第25話 未記録の者:完了
「……最後だ」
その言葉は、自分のための確認だった。
誰かに聞かせるものじゃない。
もう、残らないからだ。
「……」
ペンを握る。
感触は、まだある。
だが、指先が少し曖昧だ。
境界が、ぼやけている。
「……対象は」
呟く。
何を変える。
何を残す。
それだけは、決めないといけない。
「……」
視線を上げる。
世界。
この場所。
ここにある、すべて。
だが。
「……全部は無理だな」
小さく笑う。
そんな余裕はない。
もう。
持たない。
「……」
選ぶ。
一つだけ。
変えるべきもの。
「……あれだ」
視界の端。
歪み。
見えていたもの。
ずっと引っかかっていた違和感。
観測によって押し潰される未来。
確定されてしまう“結果”。
「……」
そこに、ペンを向ける。
「……書き換える」
対象は、未来。
まだ確定していない“結果”。
それを。
「……っ」
ペンを動かす。
触れた瞬間、強烈な負荷。
今までとは比べ物にならない。
「……くっ」
視界が欠ける。
音が消える。
だが。
止めない。
「……」
言葉が出ない。
だが、意味は残る。
書き換える。
確定する前に。
「……!」
押し込む。
未来を。
結果を。
別の形に。
「……っ!」
体が、崩れる。
支えが消えていく。
だが。
「……そうだ」
何かを思い出す。
いや、違う。
思い出したんじゃない。
残っていた。
「……変えるんだった」
それだけ。
それだけで、十分だった。
最後に。
強く押す。
「……!」
世界が、揺れる。
一瞬。
すべてが止まる。
そして。
――変わった。
「……」
静寂。
負荷が、消える。
いや。
消えたのは。
「……」
手を見る。
ペンが、落ちる。
音は、聞こえない。
「……」
指が、曖昧になる。
境界が、消える。
「……あ」
声が出ない。
言葉が、形にならない。
だが。
それでいい。
「……」
足元が、消える。
感覚が、薄れる。
それでも。
後悔はなかった。
「……」
最後に。
何かを見ようとする。
だが。
もう、何も残っていない。
――。
完全な静寂。
そして。
何もなくなった。
◇
「……あれ?」
ミハイルが、首を傾げる。
「……今、何か……」
「どうした」
カイが言う。
「いや……」
言葉を探す。
だが、出てこない。
「……なんでもないです」
違和感だけが残る。
だが、それもすぐに消える。
「……終わったな」
カイが言う。
「ああ」
黒外套も、静かに頷く。
「対象は消失した」
「……」
ミハイルは、少しだけ空間を見る。
何かを探すように。
だが。
見つからない。
「……」
理由はわからない。
ただ。
少しだけ、寂しかった。
◇
「……消えたね」
リゼが、小さく言う。
その視線は、何もない場所に向いている。
「……でも」
少しだけ笑う。
「ちゃんと、残ってる」
その言葉は。
誰にも届かない。
だが、確かにそこにあった。
◇
台帳が、静かに開く。
誰も触れていないのに。
ページが、めくられる。
最後の一行。
それだけが、記される。
――未記録の者:完了。
この物語を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
「存在しない者が、何かを残せるのか」
そんなテーマで書き始めた作品でした。
途中から能力や戦いの話になりつつも、
最後は「何が残るのか」に辿り着けたなら嬉しいです。
彼のことを覚えていなくても、
何かが少しだけ変わっていたとしたら――
それが、この物語の答えです。
もしこの作品が少しでも心に残ったなら、
ブックマークや評価で足跡を残していただけると、とても励みになります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




