↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
対面を取り繕うだけの結婚と断言した女王様が、本気で俺を攻略しようとしているのだが。 The Clumsy Queen  作者: 霜月立冬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/22

第十七話 プレゼント

 新嘗祭(にいなめさい)以降、俺の脳内に「酔ったイルメリが告げた言葉」がこびり付いていた。その意味を考える度、直接イルメリに確かめたくなる。その想いは強い。今は勇気も有る。しかも、寝室も職場も同じ。それなりに尋ねる機会は有った。そのはずだった。

 ところが、俺は機会を逸し続けていた。


 朝、目が覚めたときにはイルメリの姿は既に無い。

 午前、執務中は終始無言。俺が話し掛けようとすると――


「イルメリ。一寸(ちょっと)――」

「用事を思い出した」


 イルメリは席を立ち、そのまま執務室から出て行ってしまう。

 昼、昼食時も終始無言。俺が話し掛けると「食事中は黙って」と注意される始末。

 午後、イルメリは俺を避ける。俺の姿が視界に入ると、踵を返して去ってしまう。

 夜、夕食時も、就寝時も終始無言。取り付く島もない。

 

 イルメリは全力で俺を避けている。真面な会話ができなかった。仕事に関する質問すら許されない。当然ながら支障が出ている。夫婦仲どころか互いの立場を悪くしかねない状況だ。


 何とかしなければ。


 イルメリの反応を目の当たりにする度、俺は現況の打開策を考えた。しかし、これだと確信できるものは閃かない。そもそも、この難問を解く為の必須要素が欠けている。


 イルメリは、俺のことをどう思っているのだろう?


 これまでのイルメリの言動を鑑みると、俺に好意を持っていると思える。しかしながら、今となっては本人に確認することは難しい。その機会すら与えられていないのだ。その事実に加えて、より以上の不安要素が有る。


 質問の機会を得たとして、あのイルメリが素直に答えてくれるだろうか?


 イルメリの回答を想像する度、俺の口から溜息が漏れた。万事休す。俺には「これだ」と確信できる良案が、全く閃かない。ウガリット大学主席の名が廃る。イェマで残した数々の功績も役にも立たない。

 俺にできたことは、頭を抱えるくらい――いや、もう一つ有った。


 分かりそうな人に尋ねよう。


 俺はそ(・)の(・)筋(・)の先達に意見を求めた。その際、真っ先に閃いた人物が、イルメリの叔母、イリアナ・イェマ・メリアルだった。

 俺は直ぐ様に王都城下町に出て、最上級住宅地、メリアル子爵家を訪ねた。約束の無い急な申し出だ。それでも、イリアナは俺を快く迎え入れてくれた。

 俺は子爵家の豪奢な応接室に入り、そこで椅子に座りながら優雅に茶を嗜むイリアナと対面した。

 その直後、俺は挨拶もそこそこに、いきなり本題を告げた。


「イルメリ女王陛下と仲良くしたいのです。何か良い考えは有りませんか?」


 俺は素直に悩みを打ち明けた。すると、イリアナは扇で口元を隠しながら楚々と笑った。

 笑われた。しかし、イリアナの優雅な様子からは全く嫌味な印象を覚えない。実際、彼女は俺の悩みを真剣に考えている。

 イリアナは、扇で口元を隠しながら、暫く考え込んだ。三十秒ほど待ったところで、彼女は「私も経験が有ることですが」と前置きして、俺に良案を授けてくれた。


「贈り物を用意して、それにメッセージを添える――というのは如何?」

「ありがとうございます」


 贈り物とメッセージ。それならば、直接顔を合わせずともイルメリに伝わる。その可能性を想像して、俺は採用を即決した。

 かくして、俺はイルメリへの贈り物を用意すべく城下町を駆け回った。その際、一度王宮に戻り、市井の衣装を意識した平服をまとった。

 イルメリに気取られないよう、秘密裏に事を進めることを企図していた為だ。ところが、俺の工夫は全くの無駄骨だった。


 城下の大通りを歩いていると、俺の姿を見た人々が「マティス様」と声を上げた。それを聞く度に、俺は振り向いて歪な笑みを浮かべた。

 イルメリの広報活動(俺の成果の喧伝)のお陰で、俺の名前と顔はイェマ中に知れ渡っている。その知名度を、俺は甘く見ていた。

 変装など無意味。しかも、城下の人々は興味津々に「今日は何を?」と俺の用事を尋ねてくる。


 どうしたものか?


 このとき、俺には幾つか選択肢が有った。

 イルメリの如く人々を避けるか? 黙秘するか? 野暮用と言って誤魔化すか? 素直に答えるか? 俺は暫く考えた。

 現況――既に俺の正体は白日の下に晒されている。日を改めても同じ轍を踏むだろう。侍従に使いを頼んでも良いが、今回に限っては自分で選ぶことに意味が有る。

 色々考えた挙句、俺は開き直ることにした。


「実は、妻への贈り物を購入したく――」


 妻への贈り物。その言葉を告げた瞬間、周囲が「わっ」と湧き立った。続け様に割れんばかりの拍手が起こっている。目立つことこの上ない。


 もう、どうにでもなれ。


 俺は額に汗を滴らせながら苦笑した。正直、心中では作戦の失敗を覚悟している。俺の想いを汲む者は、この場には誰もいない。それどころか、


「女性への贈り物なら――」


 人々は、俺に向かって口々に「お勧めの贈り物」を告げた。その際、最も多く聞こえた名前が、とある宝飾店だった。

 俺は「それほど多くの人に指示されているなら」と、件の店へと向かった。


 王都民が推薦した店は、都市の富裕層が済む住宅街の奥深くに佇むように立っていた。

 三階建て、一階が店舗になっている。それなりに大きい。尤も、周囲はそれ以上に大きなものばかり。完全に埋もれてしまっている。町の人達から勧められていなければ、絶対に足を運んでいなかっただろう。その可能性を想像すると、俺の胸がスッと軽くなった。


 正直に事情を話して良かったな。


 俺は目的に適う贈り物が見付かることを念じながら、大きく開け放たれた正面扉を潜って中に入った。

 店の中は、確かに宝飾品屋だ。俺の視界に、様々な装飾品を並べたカウンターが映り込んだ。その奥に、優しげな微笑を浮かべた壮年の男性が立っていた。しかし、見せの中にいる人間は、彼だけではない。

 男性の背後には、装飾品の意匠を施す作業場が有った。そこでは老齢の女性と、壮年の女性の姿が有った。

 女性達は、どちらも俺には目もくれずに作業に没頭している。忙しそうだ。彼女達に声を掛けることは憚れる。しかし、この場には、より以上に忙しそうにしている人間が二人いた。

 店の奥に、燃え盛る炉を備えた工房が有った。その炉の傍で、厳つい体付きの老齢男性が、助手と思しき少年と一緒に溶けた貴金属を鋳型(いがた)に注ぎ込んでいる。彼方には、絶対に声を掛けない方が良いだろう。

 俺は真直ぐカウンターへと脚を進めた。すると、カウンターに立つ壮年男性が声を上げた。


「いらっしゃいませ。どんなものをお求めでしょうか」


 表情通りの柔らかで優しげな声。それを聞いた途端、硬くなっていた体が僅かに解れた。


「妻への贈り物を探していまして」


 俺はカウンターの男性の質問に答えながら、カウンターに視線を向けた。

 指輪、イヤリング、ネックレス――と、様々な種類の宝飾品が並んでいる。存外に多い。明確な指針が無い為、直ぐに「これだ」とは決め難い。悩む。


「うむむ」


 俺は首を捻って考えた。その最中、壮年男性が声を上げた。


「女性への贈り物ならば、指輪を求められる人が多いですが――」


 指輪。定番と思える。俺は反射的に左手を掲げて、薬指に嵌められた真銀の指輪を見た。

 それは、言わずもがなの結婚指輪。対面を取り繕うだけの結婚といわれていようとも、身に着けない訳にはいかない。当然ながら、イルメリの左手薬指にも同じものが嵌っている。尤も、彼女が嵌めている指輪はそれだけではない。

 イルメリの左手中指にはイェマ王家の直径を示すサファイヤの指輪が輝いている。


 俺が指輪を送ったら、イルメリはどの指に嵌めるのだろう?


 俺は複数の指輪を所持したイルメリの姿を想像した。すると、俺の首が盛大に傾いだ。その様子は、当然ながら真正面に立つ店員の視界に映っている。


「指輪以外だと――」


 店員の右手がイヤリングの方へと移動した。しかし、途中でピタリと動きを止めている。続け様にクルリと踵を返して、作業中の壮年女性に向かって囁くような小声を上げた。


「女(・)王(・)陛(・)下(・)に似合いそうなものって、どんなものだと思う?」


 女王陛下。その言葉が耳に入った瞬間、俺は「やはり」と苦笑した。予想して然るべきだが、店の人達に俺の正体はバレている。

 カウンターの男性は、俺がお忍びだと想像して、態と一般客として応対してくれたのだろう。町の人々がお勧めするのも納得。俺は頷きながら、壮年男性と壮年女性、恐らくは夫婦のやり取りを眺めた。


 夫に声を掛けられた壮年女性は、作業を止めて夫の方を見た。続け様に、僅かに口を開いて声を上げた。


「あれ」


 あれ。その言葉の意味は、俺には分からない。俺でなくとも通じるとは思い難い。ところが、壮年女性の夫には通じていた。


「ああ、あれか」


 壮年男性は迷わず奥の戸棚に移動した。その様子を見て、俺は「凄いな」と二人の意思疎通の妙に感心した。


 俺とイルメリも、こんな風に通じ合えるだろうか?


 俺は壮年男性の背中を見詰めながら、自分とイルメリの未来を想像した。その益体(やくたい)も無い妄想は、低音の柔らかな声によって中断された。


「これなどどうでしょう」


 壮年男性は、俺に向かって一本の貴金属製の糸を差し出した。


 それは、ヘッドに青い花を咲かせた銀鎖のネックスレスだった。

 鎖は細く、花も小さい。一見、地味に思える。しかしながら、それを見詰めている内に目が離せなくなった。


 銀鎖には精緻な意匠が凝らされている。その中心(ヘッド)に付いた青い花、ブルースターの五枚の花弁は、実物通りにカットされたサファイヤだ。その事実を直感した瞬間、俺の全身に電流が奔った。それと同時に、俺の脳内にネックレスを付けたイルメリの姿が閃いた。


 女神――と、錯覚しそうだ。


 俺の心臓がドクンと胸から突き出るほどの勢いで跳ねた。その変調が、俺の心中の迷いを完全に払しょくした。


「これで、お願いします」

「ありがとうございます」


 俺は注文を確定した。その決断に対して、壮年男性はニッコリ微笑みながら頭を下げた。

 かくして、俺はイルメリとの仲を取り持つ最強の切り札を手に入れた。

読んでいただきありがとうございます。よろしければブックマーク、評価いただけるとありがたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。