一話 夢の終わりは出会いの始まり? ➃
「浅羽さん、少し──よろしいですか?」
「はい?」
「浅羽さんの実力を知るためにも、私と手合わせをして頂きたいのです」
「て、手合わせ?」
「何、簡単です。木刀でお互いに打ち合ってくれればいいのです」
言われるがまま、俺は斜め後ろの横に立て掛けてある木刀を一つ取った。
慶子さんが自分の左側に置いてあった木刀を取ると、二人して構える。
一足一刀の間合いから、慶子さんが一歩踏み出した──と、思った瞬間、彼女の顔が俺の眼前へと迫った。その圧倒感に、俺は反射的に、少し後ろに下がった。
慶子さんの上からの攻めに、下から受け流す。
あれ? 俺、反応出来てる?
更に木刀を押し込んでくる慶子さん。
左上方から凄い力で当てにくる。
木刀を押し込んでくる慶子さんの細い腕からは想像もつかない重圧を感じた。俺より小さな体なのに、慶子さんがとても大きな存在に見える。
本当に目が見えてないのか?
どうやら、気配だけで打ってきているらしい……。凄すぎる……。
木刀と木刀がぶつかり合い、激しい音が道場に鳴り響く。
左上からの攻撃に対し、木刀を横にして何とか凌ぐ。
そうして、更に木刀を打ち合っていると、俺の木刀が右に僅かに逸れた。いや、逸らされたのか?
と、次の瞬間。
俺の木刀が払い上げられ、その一瞬の隙をついて、慶子さんの木刀が俺の頭に直撃した!
「いっ……!」
俺は勿論、その場にしりもちをつき、腰を抜かし倒れたのだった。
「あっ、ごめんなさい。つい……」
苦笑しつつ、手を差し出す慶子さんの手を俺は掴む。
引っ張りあげられながらも俺は、頭を押さえていた。……情けない……。
「それにしても、私の早さについてこられるとは。何処かで剣術を習ったことがあるのですか?」
「そういえば昔、親父に連れられて剣道はやったことありました。3、4年くらい……。親父が死んでからはやめちゃいましたけど……」
「まあそうなんですか……」
慶子さんはそう言った後、しばらく考え込む様子をした。が。
「とにかく、これならツキビトとの戦いに後れを取ることはないでしょう」
その後、「多分……」と慶子さんは付け加えた。多分って何?!
「慶子様っ!」
先程、玄関先であった女の子が、血相を変え、道場の中に足早に入ってくる。
「どうしました? 美桜」
美桜と呼ばれたその子は、俺を一瞥するも、すぐに慶子さんに向き直り、ひそひそと耳打ちをした。
「何ですって!」
ん? 何だ?
俺が訝しんでると。
「浅羽さんはここにいて下さい。出て来ては駄目ですよっ」
血相を変え慶子さんは、美桜ちゃんに続いて出ていった。何があったんだ?
ああ、気になる! 出て来るなと言われたら余計気になる!
よし! ここはバレないようにこっそり見るか……。
俺は、玄関先に向かったであろう慶子さん達を追いかけた。
!!
何だ? あれ?
玄関の隙間から門の前に居る慶子さんの後ろ姿と、それに対峙している人物が見えた。でも、何だ? 確かに人の形をしているが、威圧感が半端無い。
黒い服を身にまとい、妖艶な笑みを浮かべている妖しい女性……。
「フフフ。久しぶりね、慶子」
女性が妖艶な笑みで笑った。門の内側に足を踏み入れ、慶子さんに一歩近付く。
「慶子様!」
美桜ちゃんが咄嗟に慶子さんを庇うように前に出る。
「……ここは、あなたのような者が来ていい場所ではありません!」
「冷たいのね? こうしてせっかく会いに来てあげたのに!」
女性が鋭い形相で慶子さんに向かって行った!
バチーン!!
「浅羽さん!」
俺は咄嗟に慶子さんの前に出ていた。持っていた木刀で、振り上げられた拳を受け止めた。
「あら、誰? この可愛い子は?」
女性の右手がぐぐっと押し込むように木刀を押す。
女性はにやっと口元に笑みを浮かべて続けた。
「まさかあなたの新しい手足かしら? ふーん……」
女性は値踏みするような目線で、上から下まで俺をなめ回すように見た。
「いい男ね……。私、大好きよ……」
お、俺がいい男って……!?
そ、そんなの…。
「あ、ありがとうございますっ」
「へ?」
俺はパッと一歩女性の横に下がり、力を抜いて木刀を下げていた。
そんなこと言われたの、人生で初めてだ! しかも美人なお姉さんに!
少し照れくさくて俺は頭を掻いた。
緊張状態から瞬間的に抜けた女性は、重心が崩れ耐えきれずに前につんのめる。
「俺、そんなこと言われたの初めてです!」
嬉しくて顔を綻ばせてしまう。女性は少し苦笑いをしたかと思うと、すぐに元の笑みを浮かべた。俺、何か変なこと言ったか?
「ま、まあ……。今日のところはあなたに免じて退散してあげる。……またね、坊や」
そう言って女性は後ろを振り返り、薄い霧と共に去っていった。
慶子さんは、フゥ、と肩で息をしながら、大きく溜め息を吐いた。
慶子さんは、しばらく女性が去って行った方を眺めるようにしていた。だが、今度は俺の方をじっと呆れたように見つめてきた。
「全く…、浅羽さん。あなたという人は……」
「え? 俺、何かやらかしました?」
「いいえ」
フフっと笑う慶子さん。
「慶子様! 笑いごとじゃありません!」
困った顔を慶子さんに向けたかと思うと、美桜ちゃんが俺の方に向き直った。
「ちょっとあなた!」
「へ? 俺?」
美桜ちゃんがヅカヅカと凄い形相で俺を睨んで来た。十才とは思えない迫力……。
「あなた何やってるのよ! 慶子様が待ってろって言ってるのだから大人しく待ってなさいよ! それにあいつはあんたが勝てるような奴ではないし、あんたがでしゃばらなくても、慶子様は負けはしなかったんだから!」
「え? そうなの?」
ガルル、と噛みつくような目で美桜ちゃんは俺を睨む。まあそりゃそうだよな、あんだけ強いんだから……。
「とにかく! 危うく死ぬ所だったんだから!」
「し、死ぬ!?」
俺、そんな危険な状態だったの?!
「美桜、そのくらいにしなさい」
「でも……」
「浅羽さん。助かりました。ありがとうございます」
慶子さんは深々とお辞儀をすると、にこやかに顔を上げた。
「いえ。むしろ出しゃばったみたいですみません……」
「フフ、良いのですよ」
朗らかに笑う慶子さん。俺はその笑顔に少し安心した。
それにしても、さっきの女性は一体何者だったのだろう。説明…はしてくれるのだろうか? こんな暑い日に黒服で暑くはないのだろうか? 太陽もこんなに真上に……。
「待て。今何時だ?」
「11時半ですね」
慶子さんが袴の帯の間に入れてあった銀色の懐中時計を、指でなぞりながら淡々と告げる。
殴られて気絶してから三時間も経ってんのか! まずい……。俺は早退ってことになってんのに、このまま優希が帰って俺の家に様子を見に来たら俺が居ないってのがバレちまう!
何せここから家に帰るまで、また一時間半はかかっちまうからな……。
「はぁ…、取り敢えず優希に電話するか……」
優希の奴、心配してたりしたら可哀想だしな。スマホ、スマホ……。あれ? 家に忘れちまった……。
「すみません、ちょっと電話貸してくれませんか? スマホ、家に置いて来ちゃったみたいで……」
「え? ああ、それでしたらこちらに」
美桜ちゃんに連れられて、俺は玄関から少し行った先の廊下にある、電話の前に立つ。美桜ちゃんにお礼を言うと、彼女は何処かへと行ってしまった。
何とも古めかしい電話だ。昭和の匂いを感じる。
今、11時35五分か……。丁度3限が終わった所だな。
えっと、優希の携帯番号は……。
受話器を取り、親機のボタンを押す。
プルルルルル。プルルルルル。プルルルルル。プルルルルル。プ───
《は……はい……》
「あ、もしもし優希? 俺だけど……」
《しょ、しょうちゃん!? 今どこから電話してるの!? 心配したんだからね! 携帯に連絡しても既読つかないし、中西君なんか浅羽死亡説とかなんとか言って騒いでるし……》
中西のやろー!!
煮えたぎる腹を押さえつつ、俺は冷静に答えた。
「ああ、悪い……。スマホ家に忘れちまって」
「? 家って……今家じゃないの?」
「ああ、それがちょっと色々あって……今、出先なんだ」
《色々って何よ》
「だから……えっと……」
というか、これ、話していいものなのか? 話したら完全に優希を巻き込むことになるし……。
「浅羽?」
突然後ろから声を掛けられた。その声に振り返ると。
「ゆ、幸宮さん!?」
《え? 幸宮さん?》
「あ、悪い、優希! とりあえず俺のことは心配しなくて大丈夫だから! また後で電話する!」
《え? ちょっと、しょうちゃ──》
ガチャっと受話器を思いっきり切ってしまった。悪い、優希……。
「すまん、電話中であったか」
「大丈夫だよ。えと……幸宮さん? もう大丈夫なの?」
「ん? ああ、かすり傷だと言ったろう」
「いやいや! 結構苦しそうだったよ?」
「浅羽!」
「は、はい?」
「ありがとうな」
「え?」
「お前がいたお陰で助かった」
おんぶのこと言ってるのかな?
「まあ、普段の運動不足が身に染みたよ」
まだ太ももが少し痛いが……。ああ、帰ったら筋トレしようかな……。
「そういうことではないが……」
幸宮さんは少しはにかんだようにフッと笑った後、顔を上げた。
「今日はもう学校行けないな。……浅羽」
「?」
「ずる休みついでだ。昼ご飯、食べてくだろ?」
「え? いいのかな……」
そう言えば、ゴタゴタしてて飯も食ってない……。朝は遅刻しそうでパンをかじった程度だ。そう思った途端、腹の虫が鳴り響いた。
幸宮さんは俺の腹の音に目を丸くしたその後、クスッと笑った。
「ああ、実はもう用意してあるんだ。こっちだ」
幸宮さんの後ろに続いて、結構長い板張りの廊下を歩くと、幸宮さんはある部屋の障子の前で止まる。
「浅羽。ちょっとその障子を開けてくれないか?」
「え? う、うん……」
幸宮さんに言われ、障子の前に立つ。俺は言われるままにその障子を開けた。
ドン!
「!」
突然、後ろから思い切り幸宮さんに背中を押された!
よろめきながら中に入ると、後ろの障子は何故か閉められてしまった。
中は昼間だというのに暗く、明るい所から来たせいか、視界がおぼつかない。
「な、何?! 幸宮さん!? どういうこと?!」
俺は暗闇の中、何とか障子を開けようとするが、開かない。
何でこんなに暗いんだ?
ていうか、ここに閉じ込めて、幸宮さんは何がしたいんだ?
お昼ご馳走してくれるんじゃなかったのか!?
俺が少し半泣きしそうになっているその時。
足元に何かが触るのを感じた。
ひんやりとした風のようなものを感じる。
「──フッフフ……」
え? 何か変な声聞こえる! まさか幽霊!? いくら見えるようになったと言っても、そう簡単に慣れるものではない。それに、まだちゃんとした幽霊は見てないし……。ちゃんとした幽霊が何かはよく分からんが……。
パニクりそうになる頭を落ち着かせようと、胸に手を当て呼吸を整える。
そうだ、一端落ち着こう。こんなカッコ悪い姿を幸宮さんには見せたくないしな。
そう思った途端、部屋が一瞬のうちに明るくなった。
「へ?」
今度は暗い所からいきなり明るくなり、俺は目をしばしばとさせる。
「ようこそ浅羽君! 我が雨夜ノ月へ!」
「え? どういうこと?」
俺が何事かと目を白黒させていると、目の前にいきなり、現代にしては奇抜な格好をした男女が数人、にこやかに笑いかけてきた。おまけにいつの間に部屋に入ったのか、幸宮さんまでいる。
さらに。
「フッフフ……」
左上から聞こえる不適な笑いに思わず頭をあげると──。
「ギャーーーー!!」
俺は不覚にも間抜け面で情けない声を出してしまった。
そこには長い黒髪をした、いかにもな霊体の女性が片目で俺を睨んでいたからだ。
驚きのあまりその場にしりもちをついてしまう。
男として不甲斐ない……。
「ちょっ、サヨさん! やりすぎ!」
「フッフフ。だって脅かすことが幽霊の私にとって、何よりの生き甲斐なんですもの。……もう死んでるけど」
サヨさんと呼ばれた少し半透明をした人は、どうやら幽霊らしい。
長い黒髪を前に垂らして、片目だけ覗かせたその姿を不意打ちに食らっては、流石にどんな屈強な戦士でも腰を抜かすだろう。
決して俺がビビりとか、そういうんじゃないはず!
「でも良かったわよ~その怯えた顔っ。久しぶりに脅かしがいがあったわ!」
「あっはは…、そりゃ……良かった……」
幽霊らしからぬ明るい笑顔で喜ぶサヨさん。拍子抜けした俺は情けなく笑うしかなかった。
「すまん、やり過ぎたな。でも、浅羽の表情、良かったぞっ」
しりもちをついたままの格好で、力無く呟く俺に幸宮さんが手を差し伸べてくれる。
情けない所を幸宮さんに見られ、 肩を落とした。
でも、幸宮さんにもこんな茶目っ気があったんだな。新たな一面を見れただけでもよしとするか……。




