一話 夢の終わりは出会いの始まり? ③
息を切らし登る俺がいる。途中、何度も膝が折れそうになり、立ち止まってはその場で休み、また動き出す。幸宮さんをおぶったまま。
おろしてしまうと絶対にもう持ち上げられない自信が俺にはあった。 嫌な自信だが……。
何回か休憩を繰り返し、ようやく頂上についた安心感からか、俺はついに限界を迎えた。幸宮さんを下ろすことも出来ないまま、重力に屈し、そのままの体勢でその場にへたりこんだ。
上も見上げられず、地面とキス寸前まで追い込まれる。
目の前の石畳をアリの行列が横切った。
肩で息をし、やっと首だけを持ち上げると、目の前には一瞬にして巨大な建物が顕現した。
「寺?」
「だらしないのぅ。ほれ、もう少しだ」
呆然とする俺の横から、ヨウコ先生がひょいと俺の襟首を持ち上げ、地面にへたり込む俺を無理やり引き起こす。
幸宮さんを背負ったままの俺の体は、抵抗する間もなく強制的に立たされた。
されるがままになりながらも、俺の視線は目の前の建物に釘付けになっていた。
圧倒されるような大きな門構え。年月を感じさせる重厚な木造の造り。
その様相に、俺は幸宮さんを背負った姿勢でヨウコ先生の後ろを歩き、ポカンと口を開けたまま門をくぐり抜けた。
「こっちだ」
ヨウコ先生の言うままに、キョロキョロと辺りを見回しながらついていく。
広い庭に、剪定された庭木。池のようなものもある。
目の前には巨大な本殿……?
ヨウコ先生と、背中に幸宮さんを抱えた俺はその中に入って行った。
中に入ると古い木造建築の匂いが鼻を撫でる。広い玄関に、高そうな衝立。左横の土間には、何故か木彫りの熊がでかでかと置いてあった。
キョロキョロと周りを見ていると、すぐさまこの家の住人らしき、十歳くらいの女の子が出迎える。
頭の上に三角巾を巻いて、その両脇から髪の毛がぴょこんと上の方で二つ結びになっている。可愛らしいピンクの茶衣着を着ていた。
「まあ! 美耶子様!」
俺には目もくれず、背中の幸宮さんに駆け寄ると、女の子はヨウコ先生に向かって詰め寄った。
「あなたがついていながらこれは何ですか! 何の為にあなたをお目付け役に選んだのか、忘れたわけではありませんよね?」
「そんなに怒鳴らんでもわかっておる。しかし、わしは眠くての。美耶子も一人で大丈夫と言うとったし……」
「とにかく治療しますので」
ヨウコ先生を睨んでいた目が一瞬伏せる。
「そこの方」
「は、はい」
子供らしからぬ口調で女の子は、淡々と俺の目を見据えた。
ただのこの家の子供だと思ったけど、ヨウコ先生より偉い立場の人なのかな。
「美耶子様をこちらへ」
俺は幸宮さんを女の子に預けた。女の子は軽々と幸宮さんを背負うと、奥の方へと連れていってしまった。
「えっと、俺はこれからどうすれば……。取り敢えず幸宮さんを待ってればいいのかな?」
「何言っておる。ここからが本番だろ?」
「ほ、本番!?」
そういえば、幸宮さんが言っていた「本拠地に連れていく」って、ここのこと……だよな。俺なんか尋問されるの!?
冷や汗をかき、まるでムンクの叫びのような顔をしていたであろう俺に。
「安心しろ。悪いようにはならん。まあ、お前次第だが……」
ヨウコ先生はポリポリと頬を掻きながら、俺と目を合わそうとはしなかった。俺次第って何なの!?
本殿を出、左側の離れのような場所に俺は通された。
開け放たれた木製の引き戸からは、先程通った庭が少し見える。板張りの床に、目の前の天井付近には、読めそうもない達筆過ぎる文字が書かれた扁額が飾ってあった。入り口の右側には木刀が立て掛けてあり、そこが道場らしきことが伺えた。
中には一人の人が、扁額の真下に正座で待ち構えていた。
「──私がここの、『雨夜ノ月』の長、東雲慶子です。この度は美耶子がお世話になりました」
「い、いえ」
深々とお辞儀をし、凛として背筋を伸ばす慶子さん。その黒く長い真っ直ぐなポニーテールが揺れていた。
剣の稽古中だったのか、袴を着ている。
随分若そうな人が長なんだな。二十代後半くらいか?
「あ、俺、浅羽祥太郎です」
「浅羽さん。少しこちらへ来て頂けませんか?」
「え? は、はいっ」
俺は立ち上がり、慶子さんの側に少しだけ近寄り座る。
すると、慶子さんは。
「もう少しこちらへ」
と、手招きをした。
後、ほんの少しだけ今度は正座のまま近寄る。
すると、また。
「もう少し……」
と、また手招き。ええい。これでどうだ! と、顔を思いっきり数㎝のところまで近付けた。すると、その時。
「!」
慶子さんの細くて長い指が、俺の顔に触れた。ペタペタと顔中を触られる。
え? どういうこと?
俺が戸惑っていると、ようやく慶子さんは顔から指を離してくれた。
「すみませんね。目が見えないもので」
「え?」
糸のように細い目を薄らと開ける慶子さん。整った顔と相まって、少し妖艶に見えた。
「昔、ちょっとありまして……」
そこまで言ったが、慶子さんは続きの言葉を言わなかった。き、気になる!
「さて、浅羽さんへの処分の決定ですが……」
き、きたー! どうなるの? 俺?
俺が挙動不審でいると、突然慶子さんの後ろにひょこっと小さな女の子が現れる。最初からいたのかな?
その女の子は、俺に。
「あそぼー!」
と、言ってきた。
「え?」
慶子さんの子供だろうか? 俺は慶子さんと子供を二、三回くらい見比べた。
「あ、あの、お嬢ちゃん。俺、大事な話し中……」
「あ、そ、ぼ!」
言葉に合わせ、三回地団駄を踏む。
俺は困り顔で慶子さんを見た。
すると、慶子さんは。
「フフフ」
と笑い、そして言った。
「さて、処分ですが、今しがた決定しました」
「え?」
「合格です!」
「は?」
何が合格? 処分じゃなく?
「実はこの子は座敷わらしなんです」
俺はあまりのことに脳みその処理が追い付かなかった。
「見えない物が見える。それだけで素質は十分」
「え、でも俺、妖怪とか幽霊とか、一度も見たことないんですけど……」
「それは、あなた。神社でツキビトに頭を踏まれたでしょう。その時に、霊にあてられて見えるようになったのでしょうね」
「でしょうねって、そんな簡単に?!」
「元々見える素質があったんだろ?」
今まで後ろの入り口の所で黙って控えていたヨウコ先生が口を開く。眠そうに欠伸をしながら。
「大体、座敷わらしごときにそんな驚かんでも。お前はもっと凄いものを最初から見ておろうが」
「え? 何を?」
「わしだよ。わし」
そう言うとヨウコ先生は、得体の知れない謎の霧に包まれた後、姿を消す。代わりにその場にいたのは。
黄色い毛並みをした獣。
俺の前には何とも可愛らしいキツネがいた。
〖わしがこの雨夜ノ月に使えておる、狐の妖怪、妖狐だ〗
「えぇ~~~?!」
ヨウコ先生って……妖狐!? 何て安直な名前……。
誰が付けたんだ?
というか俺、さっきから驚きっぱなしで「え」しか言ってない気がする……。
「さて、自己紹介も済んだ所で、そろそろ美耶子の様子でも見てくるかの」
また人間の姿に戻るヨウコ先生。その姿が気にいってるのかな?
俺は再度、慶子さんの方に向き直った。
「あの……」
自分のこれからのことに不安を抱き、喉の奥が少しつかえるのを感じながら切り出した。
「俺、これからどうすればいいんでしょうか?」
まさか、組織に入って幸宮さんと一緒にツキビトを退治して回れとか言うんじゃ……。
「その通りです」
読まれた!
「声のトーンで大体考えてることは分かります」
「マ、マジ?」
「美耶子と一緒にツキビトを退治して欲しいのです」
「ムリムリムリムリ! 俺、一回負けてるし、第一、俺向いてないと思うし……」
「では仕方ですね」
わ、分かってくれたのかな? ホッと安堵の息を吐くのも束の間。
「では、今ここで永遠の眠りにつかせてあげましょう」
それ、幸宮さんが言ってたのと同じ奴!
どっちみち俺に選択権はないのか……。
俺は諦めの涙を流した。




