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魔王の兄は旅をする  作者: 白波
第八章 魔王の日常
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第百七話 魔王様の一日(後編)

 食事を終えたマアサは、面白いものはないかと町を歩いていた。

 少し近道をしようと裏道に入ったときだ。何者かが、マアサの肩をつかんだ。


「しまっ」


 すっかり油断していた。

 路地裏など、あまりはいるものではないという後悔の念がマアサを襲う。


「それで? こんなところで何をされているのでしょうか?」

「いえいえ。メイド長。私はあくまで国民の生活を肌で知ることとと情報収集が目的でして、決して空き時間を利用して遊んでいるとかそういうわけではありませんの」


 マアサの言い訳を聞いたメイド長ノエルのため息が聞こえた。


「そうですか……まったく、私が前にお仕えしていた先々代様は、もう少しわきまえていらっしゃいましたが……そもそも、あなたは魔王なのですよ。あなたを倒して天下を自らのものにしようという不届きものも少なからずいるのですから、こういったことは控えてください」

「控えるね……大丈夫ですわ。自分の体ぐらい自分で守れますの」

「そういった油断がいけないんです。さぁさ、城に戻りますよ」


 ノエルは文句を言いたげなマアサの首根っこをつかむと転移魔法を発動させる。

 これは、マアサの瞬間移動(テレポート)と違って、めんどくさい手順を要するのだが、その分消費魔力が少ない彼女独自の業である。


 しかし、魔法を発動している途中でノエルの動きが止まった。


 何があったのかと、驚いたマアサが彼女の視線の先を見るとそこには、全身を血糊で染めた少女が倒れていたのだ。

 先ほどまでは、人っ子一人いなかったはずなのにである。


「とりあえず、助けないと! そこのお方、しっかりしてくださいまし!」


 マアサは、真っ先に走り出して少女に駆け寄った。

 きれいな銀髪を血に染めた少女は、まぶたをゆっくりと押し上げてマアサの顔を見た。


「……あなたは?」

「そんなことはどうでもいいですの? そんなことよりも、早く治療を……ノエル!」

「はい!」


 ノエルが走ってきて、手早く応急処置をしていく。

 しかしながら、どこかで見覚えのある少女は、弱弱しくマアサを見て微笑んでいた。


「魔王様。ここでの応急処置には限界があります」

「わかってますの!」


 マアサは、瞬間移動(テレポート)を使い、腕が良いと評判の医者の診療所の前に転移した。




 *




 診療所に着いてからは大騒ぎだった。

 あわてる薬師をなだめながら、出てきた医者は突然の急患に多少の驚きの色を見せたがすぐに治療に取り掛かる。


「マアサ様。あれはいったい?」

「私にもさっぱりですの。気づいたら、目の前に倒れていましたの……なので、どこの誰なのかもさっぱり……」


 診療室の前のイスに座りマアサに話しかけたのは、彼女たちを偶然で迎えることになった薬師のリンだ。

 マアサの答えを聞いたリンは、薄紅色の髪をわしゃわしゃとかいていた。


「なるほど……つまりは、どこのだれかわからないけれど、とりあえず助けて事情を聴こうっていうことか……」

「えぇ。そういうことですの」


 リンは重くて深いため息をついた。


「残念ながらそれは無理。いやはや、彼女目覚めた瞬間に自分が何者かわからないなんて言い出すもんだから……ここに連れ込んだマアサ様ならもしかしてなんて思ったんだけど……」

「記憶喪失。ということですの?」

「まぁそういったところかな」


 マアサもまた、深いため息をついた。

 まさか、助けた相手が記憶喪失でどこの何者かわからないとは……


 この日を境に町に出て、メイド長に連れ戻され、政務をする……そんな彼女の一日に新たな人物が加わることになる。


 その出会いが、今ニンゲンの国で起きているある騒動に関係するなどとは彼女は知る由もなかった。

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