12/31 約束
「ーー、ーーお」
声が、遠くから届く。
けれど確かに。
汐を呼ぶ、父親の声。
夜輝石の光がーー近づいてくる。
「お父さんっ?」
駆け出そうとした瞬間。
すぅ、と。
扇が、その行く手を遮った。
「まだ来ぬ。その前にーー約束じゃ」
にやり、と笑う神様。
遠くを見る、その目を戻し。
汐は一度だけ、息を飲んで。
「……どうすればいいの?」
「委ねよ。拒まず、流れに身を任せるのじゃ」
扇の先が、すっと胸に触れる。
その瞬間。
「っ」
ーー流れ込んでくる。
温かいような、冷たいような、何か。
夜輝石の光が強くなる。
「一葉が一枝、になるだけじゃ」
神様の含む声が、遠く近く響く。
「ただしーーその瞳は変わるだろうの。妾が世界を見る時、お主の瞳は〈虹〉となる」
「……虹?」
目が虹色になるだなんて、違和感しかない。
でも、不思議と恐怖はなかった。
「うーん……多分、大丈夫。もう決めたもん。それに」
小さく笑う。
「うろな町、だし」
神様が目を細める。
「あとーー」
その神様をじっと見つめる。
「汐、悲しいのはダメって言ったよね?」
「言うておったな」
「じゃあ、他の〈継承者〉は、もういらないよね?」
ざわり。白い空間に、風が吹いたような気がした。
「……ほう?」
神様の笑みが、深くなる。
「お主が背負うかえ?」
「違うよ」
小さく首を振る。
「お姉ちゃんが、感じられるようになるなら。もう、借りなくても良くなるでしょ?」
ぱちくり、瞬かれる瞳。
そしてーー
「面白いのぉ」
ほ、ほ、ほ、と笑う。
「ーーよかろう。〈契約〉は、成った」
神様の姿が、ふわりと白にほどけていく。
「あ、でも」
汐がはっとして。胸がじわじわ熱くなっていくのを感じながら。
「プライバシーは守ってね?」
僅かに、首を傾げたかのような、間。
神様の姿が溶け。
胸の奥から、声が響く。
『……ぷらいばしーとは、なんじゃ?』
「そこから?!」
白い空間に、声が弾けた。
「そうだ」
所在の夜輝石を目指して、歩き出しながら。
汐がぽん、と手を打つ。
「お姉ちゃんの名前、決めないと」
『必要かえ?』
「呼ぶ時困るでしょう?」
『名付けは〈契約〉。更にその身に縛る事になるが。ーーまぁよかろう』
実は、もう決めてあるんだよね〜っと楽しげに。
「アルカンシエル。通称はアルルね」
その瞬間。
ーー名が、世界に刻まれるように。
光が、弾けた。
「——汐!」
「お父さんっ!」
今度は、はっきりと。
互いの姿が見える。
焦っているような、所在の顔。
息を飲む、汐のその表情。
同時に駆け寄って、抱きしめる。
「汐、良かった、無事で」
所在の胸に頬を擦り寄せながら、汐はぎゅう、と所在のシャツを握り締めた。
「! そういえば、〈彼女〉は」
はっとして顔を上げた所在に、
「もう、大丈夫」
汐は微笑んで。それだけ答えた。
驚いたように汐を見下ろした所在は。
もう一度。
ぎゅっ、とその小さな身体を抱きしめた。
突如。
夜輝石の光が、周囲に溢れ。
『——所在くん!』
『汐っ!!』
呼び声が、聞こえた。大切な人の。
「ほら、呼んでる」
「うん」
彼方から聞こえる声に耳を澄ませながら。手を握る。
「帰ろう」
二人同時に、一歩を踏み出す。




