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週末限定、異世界ソロキャンプ! ~残業疲れのOLが現代のキャンプギアとスーパーの食材でまったり飯テロ極めます~  作者: RIU


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第21話:秋の気配と、ポカポカするキノコ

異世界ファルマ大陸の森にも、確かな季節の移り変わりが存在していた。

千秋ちあきがこの見知らぬ森に初めて足を踏み入れてから、現実世界と異世界を往復すること数ヶ月。うだるような夏の暑さはとうに過ぎ去り、木々の葉は少しずつ黄色や赤色へとその衣を変え始めていた。

金曜日の夜にアパートの勝手口をくぐり抜けた時、千秋の頬を撫でたのは、ヒンヤリとした、少しだけ身震いするような冷たい夜風だった。


「んんっ……さむっ。すっかり秋だなぁ」


土曜日の朝。

澄み切った青空の下、千秋は愛用のフリースジャケットのジッパーを首元までしっかりと引き上げながら、テントから這い出した。

吐く息が、ほんのりと白い。

気温は十度を下回っているだろうか。都会のコンクリートジャングルであれば「肌寒い、嫌な季節になった」と肩をすくめるところだが、ここは異世界の大自然の中。そして何より、千秋は生粋のキャンパーである。

このキリッとした冷たい空気こそが、キャンパーたちにとっての「ハイシーズン」の到来を告げる何よりのファンファーレなのだ。


「虫もいなくなったし、空気は澄んで星が綺麗に見えるし。それに何より……」


千秋は焚き火台の前に座り、昨晩の残りの消し炭を中心に、細い小枝から順に薪を組んでいく。ファイヤースターターで火花を散らし、麻紐に着火。

チロチロと立ち上がった小さな炎が、やがて小枝から太い薪へと燃え移り、パチパチと心地よい音を立てて爆ぜ始めた。


「……うん。やっぱり、焚き火の温かさが身に染みる季節が一番好きだな」


かじかんだ両手を焚き火にかざし、千秋はほうっと至福のため息を吐いた。

夏場の焚き火は「調理のため」か「雰囲気作りのため」という側面が強いが、秋から冬にかけての焚き火は、文字通り「暖をとるための生命線」となる。炎のありがたみを全身で感じられるこの季節こそが、キャンプの真の醍醐味と言っても過言ではなかった。


お湯を沸かし、温かいドリップコーヒーを淹れて、静かな森の朝を満喫する。

常連となったジンツやサリサ、リネットたちは、お昼頃にならないとやって来ない。それまでの数時間は、千秋が誰にも邪魔されずに一人で自然と向き合える、貴重なソロキャンプの時間だった。


――ガサガサッ、タタタタタッ!


「……おや?」


静寂を楽しんでいた千秋の耳に、軽い足音が聞こえてきた。

大人の重い足音ではない。もっと軽やかで、元気いっぱいの足音。

千秋の張った『魔物避け&認識阻害の結界』を、何のためらいもなくすり抜けて飛び出してきたのは、ボサボサの髪をした十歳くらいの少年だった。


「チアキねーちゃん!! おはよう!!」

「こら、テオ! 走ったら危ないっていつも言ってるでしょ! チアキさんの迷惑になるじゃない!」


少年の後ろから、少し息を切らせて追いかけてきたのは、つぎはぎだらけだが清潔な村娘の服を着た、十四歳くらいの少女だった。

近隣の農村に住む好奇心旺盛な少年テオと、しっかり者で世話焼きな性格の姉マイである。

彼らは森の入り口付近で山菜採りや薪拾いをしている時に、偶然千秋のテント(テオ曰く『魔法の城』)を発見し、それ以来、週末になると時々遊びに来るようになっていた。


「おはよう、テオ君、マイちゃん。朝早くから元気だね」


千秋はローチェアから立ち上がり、笑顔で二人を迎えた。

テオは目をキラキラさせながら、千秋のキャンプサイトをキョロキョロと見回している。彼にとって、ワンポールテントも、アルミテーブルも、ガスバーナーも、すべてがおとぎ話に出てくる魔法の道具に見えるらしい。


「あのね! 今日はチアキねーちゃんに、いいもの持ってきたんだ!」

「テオ、私が渡すからちょっと待って。……チアキさん、おはようございます。いつも弟がお邪魔してしまって、ごめんなさい」


マイは深く頭を下げると、背負っていた小さなかごを身体の前へと持ってきた。


「とんでもない。私一人だと話し相手もいなくて退屈してる時もあるから、二人が来てくれると嬉しいよ。で、いいものって?」

「はい。いつもチアキさんには、私たちが食べたこともないような、すごく美味しいお料理をご馳走になっているから……そのお礼にと思って、森で採ってきたんです」


マイが籠にかけてあった布をそっとめくった。

その中に入っていたものを見て、千秋は思わず「おおっ」と声を漏らした。


籠の中にゴロゴロと入っていたのは、大きな『キノコ』だった。

だが、ただのキノコではない。傘の大きさは大人の拳ほどもあり、その色は、まるで焚き火の熾火おきびのように、深く、鮮やかな『深紅』に染まっていたのだ。

しかも、表面がツヤツヤと輝いており、どこか不思議なエネルギーを内包しているかのような存在感を放っている。日本のスーパーや山林では、絶対にこんな毒々しい(あるいは美しい)色のキノコはお目にかかれない。


「わあ、すごい色のキノコだね。これ、食べられるの?」

「はい! これは『ホムラタケ』っていう、秋から冬にかけての森の奥でしか採れない、とっても珍しいキノコなんです」


マイは誇らしげに胸を張って答えた。


「ホムラタケ……炎の茸ってこと?」

「そうです! チアキさん、ちょっと触ってみてください」

「え? うん」


千秋は言われるがまま、籠の中にあるホムラタケの一つにそっと指先を触れた。


「……えっ!?」


千秋は目を丸くして、驚きの声を上げた。

キノコの表面が、ほんのりと温かかったのだ。

まるで、茹でたてのゆで卵を触っているかのような、あるいは使い捨てカイロを握っているかのような、確かな熱。生き物でもない、ましてや火にかけてもいない植物(菌類)が、自ら熱を発している。


「これ、あったかいよ!? なんで!?」

「えへへ、すごいでしょ!」

テオが得意げに鼻をこすった。


「ホムラタケはね、土の中の火の魔力を吸って育つんです。だから、生のままでも少し温かいの。でも、このキノコの本当にすごいところは、食べた後なんです」


マイがホムラタケを一つ手に取り、愛おしそうに見つめながら説明を続けた。


「これを火を通して食べると、お腹の底に小さな火の玉ができたみたいに、身体の芯からポカポカと温かくなるんです。冬の厳しい寒さの時、村のお年寄りや小さな子供が凍えないように、昔から大切に食べられてきた『命のキノコ』なんですよ」

「へええ……!!」


千秋の瞳が、キャンパーとしての好奇心でギラギラと輝き始めた。

食べると身体が温まるキノコ。天然の食べるホッカイロ。

これぞまさに、ファンタジー世界ならではの『異世界食材』である。

これまでは、ジンツやサリサたちに、日本の便利な調味料や加工食品(ベーコンや肉まん、焼き鳥缶など)を振る舞って驚かせてばかりだった。もちろんそれも楽しいが、千秋自身が異世界の不思議な食材を料理して食べる機会は、これまであまりなかったのだ。


「マイちゃん、テオ君。これ、すっごく貴重なものなんじゃないの? 私なんかがもらっていいの?」

「もちろんです! チアキさんの作るお料理は、村のご馳走なんかよりもずっとずっと美味しいですから! その魔法の料理に、このホムラタケを使ってほしいんです!」

「チアキねーちゃんのご飯、今日も食べたい!」


目を輝かせて見上げてくる幼い姉弟。

そんな純粋な期待を向けられて、千秋が断るはずもなかった。彼女の中の「料理好きキャンパー」の魂に、勢いよく火が点いた。


「……わかった。二人がそこまで言ってくれるなら、ありがたく使わせてもらうね。今日のお昼ご飯は、この『ホムラタケ』をメインにした特製キャンプ飯にしよう!」

「わあーい!!」


テオが両手を挙げて飛び跳ね、マイも嬉しそうに微笑んだ。


「さて、ホムラタケか……。身体が温まるってことは、味自体はそこまで癖がないのかな。触った感じ、エリンギみたいに弾力があってプリプリしてるし……うん、あれと合わせるのが一番良さそうだな」


千秋は腕を組み、数秒間だけ脳内でレシピを検索した。

秋のキャンプ。少し肌寒い空気。そして、異世界の温かいキノコ。

これらに完璧にマッチする日本の食材が、今日のクーラーボックスの中には眠っていた。


「テオ君、マイちゃん。少し待っててね。今、最高の食材を出してくるから」


千秋は振り返り、テントの入り口付近に置いてある大型のクーラーボックスのロックを外した。

パカッと蓋を開けると、保冷剤の冷気と共に、綺麗にパッキングされた食材たちが顔を出す。千秋はその中から、透明なプラスチックのパックに入ったものと、小さな黄色い箱を取り出した。


「これだよ。秋のキャンプには絶対に欠かせない、私の大好物」


千秋が二人の前に置いたもの。

一つは、見事なオレンジサーモンピンクに輝く、分厚く切られた『甘塩シャケ(鮭)の切り身』が二切れ。

そしてもう一つは、銀色の銀紙に包まれた、四角い『北海道産バター』の箱だった。


「お魚……? それに、その黄色い四角いものはなんですか?」

「海で獲れたシャケだよ。こっちの村じゃ、海の魚は珍しいかな? 黄色いのはバターって言って、牛のお乳から作ったすごく濃厚な油みたいなもの」


マイとテオは、初めて見る海の魚の切り身と、バターという未知の食材に目を丸くしている。

ファルマ大陸の辺境にあるこの村の周辺では、川魚は獲れても、海に住む大型の魚を目にする機会は滅多にない。ましてや、それが綺麗に切り身にされて塩漬けにされている状態など、王都の市場でしかお目にかかれない代物だった。


「この脂の乗ったシャケと、ホムラタケ。そしてバター。この三つを組み合わせれば、絶対に間違いない『最強の秋の味覚』が完成するの」


千秋は自信満々に微笑むと、キャンプ用のコンテナボックスから、ある一つの『細長い箱』を取り出した。

それは、日本の家庭の台所にも必ず一つは常備されているであろう、日用品の極み。


「今日は、この『魔法の銀紙』を使って、洗い物ゼロの超絶品料理を作るよ!」

「ま、魔法の銀紙……!?」


マイとテオが、ゴクリと息を飲んだ。

千秋の手の中にある細長い箱。パッケージには『アルミホイル 厚手タイプ 8m』と書かれている。

キャンパーの強い味方であり、直火の熱に耐え、食材の旨味を一切逃がさない、現代科学が生み出した万能調理器具。


異世界のファンタジーキノコと、現代日本のアルミホイル。

決して交わるはずのなかった二つの世界のアイテムが、今、千秋の手によって一つの極上のキャンプ飯へと昇華されようとしていた。


「さあ、二人ともお腹空かせて待ってて! 絶対ほっぺたが落ちるから!」


焚き火の炎がパチパチと爆ぜる音をBGMに。

千秋の、秋の味覚を堪能するためのクッキングが、楽しげに幕を開けた。

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