第百六話 魔王様の一日(前編)
大図書館を出たマアサの姿は魔王城にほど近い街にあった。
この町は、古くから魔王城の城下町として栄えていて、魔族領の端に存在しながらも商業が盛んな地域であるとともにニンゲンの国に最も近い魔族の町という顔も持っている。
「おっ! 緑髪の嬢ちゃん! なんだか久しぶりに見た気がするな」
「えぇ。お久しぶりですわね。せっかくですから、何かいただいてもよろしいですの?」
街をぶらついていたマアサに声をかけたのは、小料理屋の店主だ。ちなみに彼が言った緑髪の嬢ちゃんというのは、マアサの髪の色にちなんだ町の住民たちの呼び名である。
こんなふうに気軽に話しかけているが、目の前に立っている店主を含めたこの町に住むごく一部の住民はマアサが魔王だとという事実を知っている。ただ、その事実を知ったのがだいぶ仲良くなった後というだけで、別に知ったところで態度を改めるということもしなかった。
「そうだな。そういや、今朝新鮮な魚が届いたんだ。塩焼きなんかにするとおいしそうなんだがな……これだ」
店主は、自慢げに青魚をマアサの前に出した。
今朝届いたばかりというのは本当らしく、色鮮やかでつやがあり、ウロコはしっかりとついていて光っている。
「なるほど……これほどの鮮度ですと、運ぶの大変だったんじゃありませんの?」
「いやいや、魚屋のところの旦那にな、魔女がいるらしくて。そいつが、運んできた魚の中に頼んでないのがあったからって分けてくれたんだよ。だから、あるのはこいつ一匹だけだ」
「いやはや、魔女と知り合いですの魚屋、なかなか面白そうですの。できれば、今度紹介してくださいまし」
「おう! もちろんだ! 少し待っていてくれ!」
マアサが城下の町に出る理由というのは大きく分けて二つある。
一つは、住民の実情を肌で感じること。これは、マアサが政を行う上で大切なものの一つだと思っている。かつての魔王たちは、(表向きには)勇者を倒すことばかりを考えて、国民のことなど二の次三の次であった。
そのため、治安は著しく悪化し、ある人物が魔王となる時点では国民の不満が限界点を突破し、国自体が内部崩壊を起こす寸前だったという。
積極的に町に降りて、肌で実情を感じることでそのあたりを劇的に改善したのが、先代魔王であるマアサの父である。
魔族側の国は、ニンゲン側と違って国が一つで統一されているため、全土を見て回るのは難しいが、自分が出歩ける範囲は時間が許される限り行くようにしている。
二つ目は情報収集だ。
魔族領の中でも比較的交流が多く、活発なこの町には全土から多くの情報が寄せられる。しかも、その内容がニンゲン側のものも含まれるというのがこの町で拾える情報の特徴だろう。
原因の一端を担っているのは、迷宮を隔ててすぐにニンゲンの国があるということだ。このため、魔族に友好的なニンゲンが向こうの話をしてくれたり、こっそりとニンゲンの国に行ってきた魔族が掴んだ情報を皆に話すということがあるからである。
中でも、ニンゲンと魔族の間で中立の立場を取っている魔女は、情報を多く持っていることが多いのだ。
だからというわけではないがマアサには、魔女の友人が多い。
なかには馬の合わない人もいるのだが……
「さて、出来上がりだ」
そんなことを考えている間に、料理ができたらしい。
店主が持っている皿には丸々一匹塩焼きにされた魚が乗っていた。
「おぉこれはこれは……いただきますの」
「おうよ。たんと食ってくれ!」
店主の豪快な言葉を聞きながら、マアサは魚の塩焼きを食べ始めた。
読んでいただきありがとうございます。
王都編では、章ごとに誠哉、マアサ、マリーの順に中心人物を変えながら勧める予定です。というわけで、この章はマアサが中心で進みます。
これからもよろしくお願いします。




