第19話 三対一の開始
――対象数:三。
その数字は、シンプルすぎて逆に重かった。
「……三人か」
俺は台帳を閉じた。
診療所の静けさが、さっきまでとは別の意味を持つ。
「一気に来ますね」
ミハイルが言う。
「来るな」
カイも頷く。
リゼは、少しだけ楽しそうに笑った。
「いいね、わかりやすい」
「どこがだ」
俺が言う。
「対立が明確になった」
その通りだ。
曖昧ではない。
敵対。
はっきりと書かれている。
「……で」
カイが周囲を見る。
「どこから来る」
「わからない」
俺は答える。
「だが」
視線を上げる。
「すでに来てる可能性はある」
その言葉に、空気が変わる。
「……え?」
ミハイルが振り返る。
「診療所の中ってことですか?」
「外とは限らない」
人の多い場所。
紛れるには最適だ。
「……じゃあ」
カイが低く言う。
「見つけるか」
「無理だな」
俺は即答した。
「普通には見えない」
観測者。
“見える側”。
だが、それでも。
「完全にはわからない」
「じゃあどうするんですか」
ミハイルが言う。
少しだけ焦りが混じっている。
「……誘う」
「誘う?」
リゼが目を細める。
「そうだ」
俺はペンを取った。
「観測させる」
意図的に。
こちらを。
「……危なくないか」
カイが言う。
「危ない」
即答する。
「だが、待つよりマシだ」
いつ来るかわからない敵を待つより。
引きずり出す。
「……なるほど」
リゼが頷く。
「いいじゃん」
「ミハイル」
俺は言う。
「はい」
「観測を意識しろ」
「……どうやって」
「見られている前提で動け」
「……はい」
完全な理解ではない。
だが、それでいい。
「……行くぞ」
俺はペンを動かす。
対象は、自分。
固定された存在。
そこに。
わずかな“揺れ”を作る。
「……っ」
強い抵抗。
固定されている分、動かしにくい。
だが。
「……少しでいい」
完全に変えなくていい。
“見えるようにする”。
それだけだ。
押し込む。
少しだけ。
存在にノイズを入れる。
そして。
ペンを離した。
空気が、わずかに歪む。
「……来る」
リゼが言った。
その瞬間。
診療所の奥で、何かが動いた。
「――っ」
空気が裂けるような感覚。
誰もいなかったはずの場所に。
“人影”が現れる。
「……一人」
カイが言う。
「二人目も」
反対側。
受付の奥。
もう一つの影。
「……三人目」
ミハイルが小さく呟く。
天井近く。
影のように、存在している。
「……全員来たな」
三つの気配。
それぞれ違う。
「……見えるのか」
俺が聞く。
「ぼんやりと」
ミハイルが答える。
「はっきりしてきた」
カイも言う。
観測が成立している。
互いに。
「……出てきたな」
俺は一歩前に出た。
正面。
一人目。
白い外套。
黒ではない。
そして。
「……観測者か」
男は何も言わない。
ただ、こちらを見ている。
感情は読めない。
「……あれ、違うな」
リゼが言う。
「観測だけじゃない」
「何だ」
俺が聞く。
「固定寄り」
つまり。
役割が違う。
「……分担か」
カイが言う。
「そういうことだ」
三人。
それぞれ役割がある。
「……厄介だな」
俺は小さく呟いた。
一人じゃない。
連携してくる。
「……どうする」
ミハイルが聞く。
声が少し震えている。
「……分ける」
「分ける?」
「そうだ」
俺はペンを構える。
「一対三なら、負ける」
「……正直だな」
カイが言う。
「事実だ」
なら。
「一対一にする」
「……できるのか」
リゼが言う。
「やる」
それしかない。
対象は、構造。
この空間。
診療所。
その中の“位置関係”。
「……っ」
ペンを動かす。
空間の関係。
三人の位置。
それを。
切り離す。
「……押す」
重い。
さっきの比じゃない。
だが。
分散されている。
ミハイル、カイ。
負荷が流れる。
「……今だ!」
押し込む。
そして。
ペンを離す。
空間が、歪む。
一瞬。
世界がズレる。
そして。
「……っ」
気配が、一つ消える。
「……一人消えた!」
ミハイルが叫ぶ。
「違う」
リゼが言う。
「“分かれた”」
視界の端。
別の場所。
離れた位置に、気配がある。
「……成功だな」
カイが言う。
「一対一にできる」
だが。
その瞬間。
「……っ!」
頭に、強い痛みが走る。
「アーカス!」
ミハイルが支える。
「……問題ない」
だが。
明らかに、さっきより重い。
削れている。
「……無理するな」
カイが言う。
「……まだいける」
そう答えるしかない。
残り二人。
だが。
「……来るぞ」
リゼが言った。
分けられた一人が。
こちらに近づいてくる。
ゆっくりと。
確実に。
「……一対一だ」
俺はペンを握る。
心臓が、少しだけ速い。
だが。
「……やるしかない」
その言葉は。
もう、揺れていなかった。
読んでいただきありがとうございます。
ついに“三対一”から“一対一”へ。
ここからは個別の戦いに入っていきます。
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