第24話 残るもの
「選べ」
その一言が、やけに静かに響いた。
重くもない。
強くもない。
ただ、逃げ場がない。
「選択肢は二つだ」
黒外套の声は変わらない。
「固定するか」
「消えるか」
それだけ。
「……」
簡単すぎる。
だから、重い。
「……固定すれば、生きられるんだな」
カイが言う。
「そうだ」
黒外套が答える。
「記録に入り、存在が確定する」
「……その代わり」
カイが俺を見る。
「その力は使えなくなる」
「……ああ」
理解はできている。
固定=ルール内。
改訂はできない。
「……それでいいじゃないですか」
ミハイルの声。
さっきよりも強い。
「もう、十分じゃないですか!」
一歩、前に出る。
「これ以上やったら、本当に消えるんですよ!」
「……」
言葉は正しい。
全部、正しい。
「……残りましょう」
ミハイルが言う。
「ちゃんと、残ってください」
その言葉は。
重い。
だが。
「……合理的にはそうだな」
カイも言う。
「ここで終われば、生き残る」
視線が集まる。
判断を待っている。
「……」
俺は、少しだけ考える。
固定。
存在。
記録。
残る。
それは――
「……普通だな」
口に出す。
「は?」
ミハイルが止まる。
「普通、って」
「普通に生きるってことだろ」
記録されて。
覚えられて。
残る。
それは、きっと正しい。
「……じゃあ、それでいいじゃないですか!」
「……そうだな」
頷く。
だが。
それでも。
「……」
何かが引っかかる。
胸の奥。
ずっと前からある違和感。
「……」
思い出そうとする。
だが、思い出せない。
何を考えていたのか。
何を目指していたのか。
それでも。
残っているものがある。
「……」
手を見る。
ペン。
これだけは、はっきりしている。
「……」
なぜ持っているのか。
なぜ使っているのか。
理由は、曖昧だ。
だが。
「……決めたからだ」
口に出す。
「……何を」
カイが聞く。
「続けるって」
それだけは、覚えている。
「……」
ミハイルが首を振る。
「そんなの、理由にならないですよ」
「……そうかもしれない」
否定はしない。
だが。
「……でも」
言葉を続ける。
「残るのは、俺じゃなくていい」
「……え?」
ミハイルが止まる。
「変えた結果が残れば、それでいい」
静かに言う。
「俺がいなくても」
「……」
「変わった世界は残る」
それで、十分だった。
「……そんなの」
ミハイルが言葉を詰まらせる。
「意味、ないじゃないですか」
「ある」
即答だった。
「……」
「存在してなくても」
言う。
「意味は残せる」
それが、答えだった。
「……」
ミハイルが何も言えなくなる。
カイも、視線を逸らす。
リゼだけが、小さく笑った。
「……やっぱり」
「何だ」
「そういうやつだよね」
その言い方は、どこか懐かしい気がした。
だが、それもすぐに消える。
「……決まったな」
黒外套が言う。
否定しない。
止めもしない。
ただ、確認するだけ。
「……ああ」
俺は頷く。
ペンを握る。
重い。
だが、確かにそこにある。
「……そっちを選ぶか」
「そうだ」
迷いはない。
もう。
考える必要はない。
「……なら」
黒外套が一歩下がる。
「止めない」
「……そうか」
それでいい。
「……アーカス」
ミハイルの声。
弱い。
さっきまでの勢いがない。
「……行くのか」
「行く」
短く答える。
「……」
何か言いたそうにしている。
だが、言えない。
それでいい。
「……」
俺は一歩前に出る。
ペンを構える。
「……最後だ」
その一言で。
空気が変わる。
すべてが、静まる。
観測も。
音も。
気配も。
ただ、そこにあるのは。
書き換えるための、世界だけだった。
読んでいただきありがとうございます。
ついに選択が決まりました。
ここから先は、戻れない“最後の改訂”です。
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