第百三話 魔王と王国の密約
王宮図書館を出た誠哉とユキは自分たちの部屋に向けて歩いていた。
「セイヤお兄さま。あの話って……」
「ウソを言っているようには見えなかった。たぶん、本当だろうな」
だが、マリーの話を本当だとした場合、先代勇者の失踪はかなり厄介な案件になってしまう。
彼女は身の危険を感じて逃げている。どういうわけか、王宮はその事実を隠ぺいしようとしている。という構図ができてしまうのだ。
先代勇者が戦わずして逃げたのは恰好がつかないというぐらいの理由ならば、対外的にはともかく彼女と親しくしていたアンナにウソをつく理由にはならない。
そうしている間に、部屋の前について、扉を開ける。
誠哉は、魔法を使って部屋の周りや中の状況を軽く確認したのち、声を潜めて話を続けた。
「おそらく、先代勇者さんの敵はこの王宮のどこかにいるんだろうな……いや、国王に仮に隠ぺいするという意図があったら、王宮自体が彼女の敵という可能性すら浮上する……こうなると、この上なくめんどくさそうな内容だな」
「でも、結局やるんだよね?」
「まぁな。面倒だけど、こんなこと聞いたら知らんぷりもできないし……」
誠哉はあからまさにため息をつく。
その時であった。
「お兄様ー!」
そんな声とともに後ろから大きな衝撃が襲った。
「いきなり! おい!」
「お兄様! お慕い申し上げております!」
いきなり現れて、誠哉に後ろからアタックしたのは、ニンゲン側の記録では死んでいるはずの魔王マアサである。
「久しぶりに会ったと思ったらこれか! というか、ここ王宮だぞ! 大丈夫なのか? それに面倒なことにユキの教育上悪いだろ!」
「えぇえぇ問題ありませんわ! 密約だのなんだのを結びましたの! そのついでにお兄様のお部屋によらせていただいただけですわ! それと、ユキさんもこういったことを学ばなければ……」
とりあえず、いろいろな意味で問題発言をしているマアサに一発お灸をすえて、正座させた。
「それで? いろいろ聞いてもいい?」
「はい」
「まず、密約って何?」
マアサは、勢い良く立ち上がる。
「その言葉を待ってましたの!」
「待ってたって……」
誠哉は思わず呆れてしまった。
つまり、誠哉を訪ねてきた目的は、その密約とやらに関係があるのだろう。
マアサは、ユキにアンナのところに行くように促した後、誠哉と向い合せになるようにソファーに座った。
「それで? 面倒なことにアンナにわざわざウソの報告までさせて何をたくらんでるのさ?」
「まぁ簡単な話ですわ。アンナさんに虚偽の報告をさせたのは、あくまで保険……本命はこちらですわ。内容はいたってシンプル。勇者が報告する内容を鵜呑みにし、そうであるように動くこと、そして、今後一切、魔族とニンゲンが戦うことはないという二点ですわ。まぁニンゲン側で同意が得られているのはこの国だけですが……まぁ勇者を送り出す大本とこのような形の密約を結べたので良しということでいいと思いますわ」
いつの間にそんなことを裏でやっていたのだろうか。
誠哉は、マアサの手際の良さに舌を巻いていた。
そもそも、迷宮を出てからここに来るまでそんなに時間がかかっていないのだ。
そんなわずかな期間で密約なんてものを結べるのだから、彼女がどういった手段を使ったのか気になるところだ。
「お兄様。一応、手段については問わないでいただきたいですわ。まっことを急ぎすぎたせいで変なのに感づかれそうになっていますので……それでは、私はこの辺で」
そういうと、彼女はスカートのすそをちょっとめくりあげて頭を下げる。
「待って」
「はて、何か?」
「マアサってさ、先代の勇者のことって知ってる?」
マアサは、言うまでもなく魔族側だ。
いや、自分も本来ならそっちよりのはずだが、残念ながら魔族側の事情は詳しくない。
「いえ、私は何も。おそらく、先代勇者が来た時というのは私の生まれる前の話ですので……それがどうかいたしましたの?」
「いや、なんでもない。面倒だけど、忘れておいてくれると助かる」
「はぁまぁわかりましたの」
そういうと、今度こそ彼女は姿を消した。
「そうか、マアサも知らないか……」
誠哉がそう呟いたとき、アンナのところに行っていたユキが部屋に戻ってきた。




