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週末限定、異世界ソロキャンプ! ~残業疲れのOLが現代のキャンプギアとスーパーの食材でまったり飯テロ極めます~  作者: RIU


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第20話:グツグツ踊るオリーブオイルと女子会

深い森の静寂は、今や完全に打ち破られていた。

千秋ちあきの張った巨大なヘキサタープの下、焚き火の熾火おきびの上に乗せられた分厚い鋳鉄製のスキレットの中で、黄金色に輝くオリーブオイルが激しく踊り狂っている。


――グツグツグツッ! ジュワワワワワワッ!!


オリーブオイルの熱海の中へ一気に投下された『冷凍のむきエビ』と、異世界産の肉厚な『キノコ』。

冷たい食材が入ったことで一瞬だけ油の温度が下がるが、スキレットの圧倒的な蓄熱性がすぐにそれを取り戻す。気泡が鍋肌から次々と立ち上がり、エビとキノコを容赦なく加熱していく。

半透明だったエビの身は、熱を通されることでみるみるうちに鮮やかな赤と白のコントラストへと姿を変え、プリプリとした弾力を自己主張し始める。

そして、異世界産のキノコはスポンジのように、ニンニクと鷹の爪のエキスが溶け込んだオリーブオイルをたっぷりと吸い込み、艶やかな飴色に染まっていった。


「な、なんだいこの匂いは……! 目に染みるほどの強烈な香りじゃないか……!」


特等席であるローチェアに座る女将ミレーヌは、ジョッキを持ったまま目を丸くしてスキレットを覗き込んでいた。

ニンニクの食欲を根源から狂わせる暴力的な匂い。鷹の爪のピリッとした刺激的な香気。エビの甲殻類特有の香ばしさと、キノコの土の香り。それらすべてをエキストラバージン・オリーブオイルが一つにまとめ上げ、強烈な湯気となって立ち昇る。

異世界の酒場で長年料理を見てきた彼女にとっても、「油で食材を煮る」という調理法は極めて斬新だった。油は焼くか揚げるためのものであり、煮るものだとは誰も思わない。しかし、目の前で完成しつつあるこの料理が、とんでもないポテンシャルを秘めていることだけは、彼女の鋭い嗅覚が確信していた。


「ふふふ、いい匂いでしょ。アヒージョの主役は、エビやキノコみたいな具材もそうだけど、なによりもこの『オイルそのもの』なんだから」


千秋はトングで具材を軽くかき混ぜながら、傍らに置いてあった『マジックソルト』のボトルを手に取った。


「仕上げに、この魔法の粉で味を調えたら……はい、完成! 『エビとキノコのアヒージョ』だよ!」


千秋がパラリとマジックソルトを振りかけると、ハーブと塩の風味がオイルに溶け込み、匂いの暴力性がさらに一段階跳ね上がった。

ジュージューと激しい音を立てたまま、千秋はスキレットを木製の鍋敷きの上へと移動させる。

それでもなお、蓄熱性の高いスキレットの中ではオイルがグツグツと沸き立ち続けていた。


「さあ、ミレーヌさん。冷めないうちにどうぞ。あ、エビはめちゃくちゃ熱いから気をつけてね」

「ご、ゴクリ……」


ミレーヌは太い唾を飲み込むと、千秋から手渡された木製のフォークを握り締めた。

そして、沸き立つオイルの海の中から、真っ赤に染まったエビを一つ突き刺し、フーフーと息を吹きかけてから、豪快に口の中へと放り込んだ。


――プリッ、ジュワァァァァッ!!


「……ッ!!!」


ミレーヌの目が、限界まで見開かれた。

噛み締めた瞬間、エビの身が弾け、閉じ込められていた海鮮の旨味と、表面に絡みついたニンニクオイルが口の中で大爆発を起こしたのだ。

ニンニクのパンチ。鷹の爪のピリッとした辛味。そして、マジックソルトの複雑なハーブの香りが、エビの甘みを究極の次元まで引き上げている。


「な、なんだいこれは……! 美味い、美味すぎるよ! このエビってやつだけでも驚きなのに、この絡みついてる油がとんでもない味を出してるじゃないか!」


ミレーヌは感動のあまり大声を上げ、今度は異世界産のキノコにフォークを突き刺した。

オイルを限界まで吸い込んだキノコを噛むと、今度はエビとは違う、肉厚でコリコリとした食感と共に、旨味の塊と化したオイルのジュースがジュワリと溢れ出す。


「はふっ、ほふっ……んんん〜〜っ!!」


熱さと美味さに身悶えするミレーヌ。

しかし、千秋の真の攻撃はここからだった。


「ミレーヌさん、アヒージョはね、具を食べ終わってからが本番なんだよ」


千秋は、リネットが市場から買ってきていた『異世界の固いパン』を薄くスライスし、焚き火の遠火で軽く炙ったものを差し出した。フランスパン(バゲット)の代用品である。


「このカリカリに焼いたパンを……こうやって、オイルに直接浸して食べるの!」


千秋は手本を示すように、パンの端をスキレットの中のグツグツ煮え滾るオイルにドボンと浸した。パンがニンニクとエビのエキスが染み込んだオイルをグングンと吸い上げ、ほんのりと黄色く染まる。

千秋はそれを口に運び、サクッ、ジュワッという音を立てて噛み締めた。そして、すかさず左手に持っていた缶ビールをグビグビと喉に流し込む。


「ぷはぁぁぁっ! くぅ〜っ、最高! やっぱりアヒージョにはビールだね!」


その神がかった一連の動作を見たミレーヌは、もはや我慢の限界だった。

自らもパンを手に取り、スキレットのオイルの海へとダイブさせる。たっぷりとオイルを吸い込んだパンを口に放り込む。


――カリッ、ジュワァァァァァァッ……!!


「おおおおおぉぉぉぉぉッ!!!」


ミレーヌの口から、もはや雄叫びのような声が漏れた。

固くて味気なかったはずの異世界のパンが、ニンニク、ハーブ、塩、エビの旨味、キノコのエキスをすべて吸収し、史上最強の「旨味の爆弾」へと変貌を遂げていたのだ。

パンを噛むたびに溢れ出すオイルの奔流。それは、決して胃をもたれさせる嫌な油っこさではない。オリーブオイル特有のサラリとした口当たりが、ニンニクの香りと相まって、無限に食欲を刺激してくる。

そして、口の中がニンニクとオイルの味で満たされた瞬間、ミレーヌは右手にある木製ジョッキの「ビール」を煽った。


グビグビグビッ……ぷはぁぁぁっ!!


「こりゃあ……!! 酒が無限に飲める悪魔の料理だね!!」


ミレーヌの顔面が、歓喜と興奮で真っ赤に染め上がった。

濃い味付けのオイルを浸したパンを食べ、それを炭酸と苦味の効いたキンキンに冷えたビールで洗い流す。すると、再び口の中はリセットされ、強烈に次のニンニクオイルを求めてしまうのだ。

パン、ビール、エビ、ビール、キノコ、果実酒、パン……。

もはや止まらない。完全なる永久機関の完成である。


「あはは! でしょ? これさえあれば、一晩中飲めちゃうんだから!」

「恐ろしい女だよあんたは! うちの酒場でこれを出したら、街中の酒が三日で空になっちまうよ! おいチアキ、あんたの持ってるビールとやら、もっと寄越しな!」

「ミレーヌさんの果実酒もおかわり! 今日はとことん飲むよー!」


カチンッ!! と、缶とジョッキが勢いよく打ち鳴らされる。

アルコールが回り、満腹中枢が麻痺し始めた二人の女は、もはや周囲の目など完全に忘却の彼方へと追いやってしまった。

完全に出来上がった千秋とミレーヌ。

焚き火の炎に照らされたタープの下は、男たちを完全に排除した『泥酔女子会』の会場へと変貌を遂げた。


「だいたいさぁ〜、聞いてよチアキ!」


ジョッキを片手に、顔を真っ赤にしたミレーヌが、千秋の肩をバンバンと叩きながらくだを巻き始めた。


「うちの旦那ゴードンがさ〜、ホントに金のことばっかりで、ロマンってもんがないんだよ! せっかくこんな美味い飯と酒があるってのに、すぐ『独占契約だ』とか『金貨百枚だ』とか言って、金勘定ばっかり! 酒場の女将としては、ただ美味いものを客に出して、笑顔が見られればそれでいいってのにさぁ!」

「わかる、わかるよ〜ミレーヌさん!」


千秋もまた、缶ビールを片手に顔を赤くし、ミレーヌに激しく同意して首を縦に振った。


「男って、なんであんなに数字とか結果にこだわるんだろうね!? うちの上司(部長)なんてさぁ、週末の金曜日の夕方になってから、『あ、千秋くん、このエクセルのデータ、月曜の朝イチまでにまとめといて』とか言ってくんの! マジだるいよね〜! こっちはキャンプの準備で頭いっぱいなのにさぁ!」

「えくせる? なんだいそりゃあ、新しい魔物の名前かい? そんな奴は、私がこの大ジョッキで頭カチ割ってやるよ!」

「あははは! ミレーヌさん最高! ホント、仕事とかマジだるいよね〜! こうやって自然の中で、美味しいもの食べて飲んでる時が一番幸せだわ〜!」

「違いないね! さあチアキ、飲もう! あのクソ旦那と、あんたのクソ上司のツラを忘れるために!」


カンパーイ!! と、再び高らかに打ち鳴らされる酒器。

異世界の酒場の豪快な女将と、現代日本のしがない事務職OL。

住む世界も、年齢も、立場も全く違う二人の女性が、ニンニクオイルとアルコールの力によって、完全に意気投合してしまったのだ。

彼女たちの口から飛び出すのは、日頃のストレスや不満、そしてどうでもいい愚痴のオンパレード。そこにはファンタジーの欠片も、大魔女としての威厳も存在しない。ただの、金曜日の夜の居酒屋で見かける生々しい光景が展開されていた。


* * *

一方、そんな狂乱の女子会が繰り広げられているタープの端っこ。

そこには、完全に蚊帳の外に置かれた、哀れな男陣営の姿があった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


槍使いのジンツ、顔面凶器の重戦士バルガス、理屈っぽいエルフの学者ロイド、そして、金貨百枚の契約を断られて絶望の淵から這い上がってきた商人ゴードン。

四人の男たちは、焚き火の明かりがギリギリ届かない薄暗い端っこの切り株に身を寄せ合い、体育座りのような姿勢で小さくなっていた。


彼らの視線の先には、豪快に笑い合い、酒を飲み交わしている千秋とミレーヌの姿がある。

そして、その二人の傍ら、木製の鍋敷きの上には……具材エビとキノコを全て食べ尽くされ、黄金色の『オイルだけ』が残ったスキレットが放置されていた。


「おい……ジンツ」


バルガスが、喉を鳴らしながら小声で囁いた。


「あの『あひーじょ』とやら……具はもうなくなっちまったが、あの油……まだ食えるんじゃないか?」

「だ、旦那もそう思うか? 俺も、あの暴力的なニンニクの匂いを嗅がされて、もう胃袋が限界を超えてるんだ。チアキたちが食ってたみたいに、パンをあの中に突っ込めば……」

「しかし、我々が不用意に近づけば、あの狂暴化した女たちに何をされるかわからんぞ……。今の私の妻は、完全に魔獣『バーサーカー』の状態だ。あのジョッキで頭をカチ割られるのは御免だ……」


ゴードンが震える声で忠告する。

確かに、今の千秋とミレーヌの周囲には、近づくことすら躊躇われるほどの「男お断り」の強烈なオーラ(結界)が張られていた。


「だが、しかし……! このままあの奇跡の香辛料が溶け込んだ油を、ただ冷え固まるまで放置するなど、学者として、いや生命体として許されることではない!」


ついに、徹夜明けでテンションのおかしいロイドが立ち上がった。

彼はリネットが持ってきた固いパンの残りを四つにちぎり、無言で男たちに配った。


「いいか、我々は『隠密行動』をとる。女たちが互いに背中を叩き合い、大声で笑っている瞬間を狙い……静かに、かつ迅速にパンを油に浸して撤退するのだ!」

「ロイドの旦那、アンタ、学者なのにたまにはいいこと言うじゃねえか……!」


男たちの間に、奇妙な連帯感が生まれた。

英雄も、学者も、大商人も関係ない。ただ「残ったニンニクオイルをパンにつけて食いたい」という、極めて低い次元の目的のために結託したのだ。


「よし……チアキが大口を開けて笑ったぞ! 今だ!」


ジンツを先頭に、巨漢のバルガス、ひょろ長いロイド、恰幅の良いゴードンが、まるで抜き足差し足忍び足をする忍者のように、タープの端からスキレットへとジリジリと忍び寄る。

千秋とミレーヌは「ホント男ってさぁ〜!」と愚痴り合っており、背後に忍び寄る男たちの存在に全く気づいていない。


男たちはスキレットを取り囲むと、一斉に手にしたパンを、残ったオリーブオイルの中へとドボンと浸した。

パンが黄金色のオイルを吸い込み、ほんのりと温かさを取り戻す。

そして、誰にも見つからないよう、抜き足差し足で再び暗がりへと撤退する。


「よし……成功だ。食うぞ」


暗がりの中、男たちは息を潜め、オイルまみれのパンを口へと運んだ。


――ジュワァァァァッ。


「……ッ!!!」


四人の男たちの瞳孔が、一斉に極限まで開いた。

具材の旨味がすべて溶け出した、アヒージョのオイル。それは、単なる残りカスなどではない。むしろ、これこそがアヒージョの「本体」であり、究極の完成形であった。

ニンニク、ハーブ、エビ、キノコ。すべての要素がパンを通じて口の中で大爆発を起こす。


「う……ううう……!!」

「うおおぉぉ……!!」


男たちは、声を出すことも許されない状況下で、あまりの美味さに声なき歓喜の叫びを上げていた。

バルガスは再び涙を流し、ジンツは地団駄を踏み、ロイドは震える手でパンを見つめ、ゴードンは「これが金貨百枚の価値……!」と噛み締めている。

明るいタープの下で豪快に酒を飲む女たちと、暗がりで残ったオイルをパンで拭って泣きながら食べている男たち。

異世界の森の夜は、なんともシュールで、哀愁漂う、しかし最高に美味しい光景と共に更けていくのだった。


「あははは! もう、最高! ミレーヌさん、来週も一緒に飲もうね!」

「ああ、約束だ! 次はうちの酒場の秘蔵のワインを持ってきてやるからな!」


千秋とミレーヌの、泥酔アヒージョ女子会。

それは、千秋のキャンプ地に新たな「週末の恒例行事」が誕生した瞬間でもあった。

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