察して回っていた。
ちょうど、その日はリンが住んでいた村に来る日であった。
「リン。国王様に失礼があっちゃいけないよ」
「わーってるよ。大丈夫大丈夫」
リンはこの村に住む数少ない若い娘であった。
そのため、先代国王の接待係として白羽の矢が立ったのだ。
「本当にあの子で大丈夫かしら?」
「仕方ないだろう。この娘しかいないからな」
両親の心配を背中で聞きながら、リンは家を出た。
国王の到着はもう間もなくだ。
村人たちは、せっせと宴の準備をしていた。
「おーリンちゃんかい。すまんねぇこんな役回りで……」
「いやいや、いいんですよ。それよりも長老。国王様の御一行はどのくらいの人数なんです?」
これは、リンが一番興味を持った部分だ。
国王様の御一行と聞けば、何十人単位の列で来るのだろうか? かなり辺境の村なのでその辺はうわさすら聞かないのだ。
「知らなかったのかえ? まぁいい。どうやら、国王様は従者として近衛兵隊長を一人連れているらしい」
「それだけ?」
「それだけだと聞いおる。もういいかの? わしも暇じゃないんでのう」
そういうと、長老はリンのところから離れて行った。
その話を聞いた時点では半信半疑であったが、実際に到着した先代国王が連れていたのは、銀髪の従者ただ一人であった。
「そなたが、接待係か?」
「はい。そうでございます」
銀髪の少女は、リンを冷えた目線で見下ろしていた。
リンは、ただただ地面に頭をこすり付けんばかりの勢いで頭を下げていた。
「そなたの身体を改めさせてもらう」
「はい」
やはり、相手は国王だ。
いくら村が推薦したとはいえ、簡単に信用したりはしないということだろう。
「こっちにこい」
彼女に服の袖をつかまれ、その場で身体検査をされる。
どうやら、その時にはすでにこの従者の術を超えて、暗殺者が国王を殺めていたようだ。
ともかく、この事件をきっかけに村は徐々に離散していき、リンは迷宮に迷い込んだ挙句、魔族領で診療所を営んでいる医者に拾われることになる。
*
「これがすべてよ……彼女を見たとき、ちょっと似てる気がしたから……でも、それだと彼女が魔族領にいる理由がないでしょ? だから、似てるだけのそっくりサンじゃないかな? って思ったのよ」
「なるほど……大体わかりましたの」
そう言って、マアサは立ち上がった。
しかし、リンの声がそれを制す。
「というか、なんで私が彼女に似た人を見たことがあるなんて思ったの?」
「勘っていうやつですの。というのは冗談で鎌をかけてみたんですの。少し、彼女のことが引っ掛かってましてね。ニンゲンの国に暮らしていたあなたなら、何か知ってると思ったまでですの」
マアサの答えを聞いたリンは、大きくため息をついた。
「つまり、私はまんまとはめられて、彼女が近衛兵隊長に似ているなんて話をしていたわけか……」
そんなことをぼやいているリンに背を向けて、マアサは小料理屋を後にする。
「やっぱり、そういうことでしたの……」
マアサは、少女に対して感じていた違和感の正体をつかみ始めていた。




