第百九話 医者は少女の症状を説明する
「えっと、それってつまり……」
「もう退院していいってこと。にしても、これほどの期間で回復しちゃうなんて、魔族や魔女ならともかく、本当に彼女、ニンゲンかしら? いやはやーもしかしなくても化けもんとかそんなことを言うつもりはないけれど、ただの人間じゃないねこりゃ」
再び訪れた王宮でセイヤたちと会った帰り、数日ぶりに診療所を訪れたマアサの耳に飛び込んできたのは何とも驚きの内容のニュースであった。
マアサの前で軽い口調を持ってしてそのニュースを伝えているのは、黒髪ショートで真っ白な白衣に身を包んだ医者の黒衣夕だ。彼女は、性格こそ楽観的でいい加減な印象を受けるのだが、かつてニホンで医者をやっていた人物で彼女の医療の技術はこの世界にとっては革新的なものである。(本人に言わせれば助けられるものも助けられないことが多いそうだが……)
特に彼女の場合、セイヤやサイと違い、召喚されたわけではない“流れ人”と呼ばれる珍しい類のニンゲンである。
この世界では、使い魔を召還するような感覚で普通にニンゲンを召還するのだが、ごくまれにそういうのとは全く違うルートで異世界人が迷い込んでくることがあるのだ。流れ着いたニンゲンの多くは右も左もわからぬまま悲惨な最期を遂げるというから、彼女はかなりの幸運の持ち主なのかもしれない。
「困りましたわね……」
「まぁ回復したからいいんじゃないの? 実際問題、私はこの世界の人間をよく知らないからこのケースが非常に珍しい! なんてことなの! って素直に言えないけれど、そういった事例もあるのかもね……そうだ、一ついいかしら? あの子を引き取るうえで重要なことよ」
医者である彼女の真剣そうな表情にマアサは自然と背筋が伸びるのを感じた。
「何ですの?」
「あの子のことなんだけど……あまり記憶を探らない方がいいかもしれない。あなたは、王宮に行っていて知らなかったかもしれないけれど、あの子、何かを思い出そうとすることがあるんだけど、そのたびにすごく苦しそうにするの。本人が強く望むのならともかく、そうじゃないなら無理強いしないことね。いや、彼女が望んでもあまりそうすべきではないかもしれないわ」
夕は深刻そうな表情のまま、窓の外に目をやった。
「……といっても医者じゃなくて、私個人としては、記憶を戻してあげたいなんて思うのよ。だって、自身の記憶がないまま戻してもらえない。それはそれで残酷なことかもしれない。そう思う自分がいるのよ……いや、ここまでくると私としての意見か医者としての意見かわからなくなってくるわね」
重いため息をついた夕はマアサの方を向くと、そのまま窓にもたれかかった。
「でもまぁ私としては本人の意思を尊重したいわ。そもそも記憶喪失は私の専門外だし。まぁ彼女にあってきなさいな。本人に聞きたいこともあるんでしょ?」
そういうと、彼女は手をひらひらとさせながら、早く言ってやれと促した。
マアサは、それに答えるように夕に背を向けて診察室を出ていく。
「まぁこれからが大変なのかもしれないわね」
彼女のそんな言葉を聞きながら……
*
マアサが病室に入ると、少女はにっこりとした笑顔で出迎えてくれた。
先に来ていたノエルは、頭を下げてマアサの後ろに下がった。
「ノエルさんから聞いた。マアサって魔王だったんだね」
「えぇ。そうですわ。まぁ無茶なことを言わない限りあなたの望む地位につけてあげますの」
「そう。ありがとう……そうだ、答えを言わなくちゃいけないね……私の答えは……」
少女は、初めて会った日の質問の答えを告げる。
マアサとノエルは静かにその答えを聞いていた。




