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週末限定、異世界ソロキャンプ! ~残業疲れのOLが現代のキャンプギアとスーパーの食材でまったり飯テロ極めます~  作者: RIU


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第29話:漆黒の秘薬(コーラ)

異世界ファルマ大陸の深い森。すっかり秋の冷たい空気に包まれた千秋ちあきのキャンプサイトに、突如として持ち込まれた巨大な肉の塊。

それは、槍使いのジンツと重戦士バルガスが討伐クエストで仕留めてきた、重さ十キロにも及ぶ『オークの肉』だった。

旨味は豚肉の上位互換と言われるほど極上だが、筋繊維が強靭すぎて、ブロック肉のままでは戦士の顎でも噛み切れないという厄介な代物。

異世界の常識では、薄く切り刻むか、ドロドロになるまで三日三晩煮込むしかないとされているその難敵を前にして。

千秋はキャンパーの最強の相棒である黒鉄の万能鍋、『ダッチオーブン』を取り出し、自信満々に不敵な笑みを浮かべていた。


「任せとけって言ったでしょ。このダッチオーブンと、私が用意した『とっておきの秘薬』を使えば、どんなに硬いお肉でも数時間で歯がいらないくらいホロホロになるんだから」


千秋はそう宣言すると、まずは巨大なオーク肉のブロックに向き合った。

さすがに十キロの塊をそのまま鍋に入れることはできないため、千秋は愛用のアウトドアナイフを取り出し、オーク肉を二キロほどの、それでも十分に巨大なブロックへといくつかに切り分けた。

切り分けた断面からは、美しい赤身と真っ白な脂身の層が顔を出し、新鮮な命の力強さを感じさせる。


「よし、まずはこのお肉の表面を豪快に焼き付けて、旨味を中にギュッと閉じ込めるよ!」


千秋は焚き火台の上に頑丈な五徳をセットし、その上に重厚なダッチオーブンを乗せた。

分厚い鋳鉄ちゅうてつで作られたこの鍋は、温まるまでに少し時間がかかるが、一度熱を持てばその蓄熱性は並のフライパンの比ではない。

鍋肌から微かに白い煙が立ち昇り始めたのを確認した千秋は、薄く油を引き、切り分けた二キロのオーク肉のブロックを、トングで掴んでダッチオーブンの中へと容赦なく放り込んだ。


――ジュウウウウウウウウウウウウッ!!!!


静寂の森を切り裂くような、極めて暴力的で激しい焼き音が鳴り響いた。

ダッチオーブンの圧倒的な熱量に触れ、オーク肉の表面が一瞬にして焼き固められていく。分厚い脂身から染み出した透明な脂が、黒鉄の鍋肌でバチバチとはぜ、香ばしい煙となってタープの下に充満した。


「おおおぉぉぉっ!!」

「なんという凄まじい音と匂いだ……!!」


ジンツとバルガスが、たまらず身を乗り出して歓声を上げた。

ただ肉を焼いているだけだというのに、その匂いは彼らが知っている安酒場の肉料理とは全く次元が違った。新鮮なオーク肉特有の、野性味がありながらも上品で甘い脂の香りが、彼らの食欲中枢を直接殴りつけてくる。


「まだまだ! 全面にしっかり焼き色(焦げ目)をつけるのがポイントだからね」


千秋はトングを使って、重い肉の塊をゴロン、ゴロンと転がしていく。

メイラード反応によって、肉の表面は美しいキツネ色……いや、食欲をそそる深い黄金色へとコーティングされていく。この「壁」を作ることによって、後で煮込んだ時に肉の旨味が外に逃げ出さず、内に秘められたまま極限まで高まっていくのだ。


「よし、全面こんがり焼けた! それじゃあ、いよいよ煮込みの工程に入るよ。ここで登場するのが……さっきも見せた、この秘薬ね!」


肉の表面が見事に焼き上がったのを確認した千秋は、傍らのクーラーボックスから、先ほど男たちを戦慄させた『あのペットボトル』を再び取り出した。


容量1・5リットル。透明なプラスチックの容器の中に、光を通さないほどに真っ黒で、揺らすとシュワシュワと不気味な泡を立てる謎の液体。

現代のキャンパー、いや現代人であれば誰もが知っている、魅惑の炭酸飲料。

そう、『コーラ』である。


「ヒィッ!? チ、チアキ! 本気なのか!? こんな極上に焼き上がった神の肉を、その毒沼の泥水みたいな液体に沈める気か!?」

「や、やめろ魔女殿! それはどう見てもスライムの体液を濃縮した猛毒にしか見えん! せっかくのオーク肉が台無しになってしまうぞ!!」


ジンツが頭を抱えて悲鳴を上げ、バルガスが顔の刀傷を引き攣らせながら必死に制止の声を上げた。

彼らの反応も無理はない。異世界ファルマ大陸において、自然界に存在する「真っ黒な液体」で口にして安全なものなど皆無に等しい。おまけに、自発的に泡を立てているとなれば、それは腐敗の証か、さもなくば呪われた魔薬の類であると判断するのが常識だった。


「だから毒薬じゃないってば。お肉を柔らかくするための、最強の魔法のアイテムなんだから」


千秋は男たちのパニックを完全に無視し、ペットボトルのキャップに手をかけた。


――プシュウゥゥゥッ!!


「ひいいいっ!? 鳴いた!! 容器が悲鳴を上げたぞ!!」

「やはり中に邪悪な風の精霊が封じ込められているのだ!!」


炭酸ガスが抜ける軽快な音を聞いただけで、歴戦の猛者たちが腰を抜かさんばかりに後ずさる。

千秋は呆れ果ててため息をつきながら、ペットボトルを傾けた。


「いくよー。秘薬、全量投入!」


ドボドボドボドボッ!!


1・5リットルのコーラが、熱々に熱せられたダッチオーブンの中へ、そして黄金色に焼き上がったオーク肉の上へと、容赦なく注ぎ込まれていく。


――ジュワワワワワワァァァァァッ!!!!


熱い鉄鍋に冷たい炭酸飲料が触れた瞬間、想像を絶するほどの激しい音と共に、一気に沸騰が始まった。

コーラの炭酸ガスが熱によって爆発的に弾け、クッカーの中から真っ黒な泡がカニの泡のようにブクブクと大量に溢れ出す。

その光景は、ファンタジー世界の住人から見れば、まさに「魔女が大鍋で毒薬を煮込んでいる」という絵に描いたような恐ろしい儀式そのものであった。


「あわわわわ……! 肉が……俺たちのロマン肉が、真っ黒な泡に飲み込まれていくぅぅぅっ!」

「なんという冒涜的行為! あの美しい黄金色の肉が、毒の沼に沈んでしまったではないか!」


ジンツは膝から崩れ落ちて涙を流し、バルガスは天を仰いで絶望の表情を浮かべていた。

しかし。

絶望する彼らの鼻腔に、突如として『ある匂い』が到達した。


「……んん?」

「……おや?」


二人は同時に鼻をヒクヒクと動かした。

毒薬だと思っていた黒い泡から立ち昇ってきたのは、鼻を突くような腐敗臭でも、むせ返るような魔力の匂いでもなかった。

それは、何種類ものスパイスが混ざり合ったような複雑な香りと、大量の砂糖が熱せられることで生まれる『甘く香ばしいカラメルの匂い』だったのだ。


「な、なんだこの甘美な香りは……!?」

「毒沼から、まるでお菓子のような……いや、それ以上に食欲をそそる匂いがするぞ!?」


混乱する男たちを尻目に、千秋は調理の最終工程へと入った。

コーラ煮の強みは、コーラに含まれる「炭酸」と「酸味料」が肉のタンパク質を分解し、驚くほど短時間で繊維を柔らかくホロホロにしてくれることだ。さらに、大量に含まれる「糖分」が煮詰まることで、照り焼きソースのような見事なツヤと甘みを生み出してくれる。

しかし、コーラだけではただ甘ったるいだけになってしまう。そこに、味を引き締めるための「塩気」と「香り」を足すのが、キャンパー流の完璧なレシピである。


「ここにお醤油をドボドボッと入れて……チューブのニンニクと、生姜をたっぷりと追加!」


千秋は、日本の大豆発酵調味料である『醤油』を適量加え、さらにチューブ入りの『おろしニンニク』と『おろし生姜』をニュルニュルと躊躇なく絞り入れた。


その瞬間。

コーラの甘いカラメルの香りに、醤油の香ばしい塩気と、ニンニクと生姜の暴力的なまでのパンチ力が加わった。

それらがダッチオーブンの中で混ざり合い、グツグツと煮え滾ることで、もはや「絶望」などという感情が入り込む隙間もないほどの、圧倒的かつ暴力的な『最強の肉料理の匂い』へと変貌を遂げたのだ。


「おおおぉぉぉぉっ!!!」

「な、なんだこの匂いは!? 腹の底から、猛烈な飢餓感が湧き上がってくるぞ!!」


先ほどまで「肉が台無しになった」と泣いていたジンツとバルガスが、今度はその匂いのあまりの暴力性に、ヨダレを撒き散らしながらダッチオーブンへとすり寄ってきた。

甘辛い、そしてスパイシーな、日本人が大好きな「テリヤキ」の究極進化系のような匂い。それが異世界のオーク肉の脂と混ざり合うのだから、その破壊力は計り知れない。


「ふふふ、匂いにつられてきたね。でも、ここからがダッチオーブンの『本当の魔法』の時間だよ」


千秋は耐熱グローブを両手にはめ、傍らに置いてあった分厚くて重い『黒鉄の蓋』を持ち上げた。


ガァンッ!!


重厚な金属音が響き、ダッチオーブンが完全に密閉された。

蓋自体が非常に重いため、中の蒸気が逃げにくくなり、鍋の内部は一種の『圧力鍋』のような状態になる。これにより、通常の鍋で煮込むよりも遥かに高い温度と圧力で肉の繊維を破壊し、短時間で劇的な柔らかさを引き出すことができるのだ。


しかし、千秋の作業はこれで終わりではない。


「ジンツさん! さっき作ってもらった熾火おきびの中から、真っ赤に燃えてる炭をいくつか、トングでこっちに渡して!」

「お、おう! わかった!」


言われるがまま、ジンツがトングで熱々の炭を挟み、千秋へと差し出す。

千秋は自身のトングでそれを受け取ると、あろうことか、その真っ赤な炭を『ダッチオーブンの蓋の上』に並べて置き始めたのだ。


「な、何をしているのだ魔女殿!? なぜ鍋の蓋の上に炭を乗せる!?」


バルガスが驚愕の声を上げた。

異世界の料理の常識において、火は常に「下から」当てるものである。蓋の上に火を置くなどという発想は、彼らには微塵も存在しなかった。


「これがダッチオーブン最大の利点、『上火うわび』だよ」


千秋は蓋の上に均等に炭を配置し終えると、満足げに手を払った。


「下からの熱だけじゃなくて、蓋の上にも炭を置くことで、鍋の中は上下からの熱に包まれることになるの。つまり、これはただの鍋じゃなくて、全方位から熱を加える『オーブン(窯)』になるってわけ」

「オーブン……! なるほど、それで『ダッチオーブン』という名がついているのか!」

「下から煮込みつつ、上からの熱で肉を蒸し焼きにする……。なんという理にかなった、魔法のような調理法だ……!」


バルガスとジンツは、その極めて論理的かつ画期的な調理システムに、戦士としての畏敬の念すら抱いていた。

ただの分厚い鉄の鍋だと思っていたものが、密閉性と上下の熱を利用した超高温の窯へと変貌を遂げたのだ。現代のキャンパーたちが長年培ってきた叡智の結晶が、異世界人たちの常識を見事に打ち砕いていた。


「よし、これでセット完了! あとは、焦げないように時々中の様子を見ながら、このまま数時間放置するだけだよ」


千秋はローチェアに座り直し、再びコーヒーのマグカップを手にした。


「数時間、か……。あの硬いオークの肉塊が、この魔法の鍋と真っ黒な秘薬で、本当に噛み切れるようになるのだろうか……」


バルガスはダッチオーブンから立ち昇る、微かな甘辛い匂いを嗅ぎながら、期待と一抹の不安を込めて呟いた。


「心配ないって。数時間後には、ナイフを入れただけでホロホロに崩れる、奇跡のコーラ煮が完成してるから。それまで、みんなでのんびりお酒でも飲んで待ってようよ」


千秋の自信に満ちた笑顔。

その横で、黒鉄のダッチオーブンは、静かに、しかし確実に、内部で途方もない旨味と柔らかさを錬成し続けていた。


チリチリと燃える上火の炭。

下から鍋を熱する焚き火の炎。

蓋の隙間から漏れ出す、コーラと醤油、ニンニクが生み出す、食欲を根源から狂わせる甘辛い香り。


「くそっ……! 匂いだけで酒が飲めそうだぜ……! 早く、早く時間が経ってくれぇぇぇっ!!」


ジンツが待ちきれずに地団駄を踏み、バルガスは腕を組んで目を閉じ、ただひたすらに精神統一を行って空腹に耐えようとしている。

巨大なオーク肉の塊が、キャンパーのロマンと現代の秘薬によってどのような変貌を遂げるのか。

男たちの胃袋と期待を極限まで膨らませながら、秋の森の午後の時間は、ゆっくりと、そして濃厚な匂いと共に過ぎていくのだった。

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