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一話 夢の終わりは出会いの始まり? ⑤

 畳の部屋に長机(ながづくえ)。その上には収まりきらんばかりの料理が端から端まで並べられていた。加えてこんなにいたのかというほど、 十数人の人が食事の席についている。

 慶子さんは一番奥の、床の間の掛け軸を背にした上座に座り、横では美桜ちゃんが食事の説明をしていた。


「ご飯と味噌汁はいつもの位置です。おかずは10時の方角から時計周りに、肉じゃが、筑前煮、いんげんの胡麻和え、冷奴、だし巻き玉子、そして中央がお刺身になっています」


「ありがとう美桜。いただきます」


 俺は長机のちょうど真ん中に座らされた状態でその様子を眺めていた。ガヤガヤと見知らぬ人々の視線が交差し、落ち着かない。出されたお茶を居心地悪くすすることしか俺には出来なかった。


「ハッハッハッ! 浅羽君、ようこそ! 雨夜ノ月へ!」


「え? あ、ありがとうございます?」


 気さくなおじさんがお茶を片手に俺の左隣に座ってきた。

 おじさんの格好は着物と袴を着用し、まるで幕末の人みたいだ。

 俺はそういう趣味の人かなと思いあえて聞かなかった。


「浅羽、食べないのか? 遠慮するな」


 幸宮さんが俺の右隣から顔を覗かせる。


「え、あぁ、いただきます!」


 俺は目の前の料理を一口頬張った。


 ──うまい。


 家庭料理なんていつぶりだろう。普段は出来合いか、自分で作った肉野菜炒めくらいしか食べてないからな。俺はそのうまさにもう一口食べようと、箸を伸ばした。

 そこで俺はあることに気が付いた。

 周りの人が料理を一口も食べていないことに。


「あれ? 皆さんも食べないんですか?」


「あぁ、僕達はいいの」


「食べてるちゃあ、食べてるからね」


 どういうことだ?


「私達幽霊は、こうやって供えられたご飯の気を食べてるから」


「え? 幽霊!?」


 確かに古臭い格好だなとは思ったけど……。


「ここにいる全員が?!」


 俺は驚愕の声を上げていた。


〖全員じゃないよ。あの人とあの子、あとあの子は人間だよ〗


 おじさんは慶子さんの左側に座っている、眉間にシワを寄せている、怖そうな長い白髪(はくはつ)の青年と、その対面の右側に座っている赤みがかった茶髪の小学生くらいの女の子。

 更にこちらに気付き、にこやかに手を振っているポニーテールをした、俺と同年代くらいの女の子を順番に指差して言った。

 服の色は個性があるが、皆一様に袴姿の和装をしていた。


「でもほぼ幽霊!」


 十数人居る中で、俺と幸宮さんと慶子さん、あとの三人で、たった六人しか人間がいないじゃないか!

 尚、ヨウコ先生は人間じゃないため除く。


「じゃあこの豪華で、テーブルの上に隙間なく埋め尽くされた料理はどうするんだ?」


「それはお前が食べるんだよ。浅羽」


 ヨウコ先生がいつの間にか白衣から和装に着替えていた。


「当然新入りのお前が残さず食べるんだよな?」


 ニヤッといたずらな笑みを浮かべるヨウコ先生。


「こら、浅羽をいじめるな」


 ヨウコ先生の向かいに座っていた幸宮さんがご飯を食べながら言ってくれる。


「そ、そうだよね。俺が全部食べられるわけ……」


「まぁ、このだし巻き玉子と肉じゃがは、ほぼ私が作ったのだが……」


「い、いただきます!」


 幸宮さんの手料理! 残したとあってはバチが当たる! 俺は夢中で目の前の料理を頬張った。







 ひとしきり食事を終えたあと、俺はずっと気になっていた疑問を口にした。


「あの、雨夜ノ月ってどういう意味ですか?」


 そう聞くと、慶子さんは箸を静かに置いた。


「──雨夜ノ月とは、存在しているのに目には見えないもの、ここではツキビトのことを指しています。我々の活動は古くは江戸時代からといわれています。その頃はまだ名称はありませんでしたが……。我々は影に隠れ、秘密裏にツキビトを狩っています。人の心につけこみ、悪意を持って人に(あだ)なす。──ツキビトは恐ろしい存在です。ほんの少しの悪意と恐怖が、ツキビトにつけ入る隙を与えます。この世の凶悪な事件のほとんどは、ツキビトの所為(せい)といっても過言ではありません。私達は、普通に暮らす人々に、少しでも平穏に暮らして頂きたい。その思いから、私のひぃお爺様が名付けました」


「慶子さんと幸宮さんは、どういう関係なんですか?」


「慶子さんは私の叔母さんなんだ」


「私の兄の娘が美耶子です」


「親戚だったんだ……」


 ……そうなのか。言われてみれば何処となく幸宮さんと慶子さん、雰囲気が似てるような……。


 あ!


「そうだ! 幸宮さんの両親にもご挨拶したいです! ここにいるんですか?」


 俺がキョロキョロと周りを見渡すと、途端に幸宮さんと慶子さんの顔が曇り、周りの人達は静まり返った。え? 俺、何かまずいこと言っちゃった!?


「母は、ここにはいない」


「え? じゃあお父さん、は……?」


「兄は……美耶子の父は……美耶子が小さい頃に亡くなりました……」


「え? あ、そうでしたか……。すみません……」


 まずい、やらかした! 


「浅羽さん。今から大事な話があります」


「は、はい……?」


「私の兄……美耶子の父、清人(きよひと)は見える人でした」


 慶子さんの光を失った瞳は、あの日の光景を思い出すかのように遠くを見つめていた。


「十三年前──美耶子が三歳、私が十五歳の頃でした。私が兄の家に遊びに行った日の夕方頃、突然強盗が私達のいる家に押し入って来たのです」


「!」


「……ツキビト、でした」


 喋りながら慶子さんの指先は震えていた。 


「そのツキビトは恐ろしいことに、家に火をつけました」



 その時、俺の目には、その光景が目の前にありありと浮かんでいた。





 燃え盛る炎。何もかもを焼きつくしていく灼熱の赤。

 泣き叫ぶ美耶子を抱える慶子。その前に立つ背中を刺された兄。兄は安心させるためか、二人に笑顔を向けていた。

 ツキビトから勢いよく抜き去られた刃から、兄の血が慶子の顔に降りかかる。

 そこで慶子の視界に異変が起こった。ツキビトのケガレにより、闇が彼女を覆ったのだ。

 無我夢中で美耶子を抱えながら燃え盛る家から脱出すると、ツキビトはいつの間にか姿を消していた。

 そのツキビトは、今も見つかってはいない。





「美耶子の母親は外出中で助かりましたが、兄は……、私達二人をかばい、兄は死に、私はケガレによって光を失いました。……浅羽さん」


 慶子さんの声で俺は我に返った。慶子さんの静かなる黒い瞳が、見えないはずの俺を映し出していた。


「こんな危険に巻き込んで、本当にすみません……」


 慶子さんが深々と頭を下げると、辺りがシーンと静まり返る。

 余りにも重い話に俺が何も答えられずにいると、突然入って来た方とは逆方向の、俺の後ろのふすまが開いた。


「ふい〜。やっと終わった……美桜ちゃん、僕にもご飯……」


「自分でやって下さい!」


「てきびしー!」


 静寂を破る緊張感の欠片もないその声に振り返って見ると、三十代後半くらいの青年が俺の後ろに立っていた。

 ボサボサの白く抜けた金髪を右手で掻きながら、ピンクのワイシャツにシワのよった白衣を羽織り、メガネをかけているその青年は、俺の顔を見るや否や、ニコッー! と胡散臭そうな不敵な笑みを浮かべた。俺は何か嫌な予感を背筋に感じた。


「やあやあやあ! 君が浅羽祥太郎君!? はじめまして!」


 青年は俺の手を強引にガシッと掴んだ。よく見ると金髪の毛先が黒くなっている。それはおしゃれなのか?

 周りの幽霊達が、その青年が来たことでサーっと居なくなった。ついでに美桜ちゃんも消えた。

 しかし青年は、そんなのお構いなしに続ける。


「僕は加賀美(かがみ)連太郎(れんたろう)です! 名前似てるね!」


「え? あ、はあ」


 いきなりの陽キャキャラ! 慶子さんの話しの感傷にも浸れない! 俺は加賀美さんの濃すぎるキャラに圧倒されていた。


「どう? 祥太郎と連太郎で誰にも負けない無敵な“れんしょうコンビ”でも結成しちゃう? あ、この名前は(れん)(しょう)で連勝と掛けてて──」


 はあ? 何言ってんだ? するわけないだろ! 俺は喉まで出かかった言葉を何とか飲み込み、平静を装った。


「あ、あの、加賀美さんは……」


「いやだなぁ、レンちゃんって呼んでよっ。僕と君の中じゃない! 浅羽ちゃん?」


 誰と誰がどんな中だって!? しかもちゃんづけかよ! 俺の苦手なタイプだな……。俺は頬を引きつらせながらも、相手のペースに乗せられないように、何とか話題を切り出した。


「あ、あの! 加賀美さんは、どういう人なんですか? そもそも人ですか?」


「ひどいなぁ、僕は人間だよっ。僕はねぇここの専門医、つまり医者だよ! それも怪異全般の、ね」


 怪異全般の、医者……? 胡散臭い匂いしかしない。まさか幽霊を診察したりするのかな? どうやって……?


「見てわかるでしょ?」


 加賀美さんはこれ見よがしにドヤ顔で自分の白衣を引っ張った。

 コスプレかと思った……。でもそれを言ってしまうと、またうるさそうなので敢えて黙った。が。


「コスプレかと思ったでしょ? 残念でした~」


 ……この人は心が読めるのだろうか? 先程から俺の神経を的確に逆撫でしてくる。


「美耶子ちゃんの傷を治したのも僕」


 !? ってことは……。

 一瞬で頭を駆け巡る幸宮さんのあられもない姿。不謹慎な想像に自分の顔が赤くなるのが分かる。

 俺は嫉妬だか、不快感だかを抱き、加賀美のヤローを鋭い目で凝視した。


「そう、もちろん美耶子ちゃんのあれやこれやそれも見ているってわけで……」


「いい加減にしろっ!」


 バチン! と、鋭い音がし、猛烈なパンチが加賀美さんの頭を叩く。しかし、加賀美さんは平然とした様子で、叩かれた頭を擦りながら後ろを振り返った。


「痛いな美耶子ちゃん……」


「ちゃんづけするなっ」


 腕を組み、キッと睨みを聞かせる幸宮さん。その顔のまま、今度は俺の方を向いた。


「浅羽もこいつの話は聞かなくていいからな!」


「あ、うん」


 幸宮さんのもっともな行動に、俺は冷静に頷いた。 


「やれやれ、全く……騒がしいのぅ……」


 高みの見物といった感じで、ヨウコ先生が日本酒を啜る。ヨウコ先生は既に出来上がっていた。え? お酒……?


「ちょっと、ヨウコさん! あなたはまた昼間からお酒を飲んでいるのですか?」


 両手に徳利とお猪口を持ち、ほんのりと頬を染めているヨウコ先生を、慶子さんが諌めた。


「で、でものぅ慶子。これはわしの趣味みたいなもので…」


「ちょ、ちょっと! ヨウコ先生! 帰りの運転はどうするんですか!? 俺が帰れなくなる!」


 慶子さんには悪いが会話に割って入らせてもらった。これは俺の死活問題だ。


「え? ああ、すまんすまん。忘れとったわ」


 ばつが悪そうに、目を泳がすヨウコ先生。


「まあ、しょうがない。今日は泊まればよい」


「いやいやいや! 明日も学校だし、帰って着替えたいんだけど!」


「わがままだのぅ……。ま、それに関しては何とかするから、夜まで待っておれ」


「夜までって……。幸宮さんも困るよね?」


「ん? 私は別に困らないが」


「え? まさかここから学校通ってるとか?」


「いや、私は今、アパートで一人暮らしだ」


「へえ、えらいね。……じゃなくて!」


「浅羽も夜になれば一緒に乗って行こう。それまではここでゆっくり過ごすといい」


 夜、一緒に乗って行こうって……。まさかヨウコ先生が飲酒運転するわけじゃないだろうし……。誰か別の人が送ってくれるのかな? 俺はそう考えながらもお茶をすすった。その時。


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