後日談・フィルと汐1
まだ、開けきらない、暗い夜の最中。
波打ち際に、フィルが一人立っていた。
相棒のルドは、いつもの定位置であるフィルの肩に、大人しく止まっている。
さく、と砂が鳴った。
フィルは、海を見つめたまま動かない。
「フィル」
声に目線だけ向ければ、思った通り。
海風にそのふわふわな栗色を揺らす、汐が立っていた。
「お前、誰にも言わずに来たんじゃねーだろうな?」
「言ってきたもん」
机の上に、「フィルの所に行ってくるね」とちゃんと置き手紙をしてきた。何も言っていない訳ではない。
サザン……、波の音だけが、周囲に満ちる。
僅かな沈黙。だがそれは、始まりを止める事は出来ない。
「……フィル、行っちゃうんだよね?」
「ああ。ーーっても、定期報告だし、夏んなりゃまた来る。来月にも、一回戻って来なきゃだしな」
「そっか」
また、声が途切れる。
でも、それが何故か。
二人ともわかっていた。
寄せては返す波音が、響く。
夜の闇が、少しだけその色を薄れさせる。
汐の胸に下がる小瓶と、フィルの耳に嵌められたカフスが、微かに光る。
「汐は……、フィルが好きだよ」
「知ってる」
フィルは、なんて事ないように答えた。
今更なにを当たり前のことを、とでもいいたげに。
ムッとした気配が、続けられた汐の声に乗った。
「友達として、じゃないよ? ちゃんと……一人の人として好き、って言ってるんだよ?」
こんなに波音が近いのに。
汐のその声が遮られなかった事に、フィルは内心舌打ちする。
砂が、一足分鳴った。その音を聞きながら。
「……そーいう好きなら、応えられない」
フィルは、目線を海に戻し。出来るだけ冷たく、はっきりと告げた。汐の栗色の瞳に、涙が滲んでいるだろう事が、わかるから。
「俺は、お前を守るって決めた。〈守護り〉になったあの日から。だから、隣にはいられない」
「フィル!」
汐の、涙混じりの声が、耳朶を打つ。
「汐は……、フィルと家族になりたい、って言ってるんだよ!?」
「お前、わかってて言ってんだろ」
つい、向き直ってしまって、激しく後悔する。
汐の栗色の瞳は、フィルを見上げたまま動かない。
本当にひどい女だ、とフィルは思いながらも。
止めきれず、その言葉を吐き出した。
「俺は……っ、ずっと〈このまま〉なんだぞっ!?」




