第40話:黄金色の焼き芋と、至福のホットドリンク
パカッ、と。
千秋が耐熱グローブをはめた両手で、焦げた新聞紙のベールを脱いだサツマイモを真っ二つに割った瞬間。
冬の夜の冷たい空気を切り裂くように、尋常ではない量の真っ白な湯気が立ち昇り、強烈な『甘い蜜の香り』がタープの下を完全に支配した。
「おおおおおおっ……!!」
「光っている……! 芋が、黄金の蜜を流して光っているぞ!!」
割れた断面から姿を現したのは、パサパサとした普通の芋の果肉ではない。
極限の熱と蒸気によってサツマイモのデンプンが完全に糖化し、まるで黄金色のクリームや、極上のスイートポテトのようにトロトロになった『蜜の塊』だった。
熱々の断面からは、ジュクジュクと音を立てて透明な蜜が溢れ出し、赤紫色の皮を伝ってポタポタと滴り落ちそうになっている。
「さあ、みんな! 熱いうちに食べてみて!」
千秋は、火傷しないように厚手のキッチンペーパーで焼き芋の半分を包み、まずは一番目を輝かせているテオとマイの姉弟へと手渡した。
「あっちっ! あつあつだよ!」
「テオ、気をつけて! 少しずつフーフーして食べるのよ!」
マイが弟に注意を促しながらも、彼女自身も待ちきれないといった様子で、黄金色に輝く焼き芋の断面にフーフーと息を吹きかけた。
そして、まだ湯気を立てている熱々の果肉に、思い切ってかぶりつく。
――ハフッ、ホクッ、トロォッ。
「……ッ!!?」
「んんんんん〜〜〜っ!!!」
サツマイモを口に入れた瞬間、姉弟の動きがピタリと止まり、次の瞬間には両手でほっぺたを抑えながら悶絶し始めた。
「あ、あま〜〜〜〜いっ!! なにこれ! お芋なのに、すっごく甘いよぉ!!」
「美味しい……! お口の中で、お芋がとろけてなくなっちゃいました……! それにこの甘さ……村のお祭りで食べた蜂蜜のパンよりも、ずっとずっと甘いです!」
テオは歓喜のあまりその場でピョンピョンと飛び跳ね、マイは感動で目を潤ませている。
彼らの反応を見て、たまらずジンツとバルガスも手を伸ばしてきた。
「お、俺にもくれチアキ! もう我慢できねえ!」
「我輩にもだ! その黄金の宝石を、早くこの口に……!」
千秋は次々と焼き芋を割り、ペーパーで包んで大人たちにも配っていった。
いかつい顔に刀傷を持つ身長二メートルの重戦士バルガスが、熱々の焼き芋を両手で大切そうに包み込み、まるで神聖な儀式でも行うかのように、恭しく一口かじりついた。
「ハフッ……」
そして、数秒の咀嚼の後。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」
バルガスの口から、森の木々を揺るがすほどの野太い咆哮が轟いた。
彼は顔をくしゃくしゃにして、両目から滝のように涙を流し始めたのだ。
「甘い……! 甘すぎる!! なんだこの暴力的なまでの糖度は!? 芋の自然な甘みだというのに、王都の一流職人が作ったケーキよりも甘いぞ!!」
筋金入りの甘党であるバルガスにとって、この『紅はるかのねっとり焼き芋』は、彼の人生におけるスイーツの価値観を根本から覆すほどの衝撃だったようだ。
彼は「美味い、美味い」と泣きながら、皮についた焦げた蜜の跡まで愛おしそうに舐め取っている。
「マジかよ……! ハフッ、アッチッ! でも美味えっ!! パサパサ感が全くねえ! まるで甘い飲み物を食ってるみてえだ!」
ジンツも、熱さに悶絶しながらも食べる手を止められない。
濡れた新聞紙とアルミホイルで蒸し焼きにされたことで、芋の水分は一滴も逃げることなく内部に留まり、パサつきゼロの究極の『ねっとり食感』を実現しているのだ。
「チアキ、これは素晴らしい……! これほど甘く、そして心が温まる食べ物があったとは……。冬の厳しい寒さが、この一口をより美味しくしてくれているようだ」
リネットもまた、騎士としての凛々しい顔を完全に崩し、ふにゃりととろけた笑顔で焼き芋を頬張っている。
さらに、彼女は焼き芋の甘さが口に残っているうちに、先ほど千秋から渡された『ホットワイン』のカップを口に運び、ズズッとすすった。
「くぅぅっ……! 芋の圧倒的な甘みを、このスパイスの効いた熱いワインで流し込む……。なんという背徳感……なんという幸福感だ……!」
「わかりますぅ……! 私はこの、甘いココアと一緒に食べるのが最高ですぅ……! お芋の甘さと、ココアの甘さが混ざって、もう天国みたいですぅ……」
サリサもココアのカップを両手で包み込みながら、恍惚の表情を浮かべている。
そして、千秋のテントのすぐ横。
冬用ダウンシュラフの中で、顔だけを出して巨大なイモムシ状態になっているエルフの学者ロイドも、シュラフの隙間から手だけを出し、千秋に割ってもらった焼き芋を器用に食べていた。
「モグモグ……。うむ……。アルミホイルという熱伝導率の高い金属と、水を含んだ紙を用いた完全密閉による『高圧蒸し焼き』……。そのカガクの力によって、芋のデンプンが極限まで糖化しているのだな……。モグモグ。……しかし、理屈はともかく、これは……本当に、美味い……」
理屈っぽいエルフの学者も、最終的にはその圧倒的な美味しさの前に語彙力を失い、ただひたすらに焼き芋を貪り食うただのダメエルフと化していた。
「あはは! みんな喜んでくれてよかった!」
千秋は、仲間たちが焼き芋に夢中になっている姿を見て、心から満足そうな笑みを浮かべた。
自分の作ったキャンプ飯(今回はただ焼いただけだが)で、誰かがこれほどまでに幸せそうな顔をしてくれる。
それが、千秋が毎週末、わざわざ重い荷物を抱えて異世界の森まで通ってくる最大の理由の一つだった。
千秋は、みんなから少しだけ離れた位置にあるローチェアに深く腰を下ろした。
右手には、スパイスと蜂蜜をたっぷりと入れた、熱々のホットワインの入ったシェラカップ。
千秋はカップを両手で包み込み、ゆっくりと一口すすった。
――ズズッ。
「……あぁ、美味しい……」
シナモンとクローブの香りが鼻腔をくすぐり、温かいアルコールと蜂蜜の甘みが、食道を通って胃の腑へと落ちていく。
身体の芯から、じんわりと、確かな熱が広がっていくのを感じる。
千秋は顔を上げ、目の前に広がる光景を静かに見つめた。
ステンレス製の大型焚き火台の中で、ジンツたちが組んでくれた太い薪が、轟々(ごうごう)と特大の炎を上げて燃え盛っている。
パチパチとはぜる音。薪が崩れる音。
一メートル近くまで立ち上がる炎は、まるで生き物のように形を変えながら、圧倒的な熱量とオレンジ色の光を放ち続けている。
その炎を囲むようにして、異世界からやってきた友人たちが、顔を真っ赤に火照らせながら、焼き芋を頬張り、笑い合っている。
「チアキねーちゃん、もう一個ちょうだい!」
「こらテオ、バルガス殿の分まで取ってはいけませんよ!」
「ハッハッハ! 構わん構わん! 今日は俺が特別に譲ってやろう!」
「バルガス、お前さっき俺の分まで半分むしり取っていっただろうが!」
賑やかな笑い声が、冷たい冬の森に響き渡る。
千秋はホットワインのカップを持ったまま、そっと目を閉じた。
ヒュオォォォォ……。
タープの隙間から、冬の冷たい夜風が吹き込んできて、千秋の鼻先と頬を冷たく撫でていく。
気温は間違いなく氷点下だ。吐く息は白く、少しでも火から離れれば、一瞬にして身体の芯まで凍りついてしまいそうなほどの厳しい寒さ。
しかし。
その『刺すような寒さ』があるからこそ。
目の前で燃え盛る焚き火の熱が、これほどまでに愛おしく、力強く感じられる。
手の中のホットワインの温もりが、これほどまでに五臓六腑に染み渡る。
そして、過酷な自然環境の中で食べる温かい料理(焼き芋)が、日常では絶対に味わえないほどの『極上のご馳走』へと昇華されるのだ。
「……うん」
千秋は目を開け、澄み切った冬の夜空を見上げた。
分厚い雨雲はいつの間にか去り、そこには、夏場よりもずっと空気が澄んでいるおかげで、まるですぐ手が届きそうなほど鮮明に輝く、異世界の満天の星空が広がっていた。
冷たい空気。
焚き火の暖かさ。
美味しいご飯。
そして、気のおけない仲間たちの笑顔。
「……やっぱり、冬のキャンプが一番最高だな」
千秋は、誰に聞こえるでもない小さな声でポツリと呟き、心の中で深く、深く頷いた。
平日の仕事の疲れも、理不尽な人間関係のストレスも、この瞬間のためにすべてリセットされる。
現代日本の平凡なOLが、異世界の森で見つけた、かけがえのない週末の居場所。
パチパチとはぜる焚き火の音と、仲間たちの楽しげな笑い声が交差する中。
冬の寒さを完全にねじ伏せるほどの圧倒的な温もりに包まれて、第4章『雨キャンプと冬キャンプの醍醐味』の夜は、優しく、そしてほっこりと更けていくのであった。




