第百四話 マアサ、王宮へ行く
さて、話は少しさかのぼり数日前。
魔王マアサは王宮を訪れていた。
「それで? 我々に何の利点がある?」
「あら、そう来ますの? 決まってるじゃありませんの……あなた方は、なにがあろうと……少なくとも私の命があるうちは魔族の脅威を感じることはない。そして、わざわざ勇者を召還する手間が省ける。一石二鳥ではありませんの」
「ほう。なるほどな……」
彼女の訪問目的は密約を結ぶためであった。
セイヤたちと別れた後、いったん魔王城に帰ったマアサは臣下たちを集めて会議を開き、王国側と密約を結ぶということで納得させたのだ。
臣下たちが納得しなかった時の為に勇者に虚偽の報告をさせるという保険をかけていたのだが、これが逆にいろいろと手間を省いてくれた。
具体的にどういった状況にすればいいのかは、勇者が説明してくれるし、彼女自身密約の存在は知らないため、仮に彼女が虚偽の報告をしたと疑う者が出ても、この密約にたどり着く可能性は低い。
「それで? いかがいたしますの?」
「うむ……しかしだな……」
「あら、私わざわざ“手土産”まで持ってきたのにそれではあんまりですの……」
そう言って、マアサは“手土産”の入っている城下の有名菓子店の箱を少し開けて見せた。
「別に、ものはこれだけではありませんのよ。なんだったら、後日たんまりと持ってくることもできますわ」
「そうか……」
二個三個と出てくる“手土産”に重臣たちののどがごくりとなった。
「それで? 引き受けてくださいますの?」
「うむ。なるほどな……これほどの手土産を持ってこられて同意せずにはいられないよの。皆もそれでいいか?」
国王が聞けば、誰からともなくうなづいた。
思惑通りだ。マアサの口角が少し持ち上がる。
この国の王宮は、現在の国王になってから腐敗しきっている。
賄賂が横行し、不正なんて当たり前。それをただそうとすれば、適当な罪をでっち上げられて命を狙われる。
王宮内で唯一まともな状態を保っているのは、王宮図書館ぐらいであろうか。
そういえば、彼女は元気だろうか? あとで顔を出そう。
そんなことを考えているうちに数少ない慎重派と議論を交わしてだいたい方向性はまとまったようだ。
「マアサ殿」
「決まった?」
「はい。一応、勇者の話を聞いた後に判断させていただいてよろしいですか?」
どうやら、この国王にもまともな判断をする脳が少しばかりあったようだ。
だが、勇者が話す内容は無茶なことはないはずでこの密約が成立するのはほぼ確定だ。
「わかりましたの。それでは、勇者がここに来てから数日後にお邪魔させていただきますわ」
それだけ言うと、マアサはその部屋から姿を消した。
*
部屋を出たマアサが次にやってきたのは、王宮図書館だ。
マアサが来たのを確認するなり、目の前の少女は深くため息をついた。
「あなたは、礼儀というものを知らないのかしら……そもそも人を訪ねるときは……」
「別によいではありませんの。どうせ、年がら年中そこに座っているのですから」
「まぁそうだけど。魔王が何の用? というか、忙しいんじゃないの? あら、それとも死に際に知り合いにあいさつ回りかしら?」
あからさまに怪訝そうな表情を浮かべるマリーに対し、マアサは至って平常運転だ。
「あら、どうせわかっているんじゃありませんの? それとも私の王宮への来訪目的がわからなくなるほど真実の魔女殿の腕は落ちたということですの?」
「確かにわかってはいるけどね……あきれてるのよ。何かやらかすと思ってるけど、まさかこんなことをやるなんてね」
「それは褒め言葉と受け取らせていただきますの」
マアサの存在に気付いた司書が紅茶を二人の前に差し出す。
マリーはそれを口に含んだ後、ティースプーンをマアサに向けた。
「それはともかくとして、あなたの意図が読めないわ。ご存知だと思うけれど、私がわかるのは事実とそれに伴う現象だけ、それに携わる人の感情までは分からない」
「そういえばそうでしたわね。ですが、いくら古い友人とはいえ、それを教えるわけにはいきませんの……まぁそのうちわかると思いますことよ」
マアサは不敵な笑みを浮かべているが、マリーは無表情で紅茶を口に含む。
「そう、ならいいわ」
他人事のようにつぶやいた彼女の言葉は、図書館独特の静寂の中に飲み込まれていった。




