第十四話 王配の慧眼
空豆の一件から、一週間ほど過ぎた或る日の昼下がり。
俺は昼食後の余暇を使って、王城の城塔から城下町を眺めていた。
イェマの王都は、他国同様、王城と城下町で成り立っている。尤も、現況に至る過程は他国のそれとは異なっていた。
殆どの国の場合、城を立て、その周囲に町を造っている。しかし、イェマは逆だ。先に町を造り、後から城を建てた。その為か、王城や都市を囲む城壁が無い。
王城の位置に至っては、町の最奥に位置しているものの、北に聳えるイェマ山に減り込むように立っている。そのお陰と言うべきか、王城に聳える城塔から城下町の全貌が確認できた。
町のど真ん中を貫く主要街道。
街道を挟む小売店や組合会館などの商業施設。
城に近付くほど建物が大きくなる住宅街。その中心に聳える一番高い建物は、ウガリ教の教会だ。
建物の配置自体は、はエルス王国の王都と大差無いように思える。だからこそ、俺は故国にいたときと同じことが気になっていた。
ここも穀物庫の数が二個なのか。
毎年の収穫物を貯める施設が、王城の敷地内に軒を連ねて二つ立っている。それなりに大きい。幾らでも入りそうだ。それでも、いや、だからこそ、キッチリ管理できているかが気になった。
古い穀物を放置して、カビが生えているってことは無いよな?
エルス王国では、古いものを奥に押しやったまま年毎の収穫物を押し込めていた。俺が確認すると、奥の方は目も当てられない状態だった。結構な穀物を廃棄する羽目になった。勿体ないことこの上ない。
この惨事を目の当たりにして、俺は直ぐ様関係部署に掛け合い、対策を提案している。
しかし、例によって兄王子達に邪魔をされた。恐らく、今も何の対策も講じず放置されているだろう。その事実を想起すると、俺の口が「へ」の字に歪んだ。
また、徒労になるかもしれないけれど――確認したい。
エルス王国で冷遇され続けて、俺の心もそれなりに屈折している。しかしながら、今の俺には「前例」という希望が有った。
空豆の一件で、俺の提案は採用されている。しかも、イルメリは全て俺に任せてくれた。その事実を思うと、俺の口角が徐々に上がっていく。
「やってみよう」
俺は独り言を呟くや否や、踵を返して城塔を降りて王宮――イルメリの許に向かって走った。しかし、俺達は直ぐには出会わなかった。
俺は先ず、執務室を確認した。いなかった。
謁見の間――いない。大広間――いない。後は――と、首を捻ったところに小さな侍女と出くわした。
メリル・メリアル。十歳。女王専属の侍女の中で最年少。
メリルとは、結構な頻度で顔を合わせている。イルメリが俺を呼び出す際、その役目を彼女に託してばかりいるからだ。何故なのか? 理由は、正直分からない。
俺の許に訪れる侍女について考えると、メリルか、或いはかなり年配の人ばかりだと気付く。別に困ることではないので、イルメリに尋ねたことは無い。まあ、それはそれとして。今はイルメリの居場所だ。
俺はメリルの顔を見るや否や、彼女にイルメリの居場所を尋ねた。すると、
「それならマティス殿下様のシン――何でもないです。知らないです」
メリルは何事か言い掛けて、全力で否定した。しかし、俺には十分過ぎる情報だ。
俺はメリルに「ありがとう」と礼を告げるや否や、自分の寝室に向かって走った。
寝室のドアを潜ると、最初に木製の間仕切り壁が飛び込んだ。壁の右側がイルメリの寝床。左側が俺の寝床だ。
右側には、未だ足を踏み入れたことは無い。今回も、踏み入れる気は無い。
俺はメリルから得た情報を想起しながら壁の左側に移動して、その中の様子を確認した。
俺の視界に木製の豪奢なベッドが映り込んだ。その瞬間、俺は違和感を覚えた。
俺のベッドの上に、人影が有る。長い白銀髪をした細身の女性。その体には青い簡素なドレスをまとっている。顔は――見えない。
謎の女性は、ベッドの上でうつ伏せになって、柔らかな布団に全身を埋めている。彼女の頭部は、俺の枕に埋まっている。顔を確認する為には、枕を引っぺがす必要が有るだろう。しかし、俺の足は前に出ない。むしろ後退していた。
何か分からんが、見なかったことのしないと拙い気がする。
俺は本能が鳴らす警鐘に従って撤退を決意。音を立てないよう注意しながら退出。廊下に出るや否や寝室のドアをそっと閉じた。
その直後、俺の首が斜めに傾いだ。
あれ、イルメリだよな?
イルメリが、俺のベットに横たわっていた。直ぐ近くに自分のベッドがあるにもかかわらずにだ。しまも、今は昼間だ。寝惚けているとは思い難い。彼女の奇行の意味は何か? 考えてみた。しかし、俺の首は傾ぐばかり。
どうしたものか――と、困っていると、不意に視線を覚えた。
「?」
俺は何気なく視線の元を見た。すると、少し離れた廊下の壁際に、小さなメイド服姿の少女、メリルの姿が有った。
メリルは、俺が彼女を見付けるや否や、踵を返して逃げようとした。その反応を見て、俺は咄嗟に声を上げた。
「待って」
俺の声に反応して、メリルがピタリと止まった。俺は彼女に近付いて、その小さな背中に向かって声を上げた。
「頼みが有る」
俺はメリルにイルメリへの言伝を頼んだ。すると、彼女は「分かりました」と引き受けてくれた。
俺は「ありがとう」とメリルに礼を伝えた後、廊下の奥へと足を踏み出した。
俺が向かった先は女王の執務室。ここの使用者は、基本的に俺とイルメリだけ。幸いにして今は誰もいない。
俺は中に入って、自分の執務机の椅子に腰を下ろした。そこで机上に積み上がった資料を手に取って、自分の仕事を問開始した。
暫く――ニ十分ほど経っただろうか。静かな室内にドアを敲く音が響き渡った。それに反応して、俺は声を上げた。すると、ドアの向こうからあどけない少女の声が上がった。
「イルメリ陛下様をお連れ致しました」
声の主はメリルだった。彼女は俺が頼んだ用件を果たしてくれたようだ。
メリルの声が聞こえた後、執務室のドアがユックリ開かれた。その隙間から、青いドレスをまとった白銀髪の美女が現れた。
イルメリ・イェマ。この国の女王にして俺の伴侶。彼女は部屋の中に入るや否や、俺に向かって声を上げた。
「何の用?」
ぶしつけとも思えるほど簡素な質問。その口調は、相変わらず冷淡だ。その美貌に浮かんだ表情も、普段通り氷像の如く無感情なもの。何もかも普段通り。
今のイルメリを見ていると、二十分前に見た光景が錯覚のように思える。現実か否か、イルメリ本人に確認したい気持ちも沸く。その行為の意図を尋ねたいとも思う。しかし、今の俺には他に言いたいことが有った。
「穀物庫のことなんだが」
俺はイルメリに穀物庫の調査を申し出た。その際、調査理由も一緒に伝えている。
「エルスでは、カビが生えたものを放置していたんだ」
俺の言葉に、イルメリは「ふん」と鼻で笑った後、
「ここは寒いの。そんなことは無いでしょう」
自信満々に、俺の不安を否定した。その言動を見て、俺は「考え過ぎか」と頭を掻いた。しかし、
「念の為」
俺は頑なだった。自分の目で現状を確かめたい。俺は尚も食い下がった。すると、
「好きにしなさい」
イルメリは俺の想いを酌んでくれた。
かくして、俺はイルメリの許可を得て、穀物庫の管理担当大臣(壮年男性)と一緒に穀物庫の状況を確認した。
結果、最奥の穀物にカビが生えていた。その事実を、俺は直ぐ様イルメリに報告した。その際、俺は「このようなことが起きないように」と、エルスにいた頃から考えていた解決策を提案している。
「穀物庫を増設して、それぞれ収穫年毎に分けて管理する。古い穀物は格安で市場に卸す」
俺の策は会議で可決されるや否や、超速で実行された。これにより、穀物の無駄がなくなり、イェマに住む人々の生活が大いに潤った。
このとき、イルメリは何を思ったか「マティスの功績」として内外に喧伝した。その行為は、俺にとっては予想外のもの。
まさか、イルメリが俺を持ち上げてくれるなんて。
ウガリット大学時代、共に鎬を削り合っていた頃では考えられない。むしろ、互いにマウントを取り合いまくっていたくらいだ。
イルメリも、それなりに成長しているのだろうか。その思惑が何であれ、彼女の行為のお陰で、イェマに於ける俺の評判は増々上がっていた。
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