第十話 王配の気遣い
遅めの昼食を終えた後、俺、マティス・エルスは左隣に座った白銀髪の女王から、一つの命令を賜った。
「暫くの間、王宮の中庭で散歩でもしていなさい」
イェマの女王イルメリは、俺に「遊んでいろ」と言いたいのだろう。もしかしたら、この国でも要職は任せて貰えないのかもしれない。王配とはいえ、俺は余所者で新参者。今は、それも仕方がない。
ここでも只飯食らいになるのかね?
俺の脳内に故国で不遇であった頃の出来事が閃いた。それらについて考えると眉が歪みそうになる。それを堪えながら、俺は「分かりました」と返事をして、イルメリと食事を共にした白亜の大広間を後にした。
石の廊下に出た際、俺の周りには誰もいなかった。俺は一人で中庭に行くしかない。その事実を想像した瞬間、昨日の記憶が脳内に閃いた。
クロート嬢の説明によると――こっち?
王宮の内部構造に関して、昨日の内にイェマ王宮の侍従長から丁寧案内を受けている。
尤も、昨日の俺は長旅の疲れが残っていた状態だった。完璧に記憶しているとは言い難い。それでも、大まかな構造は想像できた。それに従って、俺は中庭の方へと足を踏み出した。
その直後、俺が出てきた大広間から、メイド服に身を包んだ女性が飛び出した。
もしかして、中庭に案内してくれるのかも?
侍女と思しき女性の姿を見た瞬間、俺は案内役であることを期待した。しかし、彼女は俺の期待に応えてくれなかった。
侍女と思しき女性は、俺に目もくれず、一目散に石の回廊の中を走り去っていった。その慌てた様子を見て、俺は只ならぬ気配を察知した。
一体、何が?
侍女の動向が気になった。確認したい衝動に駆られた。その際、脳内にイルメリから仰せつかった「散歩」という使命を想起している。それでも――
「ま、少しくらいなら」
俺は「どうせ暇潰しなのだから」と心中で言い訳をして、走り去った侍女の後を追い掛けた。
俺は直感を頼りに、侍女が通った経路を想像しながら、軽めの駆け足で石の回廊を走り抜けた。その際、俺は奇妙な既視感を覚えている。
これ、俺達の寝室に向かっているのでは?
今の俺は、大広間まで来た経路を逆に辿っている。その事実を直感して、そのまま真っ直ぐ寝室までやってきた。
分厚いイェマの杉の扉は開け放たれていた。その開いた扉の向こうから、複数名の女性の声が聞こえてくる。
一体、何をしているんだ?
俺は中の様子を確認すべく、音を立てずに中に足を踏み入れた。その直後、
「!」
俺は息を飲んだ。それと同時に、目が大きく開いた。その広がった視界に、寝室の様子が映り込んでいる。そこには凡そ十名ほどの侍女達の姿が有った。
侍女達は、寝室の中央部に置かれた木製の間仕切り壁を行ったり来たりしている。それぞれ二人一組となって、イルメリの寝床の方から、俺の寝床の方へと大きな葛籠を運び込んでいた。その葛籠には見覚えが有った。
俺が故国から持ってきた荷物だ。
所在不明だった俺の荷物は、イルメリの寝床に有った。その事実を直感して、俺の首が斜めに傾いだ。しかし、考えたところで確信に足る理由は閃かない。分からないなら分かっていそうな人に聞く他無い。
俺は荷物を運び終わった侍女に声を掛けた。
「何をしているのかな?」
「陛下のご命令で、マティス殿下の荷物を運び込んでおります」
俺が声を書掛けた侍女は、全く初見の者だ。相手も俺の正体を知らない様子。その可能性を想像した瞬間、相手の声が耳に入った。
「『マティス殿下には内緒』ということなので、どうかご内密に」
「ああ、そう」
侍女の言葉を聞いて、俺は自分の顔に鳩が豆鉄砲を食らったような間抜けな表情が浮かんだことを自覚した。
イルメリが俺の荷物を持っていた理由は――分からん。けど、聞いては駄目なやつらしい。
俺は間抜け面を張り付かせながら、ユックリ後退。そのまま静かに寝室を去った。
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