09 あの翔きを、もう一度
私の名前はユズキ。高校2年生、バレーボール部員だ。
スパイクを打つ時に、全てが嚙み合った時だけに感じる、空を飛んでいるような感覚。そしてそんな時は、相手の全ての動きやコートの状況を把握して、空いているところが光って見える。あとはそこへボールを打ち込めばいい。
その一瞬を求めて、私は毎日バレーボールの練習に打ち込んできた。
だけど2か月前の練習試合で、スパイクの後にネット際で相手プレイヤーの足を踏んでしまった。(ヤバイ!)と思ったけど、体重が乗った足首は悲鳴を上げた。
幸い骨折はしなかったけど、捻挫で全治2週間。リハビリに2週間って言われた。バレーボールをしていれば結構ある話だけど、自分の身に降りかかってみると結構辛いものがある。
(仕方ない。基礎体力作りとサポートを頑張ろう)
そう思って過ごした1ヵ月は…結構長かったし、辛かった。
で、ようやく完治してドクターからの許可が下り、本格的な練習を再開したんだけど、やっぱりブランクがあるから本調子ではない。でも、私はまた練習できるのが嬉しかった。
だから、その時まで気付かなかったんだ。
それはスパイク練習の時。
オープントスからのレフトスパイク。オーソドックスな練習だけど、待ちに待ったその練習でいつものように踏み込んで……
「あれ?翔べ……ない?」
いや、跳んではいる。
けど、「あの感覚」じゃない。
無意識に足をかばっているのか、高さが足りない。
コンビネーションのずれ?
練習から離れていたから感覚が鈍ってる?
それでもさっきのシャドー練習では、十分な高さが出てたのに?
最初は「そのうち戻るだろう」って思っていた。けど、それから1ヶ月経っても、いくら練習しても、元の感覚が戻らない。お医者さんに行って検査をしても、特に問題は見られないと言われた。
だんだんわかってきたのは、踏み込んだ時に蘇る、あの瞬間と痛み。いつまでもまとわりついてくるこの記憶がなくならない。
私は、翔べなくなってしまった。
そして、コートがすごく遠い場所に感じるようになってしまった。
練習が怖い。
バレーボールが怖い。
そのことが、とても辛かった。
「病院に行ってくる」とウソをついて部活を初めてサボった。テイクアウトのクリームソーダを飲みながら商店街をぶらついていた私は、ふと1軒のお店にかかっている看板に目を奪われた。
『あなたの記憶、買い取らせてい ただきます』
なんだろう、これ?
でも、この忌まわしい記憶が無くなれば、私は元に戻れるのかな……
でも戻れるのなら、戻りたい。
あの場所へ!
本当にいたい場所へ!
私は少しだけ悩んだ後、その扉を開けた。
チリンチリンチリーン
澄んだ鈴の音が鳴る。
木製のカウンターの奥から、黒い服を着てモノクルをかけた男性と、私より少し年上っぽい女性が声をかけてきた。
「ようこそいらっしゃいました。お話を伺いましょう」
────────────────
あの日から1ヶ月。
私は、コートに帰って来た。
響くシューズが床を蹴るスキール音。
ボールが弾む音が響き渡る。
スタメンではないが、いつでも出られるようにアップゾーンで身体を入念に動かす。
セットカウント1対1。
3セット目は10対10で拮抗している。
そんなゲーム展開の中で、私は監督から呼び寄せられた。
「ユズキ、行けるか?」
「ハイ!」
「よし……選手の交代。9番アウト、1番イン」
スタンドから歓声が降り注ぎ、私を包む。
サイドラインを踏み越えて、コートの中へ。
レフト・ウイングのポジションで私は大きく息を吸い、両手で頬を叩く。
緊張はしている。けど、今は早く翔びたくてウズウズしている。
相手のサーブ。
レセプション!……バッチリ!
セッターにボールが入るのを確信し、私はオープンスパイクに入る準備をする。
セッターのレオナと目が合う。
(来い!)
(行くよ!)
声だけでなく、心がつながったと思った瞬間、高いトスがレフトサイドに上がる。
助走開始。
思いきり強く踏み込んで、コートを蹴る。
両手を振り上げて、宙へ。
ほんの一瞬、コートの上から全てがスローモーションになったように見える。
ああ、この感覚だ。
私は、帰って来たんだ。
ブロック?
関係ない!
その隙間へ、相手のコートめがけて、全力で腕を振り抜け!
ズダアァァァン!
「よっし!」
「ナイスキー!ユズキ!」
チームメイトがバチバチと背中を叩く。
手荒い祝福を受けつつ、私は人差し指を天井に向けて掲げて叫ぶ。
「よーし!もう1本!!」
────────────────
「うわぁー!すごいですね彼女!」
「ええ、この試合は彼女の活躍で勝利するでしょうね。流石エースです」
「ところでサンジェル様、彼女の症状ってよくマンガとかで見る『イップス』ってヤツだったんですか?」
「いえ、厳密に言えば違います。『イップス』は「怪我などからのトラウマ」とよく混同されますが、実際は『それまで最適化されていた行動が突然できなくなること』なのです。簡単に言うと『神経の誤動作』でしょうか」
「へぇ~、そうなんですね!あ、ほら!また決めましたよ!」
「力強い動きですね。将来はこの国を代表する選手になるかもしれません」
「は~すごいなぁ……」
「マホロさんも素晴らしい力を持っているんですけどねぇ」
「へ?私が……ですか?」
「そうですよ?それよりほら、今は彼女の活躍を見ておかないと」
「あっそうでした。ガンバレー!」




