一話 夢の終わりは出会いの始まり? ⑥
「──貴様、ちょっと表へ出ろ」
先程、慶子さんの左隣でご飯を食べていた白髪の青年が、お茶をすすっていた俺を見下ろしてくる。
「俺ですか?」
いきなりのご指名にきょとんと目を点にさせていると、
「貴様以外に誰がいる」
そう言うと青年は、障子を開けた先にある庭に降りていった。俺は渋々後をついていく。縁側の縁に置いてあるサンダルを履き、俺は青年の前に立った。
「あ、あの、何か用ですか? えっと……」
「私は神井桜火だ」
「あ、そうですか……」
二人の間に乾いた風が吹いた。神井さんの白銀の長い髪がその風になびいて揺れている。神井さんはなんで俺を呼びつけたんだ? 俺が戸惑っていると、神井さんは溜息を一つしたあと、口を開いた。
「貴様、慶子さんに迷惑をかけるな」
「へ?」
「私は貴様が玄関にいる慶子さんの前に割って入るのを見ていたのだ」
「え? あの時、居たんですか?」
「ああ」
「じゃあ何であなたが慶子さんを助けに入らなかったんですか?! 俺の目には、一触即発って感じでしたよ!?」
あまりの非情さに、俺は声を荒らげてしまう。
「私はあの時、アイツに木刀を取られていたのだっ」
「へ? アイツって?」
「あの白衣の男に決まっている!」
神井さんは開け放たれた障子から見える部屋にいる、加賀美さんの方を指差した。加賀美さんはそのやり取りを間の抜けた顔で見ていた。
「ん? 僕? それは君に木刀の調子を見てくれって頼まれたから僕は自分の部屋に持ってっただけで……」
「だからすぐ返せと言っただろう! それなのに……『一度預かった物は返せない』などと抜かしやがって……」
神井さんの言動に、俺は不可解を隠せなかった。
「え? それってただの八つ当たりじゃ……」
「うるさい! とにかく慶子さんを助けるのは私の役目だったのだ! それなのに、後一歩の差で貴様に割り込まれて──」
「やーい! 八つ当たりー!」
加賀美さんが煽ってくる。正直やめて欲しい。俺への被害が酷くなる。
「そ、それはすみませんでした?」
謝る理由もないが一応謝っておく。しかしこの行為は、火に油を注ぐ結果になってしまったわけで……。
「浅羽ちゃん、それじゃ桜火ちゃんが惨めになるだけだよ……」
加賀美さんがポツリと呟いた。
やめてくれ、加賀美。それ以上神井さんを刺激しないでくれ。
「下の名前で、しかもちゃんづけをするな!」
語気を強め、眉間にシワを寄せている神井さんはそのまま続けた。
「私はこの女の様な名前が嫌いなんだ!」
案の定、神井さんは顔を真っ赤にして怒りだした。あまりにも理不尽過ぎる。何故俺が加賀美への八つ当たりを受けなければならんのだ。
「貴様! 木刀を手に取れ!」
「へ?」
「私は貴様を認めないっ」
その声を聞き、加賀美は面白そうに、預かっていた木刀を神井さんに投げつけた。神井さんは片手で素早くそれを受け取ると、袂から紐を取り出し、髪を上手に一つ結びにした。結ばれた髪が左右に揺れ、白銀の長髪が光に照らされて、キラキラと輝く。準備が整ったのか、神井さんは構えの体勢に入った。
「ちょ、ちょっと待って下さい! まだ俺、木刀も……」
言い終わるか終わらないうちに、神井さんは鋭い速さで俺の間合いに入ってきた。顔が眼前に迫って来たのを確認する間もなく、神井さんの木刀が右手から放たれる。
俺は何とか間一髪、木刀をすり抜け、下方へと逃げた。頭の上で空気が切れる音がした。
「逃げるな!」
「逃げるなって、言われたって!」
当たったら大怪我じゃすまない! この人、本気で俺を殺しに来てる!
そう考えている間も、神井さんの剣先は収まることを知らない。
俺は必死に避けて避けて避けまくった。
木刀を振る鋭い音が、耳に響く。ビュンッビュンッと空を切る音がまるで群れで襲ってくる蜂のようだった。そんな命懸けの攻防の中、神井さんは不意にポツリと呟いた。
「──私が小学生の頃、オウカと言う名前の子が、私の他に二人いた」
え? 何? いきなり自分語りですか?! この状況で!?
「私は桜に火、残り二人は桜に花。字面こそ違ったが、読みは同じ。しかも二人は女の子だったので、私はそれだけで、男子連中にさんざんからかわれた。女みたいな名だと……」
あの、いつまで続くんですかね……? これ? 俺は飛んでくる木刀を必死にかわし続けた。
「そんな悔しさをバネに、私はからかわれないよう体を鍛え、剣道を習い始めた」
俺は勝手に耳に入ってくる独り言に、集中力を削がれないよう、必死に目の前の木刀にだけ意識を向けた。
「私は強くなった。剣道では全国大会を優勝、空手では準優勝だった」
はいはい、自慢話なわけね……。無心で木刀をひたすら避けながら、イヤでも耳に入るその言葉に、諦めて呆れながら聞いていると、神井さんの動きが突然止まる。
「しかし」
「?」
神井さんの木刀を握る手が何処と無く震えていた。
「高校3年の夏、私は髪を長くしていたこともあり、あろうことか女性に間違われ、悪漢に襲われたのだ!」
ええ~!? すみません…、正直笑いそうです……。
「勿論返り討ちにはしたが、私は絶望した。私がやって来たことは何だったのか。私が十年、体を鍛えていたのは無駄だったのか。私は自分に絶望し、剣道を辞めた」
え?! 辞めちゃったの?! そんなことで?!
「そんな折、慶子さんにスカウトされ、私はこの組織に入った」
あ、そう繋がるわけね。
「だから恩ある慶子さんに迷惑をかけるヤツを私は断じて許さない!」
顔をあげ、俺をキッと睨み付ける。神井さんの眉間には深い、あまりにも深い苦悩のシワが刻まれていた。
「あ、あのさ~」
「何だ?」
「俺が言うことでもないんだろうけど……。もっと自分に自信もったらどう?」
「何だと?」
「いや、その顔だってイケメンで俺は羨ましいし、名前だって桜に火でめちゃくちゃ強そうでカッコいいじゃんっ。俺だったら人生無双しちゃうねっ」
俺なんて太郎だぜ? と、半ば投げやりに、慰めにもならないであろう一言を俺は付け加えた。神井さんの肩が僅かにぴくりと反応する。
「私が…、カッコいい、だと……!?」
やべっ! 気に障っちゃったかな? と、身構えた瞬間。神井さんの木刀を握る手の力が抜け、固かった表情が和らいだ気がした。
「──くっ……」
顔を背け、肩を震わせている。良く見ると耳まで真っ赤だった。
なんていうか……残念イケメンだな。
完全に殺気が消え、現場に妙な空気が流れた、その時だった。
「やめなさい! 二人共!」
「い"っ!」
「いたっ!」
誰かの木刀が、俺の頭と神井さんの頭を順に打つ。俺はあまりの痛さに頭を抱えた。片目を開いて見ると、慶子さんが俺と神井さんの真横に立っていた。
「組織内の喧嘩は御法度ですよ!」
「で、でも慶子さん──」
神井さんも慶子さんに活を入れられては、流石に痛かったのか、涙を少し浮かべ、項垂れながら抗議する。
「でもも何もありませんっ」
「何で俺も叩いたんですか?」
涙目になりながらも俺は慶子さんに、目で、謂れのない暴力を訴えた。
「喧嘩両成敗です!」
俺、何も悪くないよな? ただ避けてただけなのに……。何か理不尽を感じる。そんなことを思っていると。
開け放たれた障子の部屋から、加賀美が不敵に笑う姿が確認できた。
……お前かっ! お前が慶子さんに何か言ったんだな! 加賀美の顔は、明らかに見世物を楽しんでいる顔だった。
「……ちっ、兎に角、次はないと思え……」
左脇に木刀を納めるように持ちながら、神井さんが俺に捨て台詞を吐いた。そのまま、縁側から障子の部屋に戻って行く。
俺、これからこの組織でやって行けるのだろうか……?




