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週末限定、異世界ソロキャンプ! ~残業疲れのOLが現代のキャンプギアとスーパーの食材でまったり飯テロ極めます~  作者: RIU


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第11話:森に現れた傷だらけの重戦士

「はあ……終わった。今週も無事に生き抜いたぞ、私……」


金曜日の夜。千秋ちあきは、背負っていた通勤用のリュックを自室の床にドサリと放り投げ、そのままベッドにダイブした。

月末の金曜日というのは、事務職にとって一種の戦場である。終わりの見えない請求書の処理、各部署からの理不尽な問い合わせ、そして定時直前に限って舞い込むトラブル対応。精神のすり減る五日間を耐え抜き、ようやく千秋は自由の身となったのだ。

ベッドのシーツに顔を埋めたまま、数分間ピクリとも動かなかった千秋だが、やがて「むくり」とゾンビのように起き上がった。


「疲れた……。でも、だからこそ、今の私には『癒やし』が必要不可欠なのだ」


千秋の瞳に、キャンパー特有のギラギラとした欲望の光が灯る。

部屋の隅に置かれた大型のクーラーボックスには、帰りがけにスーパーで買い込んできた食材がぎっしりと詰まっている。今週は特に疲労が溜まっていたため、少し奮発して甘いものや、ちょっと珍しいお菓子も買い込んできた。

千秋は着慣れたマウンテンパーカーを羽織り、祖父の遺品であるアンティークのオイルランタンを手に取った。

シュボッ、とマッチで火を灯す。オレンジ色の温かい炎が、ガラスのホヤの中でチロチロと揺れ始めた。

そのランタンを片手に、アパートの勝手口のドアノブを回し、重い鉄扉を外へと押し開ける。


――ヒュオォォォ……。


瞬間、生ぬるい都会の空気は消え去り、肌を刺すようなひんやりとした風が千秋の頬を撫でた。

むせ返るような緑の匂い。どこまでも高くそびえる広葉樹の群れ。そして、見上げれば東京では絶対に拝むことのできない満天の星空。

異世界ファルマ大陸の魔境、その奥深く。

ランタンの光が届く半径約二十メートルだけが、凶悪な魔物も入ってこられない絶対的な安全地帯(結界)となる、千秋専用の無料キャンプ場である。


「ふぅ……。やっぱり、この空気だよね」


千秋は深く深呼吸をすると、慣れた手つきでワンポールテントを設営し始めた。

異世界での週末ソロキャンプも、これで四週目。最初は未知の環境に少し戸惑いもあったが、生粋のキャンパーである彼女の図太さは、すでにこの非日常を「日常の延長」として完全に受け入れていた。

荷物を運び込み、テントの中に寝袋を広げ、ローチェアとアルミテーブルをセッティングする。

設営を終えた千秋は、疲労の限界を迎えていたこともあり、その日は夕食もとらずに冬用のマミー型シュラフに潜り込み、泥のように眠りについた。


* * *

翌朝。土曜日の昼下がり。

小鳥のさえずりで目覚め、遅めの朝食兼昼食として「ホットサンドメーカーで焼いたランチパック」という手抜き極まりないキャンプ飯を堪能した千秋は、コーヒーを飲みながらのんびりと文庫本を読んでいた。


「そろそろ、来る頃かな」


腕時計に目をやりながら、千秋はポツリと呟いた。

この三週間の間に、千秋の「ソロ」キャンプは、すっかり賑やかなものへと変貌を遂げていた。

薪割りを担当してくれる、お調子者の槍使いジンツ。

水魔法で洗い物を一手に引き受けてくれる、落ちこぼれ魔法使いのサリサ。

そして、地元の新鮮な食材(異世界の謎の野菜や肉)を調達してきてくれる、生真面目な女騎士リネット。

彼らは週末になると、まるで吸い寄せられるように千秋のキャンプ地へとやってくる。すっかり常連客と化した彼らのおかげで、千秋は面倒な作業から解放され、ただ料理を作って焚き火を眺めるだけという、夢のような「完全オートメーショングランピング」を満喫していたのだ。


――ガサガサガサッ。


森の奥の茂みが、大きく揺れる音がした。


「あ、来た来た」


千秋が本から顔を上げ、ローチェアから立ち上がったその時。

茂みを掻き分けて現れた姿を見て、千秋の全身の血の気がサッと引いた。


「ち、チアキ! 今週もやってきたぜ! 約束通り、薪拾いは俺に任せてくれ!」

「師匠! 洗い物ならいつでもお申し付けください!」

「チアキ、オースの街の市場で、採れたての『ホーンラビットの肉』を手に入れてきたぞ。これでまた、貴様の不思議な料理を作ってくれないか」


ジンツ、サリサ、リネットのいつもの三人組が、笑顔で結界の内側へと入ってくる。

だが、千秋の視線は彼らには向いていなかった。

千秋の瞳は、彼らの背後からゆっくりと、ズシン、ズシンと地響きを立てながら歩いてくる「巨大な影」に完全に釘付けになっていたのだ。


「え……っ」


その人物は、常軌を逸するほどの巨漢だった。

身長は優に二メートルを超え、横幅はまるで丸太を何本も束ねたような分厚さがある。身に纏っているのは、幾多の戦闘をくぐり抜けてきたことを証明するような、傷だらけで重厚な漆黒の鋼のプレートアーマー

背中には、千秋の身長ほどもある巨大な両刃の戦斧バトルアックスが背負われている。

だが、何よりも千秋を恐怖させたのは、その「顔」だった。

角刈りにされた短い髪の下、岩のように厳つい顔面には、額から顎にかけて、斜めに走る太く痛々しい「巨大な刀傷」が刻まれていた。

その傷のせいで、彼の右目は常に鋭く細められ、まるで獲物を睨みつける肉食獣のような、強烈な殺気と威圧感を放っている。


「…………」


巨漢の戦士は無言のまま、千秋のテントを一瞥し、そして千秋を見下ろした。

その瞳が千秋を捉えた瞬間、千秋の背筋にゾクリと氷を当てられたような悪寒が走った。


(ヤ、ヤバい……!! ついに出た、ガチの山賊だ!! いや、山賊の親玉、あるいは魔王軍の幹部!?)


千秋の脳内で、危険を知らせるアラートがけたたましく鳴り響いた。

ランタンの結界は「敵意や殺意を持った魔物」の認識を阻害するが、人間の悪意を完全に防げるわけではない(ジンツたちの時は腹ペコだったり、正義感からだったためすり抜けてきた)。

この、顔面に特大の傷を持つ恐ろしい巨漢が、万が一「この謎のテントの女から金品を奪ってやろう」と考えてこの場に現れたのだとしたら。

こんな細腕の事務職OLなど、彼が指でデコピンをしただけで首が飛んでしまうだろう。


「ひっ……!」


千秋は咄嗟にローチェアの後ろに隠れると、近くにあったアルミ製の『トング』を両手で構え、震える声で叫んだ。


「く、来るな! 私、お金なんて持ってないからね! あ、あるのはスーパーで買った特売のベーコンと、カップ麺だけだから! 命だけは助けてぇぇぇっ!!」


必死の形相でトングを突き出し、完全なる敗北宣言と命乞いをする千秋。

その様子を見たジンツが、ポカンとした顔をした後、腹を抱えて大爆笑し始めた。


「ギャハハハハハ!! おいチアキ、なんだよそのトングの構え! 串焼きでもひっくり返すつもりかよ!」

「笑い事じゃないでしょ! 後ろ! 後ろに絶対ヤバい人がいる!! ジンツさん、早く槍でやっつけてよ!」


千秋が涙目で訴えるが、ジンツは笑い転げて槍を構える気配すらない。

見かねた女騎士のリネットが、深々とため息をついて千秋の前に進み出た。


「落ち着け、チアキ。貴様が勘違いするのも無理はないが……この者は山賊などではない。オースの街の冒険者ギルドで、ジンツの先輩にあたる『重戦士バルガス』殿だ」

「えっ……ぼうけん、しゃ……?」


千秋がトングを構えたまま瞬きをすると、巨漢の戦士――バルガスが、ドスの効いた、地を這うような低い声で口を開いた。


「……おい、騎士。なんだその『勘違いするのも無理はない』という言い草は。俺の顔が山賊だと言いたいのか」

「ひっ!!」

「事実だろう。街の子供たちは、貴様の顔を見ただけで泣き出すではないか。少しは自分の容姿の凶悪さを自覚しろ」


リネットの容赦ないツッコミに、バルガスは「チッ」と舌打ちをして腕を組んだ。

その仕草だけで、周囲の空気がビリビリと震えるような威圧感がある。

サリサが千秋のそばに駆け寄り、小声で補足説明をしてくれた。


「師匠、ご安心ください。バルガス様は見た目こそ恐ろしいですが、ギルドでも最高ランクに近い実力者で、街を魔獣の群れから何度も救った英雄のお一人なんですよ。あの顔の傷も、私たちを守るために強大な魔竜と戦った時に負った名誉の負傷なんです」

「えっ……英雄? 魔竜と戦った?」


千秋は徐々にトングを下ろし、恐る恐るバルガスを見上げた。

確かに、よく見れば彼の鎧の傷は、背中から逃げた時についたものではなく、正面から敵の攻撃を受け止めた名残のように見えなくもない。

しかし、それにしても顔が怖すぎる。もし夜道でこんな大男とすれ違ったら、千秋なら一目散に交番に駆け込む自信があった。


「でも、どうしてそんなすごい冒険者の人が、私のキャンプ地に? ジンツさんたちの付き添い?」


千秋が疑問を口にすると、ジンツが悪戯っぽい笑みを浮かべて、バルガスの分厚い背中をバンバンと叩いた。


「いやぁ、それがさ。最近、俺とリネット隊長が、ギルドや酒場でチアキの飯の話ばかりしてたんだよ。『神のベーコン』だの、『白い宝石(白米)』だの、『魔法の甘辛ダレ(焼き鳥缶)』だのってな」

「うん……それで?」

「そしたら、それを横で聞いてたバルガスの旦那が、急に不機嫌になっちまってよ。『お前らだけ、そんな美味いものを食って狡い! 俺も連れて行け!』って、拗ねてついてきちゃったんだよ」


ジンツの言葉に、千秋は自分の耳を疑った。


「す、拗ねて……?」


改めてバルガスを見る。

身長二メートル超え、顔面凶器の重戦士が、「自分だけ美味しいものを食べさせてもらえなくて拗ねた」というのだ。

あまりのギャップに千秋が呆気に取られていると、バルガスは顔を真っ赤にして(傷のせいで恐ろしい形相のまま)怒鳴り声を上げた。


「ば、馬鹿野郎ジンツ!! 誰が拗ねただと!? 俺はただ、騎士団の小隊長やギルドの有望な若手が、得体の知れない森の魔女にたぶらかされているのではないかと、先輩として視察に来てやっただけだ!」

「いやいや、酒場で『俺も白い宝石食いてぇ……』ってボソッと呟いてたの、俺は聞き逃さなかったぜ?」

「うるさい! ぶっ飛ばすぞ小僧!」


慌てて否定するバルガスの姿は、威圧感こそあるものの、どこか必死で滑稽だった。

千秋の持ち前の「図太さ」が、ここで完全に息を吹き返した。


(なんだ、ただのご飯目当ての食いしん坊か。見た目はラスボス級だけど、中身はジンツさんと大して変わらないじゃない)


キャンパーとしての余裕を取り戻した千秋は、トングをテーブルの上に置き、パンパンと手を叩いた。


「はいはい、喧嘩しないの。バルガスさんも、初めまして。しがないキャンパーの千秋です。私のキャンプ飯が目当てなら、大歓迎だよ」


千秋がニッコリと微笑むと、バルガスは気まずそうに視線を逸らし、大きな手で自分の後頭部をボリボリと掻いた。


「ふん……。俺の舌は肥えているぞ。街の高級亭の飯だって何度も食っている。お前たちのような若造が騒ぐほどの代物でなければ、容赦なくテントごと叩き斬ってやるからな」


凄みを聞かせて脅し文句を吐くバルガス。

だが、千秋は全く動じなかった。むしろ、腕まくりをしてやる気に満ち溢れた表情を浮かべていた。


「いいよ、その挑戦受けて立つ。……あ、でもその前に、一つ聞いておきたいんだけど」


千秋はジンツの方を向き、小声で尋ねた。


「あのバルガスさんって、お酒飲む人? もし酒飲みなら、お酒に合うおつまみ系の料理にしようかと思うんだけど」


すると、ジンツは千秋の耳元に口を寄せ、顔の傷を持つ歴戦の猛者の「最大の秘密」を、面白おかしく暴露した。


「チアキ、実はよ……バルガスの旦那は、あんなナリして、酒は一滴も飲めねえんだ。エール(麦酒)の匂いを嗅いだだけで顔が真っ赤になっちまう、超がつくほどの下戸げこでよ」

「えっ、あんなに屈強なのに?」

「ああ。その代わり……」


ジンツは声を潜め、決定的な一言を放った。


「旦那は、筋金入りの『甘党』なんだ。休みの日は、街の市場で蜂蜜を壺ごと買ってきて舐めてるくらい甘いものが好きらしいぜ」

「おいジンツ! 貴様、いま何をヒソヒソと話している!?」


自分に関する秘密を暴露されていると察知したバルガスが、大声で威嚇してくる。

しかし、千秋の視線はすでに、彼に対する恐怖心など微塵も含まれていなかった。

代わりに千秋の瞳に浮かんでいたのは、近所の世話焼きなおばちゃんが、「あら、坊ちゃん、甘いものがお好きなのね」と微笑むような、圧倒的なまでの包容力と悪戯心だった。


「ふふふ……なるほどね。筋金入りの甘党、ね」


千秋は自分のクーラーボックスに目を向けた。

今週は仕事で疲れていたため、千秋自身が「猛烈に甘いもの」を欲しており、キャンプにおける究極の甘味――ある意味で悪魔的なカロリーの化け物を買い込んでいたのだ。


「バルガスさん。ご飯の前に、まずはちょっとした『おやつタイム』にしようか」

「お、おやつ、だと……? 俺を子ども扱いする気か、魔女め!」

「いいからいいから。ジンツさん、悪いけど早速焚き火の準備をお願い! それも、炎が落ち着いた『熾火おきび』の状態でね!」

「おう! 任せとけ!」


千秋の号令とともに、キャンプ地が一気に活気づく。

バルガスは「ふん、魔女の姑息な手段に乗ってやる義理はないが……」と文句を言いながらも、その大きな体を折りたたむようにして、大人しく切り株の椅子に腰を下ろした。


(あんな顔面凶器の重戦士が、甘党ねぇ……。よし、異世界には存在しない、とびっきりの甘さで脳髄を溶かしてあげる!)


千秋はクーラーボックスの中から、今日の主役となる「謎の白い塊」と「茶色い板」を取り出した。

現代キャンプにおける至高の焚き火スイーツ、『スモア』を作るために。

歴戦の猛者バルガスが、未知の甘味の暴力の前に涙を流すまで、あと数分のカウントダウンが始まっていた。

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