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11 お願い、私を呪いから解き放って





 勉強も運動も、特に可もなく不可もなく。


 容姿だって、自分で言うのも何だけど、多分、人並み。人前で目立つようなことなんかほとんどない。


 空気のように害もなくそこにいる。だから「そこにいたんだ?」なんて言われちゃう存在。

 

 それが私だった。

 でもそれがある時を境に変わった。

 よりによって悪い方に。





 きっかけが何かはわからない。

 きっと誰かが私を「見つけた」んだろう。

 都合の良いターゲットとして、自分の鬱憤を晴らすために。


 最初はまだ無視できた。

 だってそれまで特に親しい友だちもいなかったし、今更だよねって感じで流せてた。でも、今度はその態度そのものが気に入らなかったみたいで、とにかく私の反応を引き出そうとしていろんなことを仕掛けてきた。


 直接的な暴力はないにせよ、見る人が見ればSNSで私と分かるような書き込みから、直接私を誹謗中傷するコメントが増えていき、私のSNSは炎上、閉鎖に追い込まれた。


 学校ではお決まりの靴や机、ロッカーのイタズラ。持ち物はなくなるか壊された。先生に言っても面倒な事が増えるだけだと思って黙ってたら、誰かが告げ口したことでさらにエスカレートした。中途半端な指導しかできないのなら手も口も出さないでほしかったよ。それとも、それを見越しての告げ口だったのだろうか。


 ここまではそれでも我慢できた。泣き顔なんか絶対見せるもんかって意地はってたしね。でも、それもあの日に「プツン」と音を立てて切れてしまった。


 あの日の給食は、ミートソーススパゲティだった。私はいつも通り席に座って食べ始めた。ただ、この時周りの目が、雰囲気がおかしかった。チラチラとこちらを見て薄ら笑いを浮かべながら観察されているみたいだったんだ。


 (どうせいつもの事だし)


 そう思って口にした瞬間に、感じる違和感と異臭。


 私は急いで吐き出すために教室を飛び出した。そして後ろから聞こえてくる何人かの笑い声。


 あの日のスパゲティは、トイレの便器の中でこねくり回された後で食器に戻されたものだと、後で分かった。


 私はしばらくの間、食べ物を口にすることができなくなって、間もなく低栄養で入院した。


 そして心も身体が弱りきったところに、とどめの刃が刺さった。


 私にはたった一人だけ、お互い困った時に心のうちを相談していた友達がいた。でもある日、私からのメッセを他人に見せていただけでなく、その成り行きを捻じ曲げて伝えていた事を伝え聞いてしまった。


「つきまとわれて迷惑だった」

「一方的に頼られてきて大変だった」


 そう言いふらされた事で、私の心は一気に壊れてしまった。それからも


「アイツ、何してる?」

「◯◯で見たよ」

「アカウント消したみたい」

「え〜?早く死ねばいいのに」

「ダメだよそんな事言っちゃ。バレたらめんどいよ?笑」

「アイツ、見てるかもしれないしね」

「キモっ笑 ねえ見てる~?」


 まるでいつでも監視されているようなメッセがSNSで駆け回る。見なきゃ良いのにって思うけど、つい見てしまってダメージを負う。相手の思うツボだ。





 私は、誰も信用できなくなった。

 外に出ることも、人の目も怖くなった。

 やっぱり、無理をしていたんだって気付いたのは、この時だった。


 それからは私の時間も心も凍りついてしまった。


 何かを感じるのは、辛いから。

 だったら何も感じない方がいい。

 何も思い出さない方がいい。


 私はただ1人。

 誰も側にはいないくていい。

 これ以上傷つくのが怖いから。

 それでいいんだ。









◇◇◇


 あれからどれくらい経ったんだろう。


 自分を支えるために色んな事をやってみたし、資格もとってみた。けど、その先が全然見えてこない。私はなんのためにそんな事をしてるのか、分からなくなっていた。ただただ、資格試験に合格することだけが、自分が認められていると思える術だった。



 そんな私に、ある日一通の手紙が届いた。






『あなたの記憶、買い取らせていただきます』




 その言葉に私の目は釘付けになった。

 そんなことが、本当にできるの?



 ……だったら今すぐ買い取ってほしい。

 私だって本当はこのままじゃ嫌なんだ。

 私はこの「呪い」から逃れたいんだ!






「お待ちしておりました。どうぞお掛け下さい」


 そう言って出迎えてくれたのは、黒い服を着てモノクルをかけた男性だった。どの様に記憶を買い取るのかを説明するその声は、淡々としていながらも不思議と落ち着く声だった。


「それではマホロさん、この方は貴方が担当して下さい」


「分かりました。マホロと言います。どうぞよろしくお願いします」


 担当として紹介されたのは、同じ歳くらいのショートボブの女性。目がキラキラして活発そうな人だ。


 私は記憶を買い取って貰うために、少しずつ何があったのか話すことになった。胸が締め付けられて全く話せなかった日もあれば、1時間ノンストップで話した日もあった。でも、どんな時でもマホロさんはずっと話しを聞いてくれた。時には途中で泣き始めてしまったり、怒りまくってしまう事もあって、そんな時は私の方がなだめなければいけなかったけど。







◇◇◇


 週に一回、ここに通い続けてもうすぐ3ヶ月になる。私が語ることも今日で尽きそうだ。これで私は「新しい私」としてやっと再スタートできる。


 でも、その前に勇気を出してしておきたい事が一つある。


「あの……ですね」


「?どうかしましたか?」


 喉の奥に声が引っかかって出てこない。

 頑張れ、私……!


「……あの、できたらでいいんですけど……一度一緒に、お出かけ、してもらえませんか?」


 マホロさんはちょっと驚いた顔をして、でもすぐに向日葵の様な笑顔で私の手を両手で握ってきた。


「ええぜひ!行きましょう!ミサトさん!良いですよねサンジェル様?」


「本来クライアントと私的関係は持つべきではないのですが……どうせ貴方にはそんな事を言っても無駄でしょう。『買い取り』の儀式が終わりましたら、今日は早目に仕舞いましょうか。お友達とごゆっくりどうぞ」




 ………!


「やった!じゃあ行こう!ミサトさん!」




 ………友達、って思っていいの?

 

 正直、まだ怖いよ。

 私はまだ完全に他人を信用できないと思う。それでもこの人なら信用したいと思ったんだ。


 2人で事務所の扉を開けて外に出る。その時カランカランと鳴ったドアベルが、私の新しい出発を祝福してくれたような気がした。


 



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