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週末限定、異世界ソロキャンプ! ~残業疲れのOLが現代のキャンプギアとスーパーの食材でまったり飯テロ極めます~  作者: RIU


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第17話:食の都の商人と、その豪快な妻

異世界ファルマ大陸の辺境にある交易都市、オース。

近隣の農村から運び込まれる新鮮な野菜や、腕利きの狩人たちが森で仕留めた魔獣の肉、そして他国から行商人が持ち込む珍しい品々が集まるこの街は、周辺地域における「食と流通の都」として栄えていた。

そんなオースの街の中心部、冒険者や商人たちで毎夜ごった返す大衆酒場『豊穣の角亭』にて。

恰幅の良い恰好をした中年の男が、カウンターの隅で分厚い帳簿とにらめっこをしながら、ブツブツと何事かを呟いていた。


「……間違いない。ここ数週間、ギルドの連中の動きが明らかにおかしい」


男の名はゴードン。この『豊穣の角亭』の実質的なオーナーであり、香辛料や珍しい食材の取引で財を成した、オースの街でも一、二を争う有力な商人である。

彼は羽ペンを置き、額に滲んだ脂汗を絹のハンカチで拭った。


「あなた、また難しい顔をして。帳簿の数字でも合わなかったのかい?」


カウンターの奥から、豪快な笑い声と共に大ジョッキを両手に抱えた女性が現れた。

ゴードンの妻であり、この酒場を取り仕切る名物女将のミレーヌである。彼女は年齢を感じさせない艶やかな肌と、酒場の荒くれ者たちを一喝で黙らせるほどの度胸と美貌を兼ね備えた、姉御肌の女性だった。


「いや、数字は合っている。合っているんだが……ミレーヌ、最近酒場の常連たちの間で交わされている『噂』を知っているか?」

「噂? ああ、魔の森の奥に住み着いたっていう『魔女』の話かい? なんでも、魔法の粉を使って信じられないくらい美味い飯を作るとかいう……」

「それだ!」


ゴードンはバンッとカウンターを叩き、身を乗り出した。


「最初はただのホラ話だと思っていた。だが、槍使いのジンツや、あの顔面凶器の重戦士バルガスまでが、『街の酒場の飯などもう食えん』『あの白い宝石(白米)と神のベーコンを食わねば生きていけない』などと喚いているのだぞ!」

「あはは! あの大食漢のバルガスがねぇ。うちの自慢のオーク肉の塩茹でを残すようになったのは、そういうわけだったのかい」

「笑い事ではない! さらにだ、治安維持部隊のリネット小隊長までもが、非番の日になると市場で一番質の良い野菜や肉を買い占め、森へ向かっているという情報もある!」


ゴードンは商人の目をギラリと光らせた。

異世界において「美味しい食事」というのは、極めて価値の高いエンターテインメントであり、ステータスである。

特に、味の決め手となる「香辛料スパイス」は、南方の熱帯地域から命がけで運ばれてくるため、同じ重さの黄金と等しい価値で取引されることもあるのだ。

もし、その森の魔女とやらが、未知の香辛料や革新的な調理法を持っているとしたら。


「ミレーヌ。これは、莫大な商機ビジネスチャンスだ。もし私がその『魔法の粉』の独占販売権を得ることができれば……いや、魔女の料理の秘密を買い取ることができれば、オースの街はおろか、王都の貴族たちをも我が顧客にすることができる!」

「商魂たくましいねぇ。でも、相手は魔法使いなんでしょ? そんな簡単に秘密を売ってくれるのかね」

「商人には商人の戦い方がある。相手が何を望んでいるかを見極め、金貨の山で心を揺さぶるのだ。……私は行くぞ、今週末、その魔の森とやらへな!」


鼻息荒く宣言するゴードンを見て、ミレーヌは呆れたように肩をすくめた。

しかし、彼女の瞳の奥にも、好奇心の火が灯っていた。


「……まあ、酒場の女将としても、常連の胃袋を奪った女狐がどんな料理を作っているのか、ちょっと見てみたい気もするね。よし、私もついて行ってあげるよ。どうせ魔女に会うなら、手土産にうちの樽酒でも持っていこうじゃないか」


こうして、金と野望に燃える恰幅の良い商人と、美味い飯と酒に興味津々の豪快な女将の夫婦は、週末の魔の森へと足を踏み入れることとなったのである。


* * *

「はぁ、はぁ……。ジ、ジンツの奴め、こんな森の奥深くまで毎週通っているというのか……」


週末の昼下がり。

高級な絹の服を汗で泥だらけにしながら、ゴードンは荒い息を吐いて森の中を進んでいた。

隣を歩く妻のミレーヌは、背中に小さな酒樽を背負っているにもかかわらず、平涼しい顔をしている。元々冒険者上がりである彼女にとって、この程度の森歩きは散歩のようなものだった。


「ほら、あなた。しっかりしなよ。あっちの方だけ、なんだか不自然に魔獣の気配がない場所がある。たぶんあそこだね」


ミレーヌの指差す方角へ進むと、鬱蒼とした木々の隙間から、ぽっかりと開けた円形の空間が現れた。

千秋ちあきの持つアンティークランタンが作り出す、強力な認識阻害と魔物除けの結界である。

ゴードンとミレーヌは「純粋な商談」と「料理への好奇心」という、魔女に対する害意のない目的で訪れていたため、結界は彼らをあっさりと内側へと招き入れた。


そして、茂みを掻き分けて広場に出た夫婦は、目の前に広がる『信じられない光景』に揃って絶句することになる。


「な、なんだ、ここは……!?」


ゴードンの商人としての鑑定眼が、一瞬にしてショートした。

まず目に飛び込んできたのは、見たこともない滑らかな素材ポリエステルで作られた巨大な六角形の屋根タープと、三角錐の不思議な建造物ワンポールテント。布の表面は露を完璧に弾き、風に揺れてもピシッと張られたままだ。

そして、その屋根の下では、オースの街で名を馳せる実力者たちが、信じられない姿で「労働」に勤しんでいたのである。


「どりゃあああっ!!」


顔面凶器の重戦士バルガスが、自慢の戦斧ではなく、柄の短い手斧を使って、恐ろしいスピードと精密さで薪を均等に割っている。


「師匠! 本日の食器も、私の水魔法で塵一つ残さず洗浄いたしました!」


魔法学院の制服を着た少女サリサが、空中に水の球を浮かべ、見たこともない金属のシェラカップをピカピカに磨き上げている。


「チアキ、今日は朝市で極上のオーク肉と、新鮮な葉野菜を手に入れてきたぞ。これを、またあの『あひーじょ』とやらにしてはくれないか?」


誇り高き騎士であるリネットが、あろうことか可愛らしいエプロンを身につけ、嬉しそうに食材の入ったカゴを差し出している。


「……驚くべき保冷力だ。この箱の壁面には、絶対零度の氷魔法が永遠に持続するよう術式が刻まれているに違いない……!」


そして極めつけは、森の奥でめったに姿を見せない高貴なエルフの学者ロイドが、地面に這いつくばって四角いクーラーボックスに頬を擦り付け、ブツブツと狂ったように手帳に何かを書き込んでいる。


英雄、騎士、エルフの学者。

彼らがこぞって、一人の黒髪の女の周囲で、まるで働き蜂のように甲斐甲斐しく世話を焼いているのだ。

その中心にいるのは、動きやすいマウンテンパーカーを着て、折りたたみ式のローチェアにのんびりと腰掛けている女――千秋だった。


(あ、あの女が……魔女!!)


ゴードンはゴクリと唾を飲み込んだ。

魔力など一切感じない、ただの小娘のように見える。だが、これだけの手練れを完全に心酔させ、手足のように使役している事実が、彼女の底知れぬ恐ろしさを物語っていた。


さらに、ゴードンの目は千秋の周囲にある「道具キャンプギア」の異常性に気がついた。

彼女が座っている椅子、食材を置いているアルミロールテーブル。それらの骨組みに使われているのは、驚くほど細く、それでいて堅牢な銀色の金属である。


(な、なんだあの金属は……! あれほど細い骨組みで人間の体重を支えるなど、鋼鉄では不可能。まさか、超希少金属の『ミスリル』を無造作に日用品に加工しているというのか!? あの机一つで、小さな城が建つぞ……!!)


ゴードンの脳内で、カチャカチャと弾盤が弾かれ、天文学的な金額が弾き出されていく。

アルミ合金をミスリルと勘違いし、ポリエステルを幻獣の皮膜だと誤認した商人は、ガクガクと膝を震わせながらも、持ち前の商魂を燃え上がらせた。


(相手は、国家予算規模の財宝を日用品として扱う超大物……! だが、ここで引いては商人の名折れ! なんとしても、あの料理の秘密を手に入れてみせる!)


ゴードンは妻のミレーヌと顔を見合わせると、意を決して茂みから広場へと進み出た。


「お、お初にお目にかかる、魔女殿……!」


突然の訪問者の声に、キャンプサイトの時間がピタリと止まった。

バルガスが手斧を下ろし、リネットが警戒の目を向ける。

千秋は、ちょうどお昼ご飯の準備にとりかかろうとしていたところで、右手に「生の鶏肉(チキンステーキ用)」を、左手に「市販のスパイスボトルのようなもの」を持ったまま、きょとんとして振り返った。


「えっと……またお客さん?」


千秋の気の抜けた声に、ゴードンはビクッと肩を揺らしながらも、商人としての最上級の礼をとって深々と頭を下げた。


「突然の訪問、平にご容赦いただきたい! 私はオースの街で商人をしております、ゴードンと申します! こちらは妻のミレーヌ。本日は、ギルドで噂に名高い魔女殿の『料理』について、ぜひとも商談をさせていただきたく推参いたしました!」


立派な身なりの恰幅の良いおじさんが、森のど真ん中で深々と頭を下げている。

千秋は左手に持っていたボトルと、ゴードンを交互に見比べた。

魔法使い、槍使い、重戦士、エルフ、女騎士。今までいろんな異世界人が釣られてやってきたが、ついに「商人」までやってくるとは。千秋のソロキャンプは、もはや異世界との文化交流センターと化しつつあった。


「あー……商談って言われても。私、ただの趣味でキャンプしてるだけの事務職OLなんで、レシピとか売るつもりないですよ? 面倒くさいし」

「め、面倒くさい……だと!?」


千秋のあまりにも淡白な返答に、ゴードンは目を丸くした。

莫大な富を生み出す可能性のある秘密を、面倒くさいの一言で片付けただと?


「魔女殿! あなたはご自身の価値を理解しておられない! あなたの料理には、常識を覆すほどの『魔法の粉』が使われていると聞いております! それを私に預けていただければ、たちまち王都の貴族たちを虜にし、あなたに金貨の雨を降らせることをお約束しますぞ!」


ゴードンは鼻息荒く、千秋に一歩歩み寄った。

彼の視線は、千秋が左手に持っている「小さなプラスチックのボトル」に完全にロックオンされていた。


それは、千秋が今日のチキンステーキの味付けに使おうとしていた、スーパーの調味料コーナーで三百円ほどで買える市販の『マジックソルト(ハーブ&ガーリック塩)』である。

岩塩をベースに、数種類のハーブとガーリック、フライドオニオンなどが絶妙なバランスでブレンドされた、キャンパー御用達の万能調味料。


「魔法の粉って……これのこと?」


千秋は、パッケージに緑色の文字で『マジックソルト』と書かれたボトルを軽く振ってみせた。

シャカシャカ、と心地よい音が鳴る。


「おお……!! それですな!? その透明な硝子の小瓶に詰められた、色とりどりの粒が混ざり合う奇跡の粉……! 見たこともない複雑な色合いだ。一体、どれほどの希少な霊草と魔獣の骨粉が調合されているのか……!」

「いや、ただのハーブとガーリック風味の塩だけど」

「塩!? これが塩だと言うのですか!? 馬鹿な、精製された塩は純白であるはず!」


ゴードンは信じられないといった様子で首を横に振った。

無理もない。この世界において、塩といえば海水から煮詰めた粗塩か、不純物だらけの岩塩しかない。こんなにもサラサラとしていて、しかも複数の香辛料が最初から完璧な比率で混ざり合っている調味料など、錬金術の極致と言っても過言ではなかった。


「……ふふっ。旦那がこんなに熱くなってるの、久しぶりに見たよ」


ゴードンの背後で、背負っていた酒樽を地面に下ろしながら、妻のミレーヌが楽しそうに笑った。

彼女の視線は、商売道具としての価値を測る夫とは違い、千秋という一人の「料理人」への純粋な興味に向けられていた。


「ねえ、魔女さん。うちの旦那は金のことになるとうるさいけど、悪気はないんだ。……もしよかったら、その『魔法の塩』とやら、一口だけ味見させてもらえないかい? 酒場の女将として、どれほどのものか確かめてみたくてね」


ミレーヌが、豪快にウインクをして見せる。

千秋はその気さくな態度に、ふっと肩の力を抜いた。


「魔女じゃないってば。千秋って呼んでよ。……味見くらいなら、別にいいけど」


千秋はアルミテーブルの上に小皿を置き、マジックソルトのボトルの蓋を開けた。

パカッ。


その瞬間。

ボトルの中に封じ込められていた、ガーリックの食欲をそそる香ばしさと、数種類のハーブが織りなす爽やかで複雑な香りが、フワリと周囲の空気に解き放たれた。


「……ッ!!」


匂いを嗅いだ瞬間、ゴードンの顔色が一変した。

ミレーヌもまた、驚きに目を大きく見開いている。

商人として数多の香辛料を扱ってきたゴードンの鼻が、この粉が放つ「圧倒的な価値」を瞬時に弾き出したのだ。


「な、なんだこの香りは……! 一つの粉から、これほどまでに立体的で複雑な香りがするだと……!?」


千秋は小皿にパラパラとマジックソルトを振り出し、「はい、どうぞ。少しだけ指につけて舐めてみて」と勧めた。

ゴードンは震える太い指を小皿に伸ばし、ほんの数粒の粉を指先につけ、恐る恐る舌に乗せた。


――ピリッ、ジュワァァァ。


舌の上の水分で塩が溶けた瞬間。

ゴードンの脳天を、雷に打たれたような衝撃が貫いた。


「おおおおおぉぉぉぉぉッ!?」


叫び声を上げ、ゴードンはその場に両膝をついて崩れ落ちた。

ただの塩気ではない。ガーリックのパンチの効いた旨味。オニオンの甘味。そして、それらをまとめ上げるハーブの清涼感。

これら全てが、口の中でオーケストラのように完璧な調和を保ちながら、味覚の限界を打ち破っていく。

肉に振りかけるまでもない。この粉そのものが、すでに完成された一つの「極上の料理」として成立しているのだ。


「す、素晴らしい……! 奇跡だ! これは奇跡の粉だ!! これを肉に振りかけて焼けば、腐りかけた干し肉すらも王の晩餐に変わるぞ!!」


ゴードンは涙を流しながら、這いずるようにして千秋の足元にすがりついた。


「チ、チアキ殿!! お願いします! この『魔法の粉』を、金貨一百枚……いや、二百枚で独占契約させてくだされ!! 私と共に、食の世界を支配しましょうぞ!!」

「ええ〜……嫌だよ。これスーパーで三百円だし、そんな大事になっても困るから」


鼻息荒く迫る有力商人の懇願を、「三百円だから」という全く意味の通じない理由と、圧倒的な面倒くさがり精神で、千秋は一秒で拒絶した。


「そ、そんな殺生な! 金貨三百枚出します!! お願いしますぞぉぉぉ!」

「無理無理。はい、商談終わり! ジンツさん、お肉焼くから火の加減よろしく!」


金貨の山を積まれても動じない千秋の図太さに、ゴードンは完全に打ちのめされ、地面に突っ伏してむせび泣き始めた。


その様子を傍から見ていた妻のミレーヌは、呆れたようにため息をついた後、千秋が持っていた「もう一つのアイテム」――クーラーボックスから取り出された、銀色の缶に目を輝かせた。


「あはは、うちの旦那をここまでコケにするとは、チアキ、あんた大したタマだね! ……ところで、あんたが持ってるその冷たい鉄の筒……もしかして、『酒』かい?」


ミレーヌの言葉に、千秋は手にしていた350ミリリットルの缶ビール(キンキンに冷えている)を軽く掲げた。


「そうだよ。キャンプの昼下がりは、キンキンに冷えたビールから始めるのが私のジャスティスだから」

「びーる? へえ、聞いたことのない酒だね」


ミレーヌは口元を舐めずり、好戦的な笑みを浮かべた。


「あんた、いい飲みっぷりをしてそうだ。どうだい、酒のツマミなら……何か面白いもん、作れないかい?」


それは、食の都の酒場を仕切る女将からの、料理人としての挑戦状だった。

しかし、千秋は怯むどころか、キャンパーとしての、そして「酒飲み」としての熱い血を騒がせた。


「面白いもん、ね。……いいよ。ちょうど、ビールに最高に合うヤツを作ろうと思ってたところだから」


千秋はニヤリと笑い、愛用のスキレットと、オリーブオイルのボトルを取り出した。

金で買えない価値を証明する、最強の酒のツマミ。

オリーブオイルとニンニクの暴力的な香りが森を支配する『アヒージョ女子会』の幕開けが、すぐそこまで迫っていた。

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