一話 夢の終わりは出会いの始まり? ②
次に目覚めると、そこは自分のベッドの上だった。
何だ夢かと思いつつも、頭が痛い。触るとこれまたたんこぶが出来ていた。時計を見ると、6時の表示。
起きようと、ふと横を見る。
「ん……」
横には気持ち良さそうにベッドに寄りかかって寝ている幸宮美耶子がいた。
「え~~~!?」
俺の驚愕の声に目が覚めたのか、大きく伸びをする幸宮さん。すると、こちらを見て。
「あ、起きたのか、浅羽」
と、呑気な一言。 着替えたのか、破れていた制服がいつの間にか元に戻っている。
「ゆ、幸宮さん、どうしてここに」
「昨日しばらく休んだ後、やはり気になり、お前の後を追ったんだ。そしたらお前が倒れているじゃないか。そうして私が倒れているお前をここまで運んだんだ。結局、お前を倒した敵は私に傷を負わしたのとは別の個体でな、本命には逃げられてしまったが…。まさかお前がこんなに弱くなっているとは思わなんだ。昔はあんなに強かったのに」
「ゆ、幸宮さん? 昔って何のこと? それに昨日の敵は一体なに?」
「昔のこと、か……」
幸宮さんはそう言うと、心なしかうつ向き加減になる。
しかし、すぐに静かに首を振った。
「いや、今はいい。それより昨日のことだ」
え? 気になるんですけど……。
幸宮さんは、訝しげな顔をしているであろう俺を他所に、一呼吸置いた後、話し始めた。
「昨日の敵はツキビトと言ってな。悪霊に取り憑かれた人間だ」
「あ、あくりょう!?」
「ああ、私はとある組織に所属しているのだが、この街に強い霊の吹き溜まりが出来ているのを最近発見した。それの討伐と、土地の浄化を私に任されたのだ」
「そ、それで、幸宮さんは転校してきたと」
「ああ」
「プゥ。あ、悪霊って。そんな漫画じゃあるまいし。大体付き人って……」
はからずも笑ってしまった。真剣な表情で話す幸宮さんには申し訳ないが、とてもじゃないが信じられない。
昨日の男の人は、やはり酔っ払いか何かだったのだろう。
しかし、幸宮さんは。
「ツキビトとは──憑く人──と書く……。信じられないのも無理はないがて……。しかし、本当に巻き込んでしまってすまなかった……」
「い、いいよいいよ。どうせもうこんなことないだろうし……」
へらへらと笑う俺に対して、幸宮さんは何故かばつの悪そうな顔をする。
「いや、巻き込んでしまったのはこれからのことだ」
「へ?」
「我々組織は、人にあまり知られてはいけない。お前は私と共に、一度組織の本拠地へ来てもらうことになる」
「え?」
「そこでお前のこれからの処遇を決定することになると思う」
「も、もし断った場合は?」
俺はゴクッと息を飲み込んだ。
「今ここで私がお前を永遠の眠りに送ることになる」
「ええ~~!?」
それって実質、選択肢一択しかないヤツ! 俺は頭を抱え込んだ。そんな俺を見、幸宮さんは一つ溜め息をした。
「取り敢えず、風呂を貸してもらえないか?」
「え? 風呂くらい好きに入って良かったのに……。あれ? そういえば昨日の傷は? 大丈夫なの?」
「ああ、大したことない。かすり傷だ」
「かすり傷って……。気絶するほどだったんでしょ?」
まじまじと幸宮さんの腹の辺りを見る。すると、幸宮さんは途端に顔を真っ赤にして。
「いいから! 風呂借りるぞ!」
そう言って、部屋のドアをバシーンと、音をさせながら閉め、出ていった。何か気に触ったことしたか? 俺?
「はぁぁぁ……俺も朝の準備でもするか……」
今日も学校だし……。
大きく伸びをし、立ち上がると、 朝飯を食おうと、一階に下りた。
その前に顔洗うか……。
洗面所に行き、顔を洗う。隣には風呂場があり、そこでは幸宮さんがシャワーを浴びていた。
ガタッ! ドタ!
「くっ……」
苦しそうな声と共に、何かが落ちる音がした。
まさか、具合悪いんじゃ……!
「幸宮さん?! 大丈夫!?」
俺は咄嗟に風呂のドアを開けていた。
幸宮さんは左脇腹を押さえて、座り込んでいた。
怪我してるのにシャワーなんか浴びるから!
しかし、幸宮さんは立ち上がると、俺をキッと睨み付けてきた。
全身艶やかに濡れている、生まれたままの姿の幸宮さんが、そこにはいた。
し、しまった! やってしまった! これじゃ明らかに痴漢だ!
「あ、あのさぁ、言っとくけど…これ覗きとかじゃ……」
と、言いつつ後ろに二、三歩ほど後退る。
案の定、幸宮さんは問答無用で顎パンチを繰り出し、俺は床に転がったのだった。
「おい浅羽! どういうことだよ!?」
「何がだよ?」
「お前、今日幸宮さんと一緒に登校してきただろ! いつの間にそんなに仲良くなってんだよ!?」
そう言ってきたのは腐れ縁の中西。お前はいちいち騒がしいヤツだな。
「ああ、今日は優希の奴が日直で早めに行くって言ってたからな」
「いや、そういうことじゃなくてだな──」
中西が言い終わるか終わらないかのうちに、教室のドアがガラッと開いた。
「ほら、HR始まるぞ。席につけ、中西」
右肩で出席簿をトントンとしながら、担任の森野が二本の触覚のような前髪を揺らしながら、教壇の前に着く。森野は髪を後ろで一つ結びにした黒髪に高身長の男だ。
先生が来たことで、渋々中西は自分の席へと着席するが、まだ俺を睨んでいた。
そんなに睨んでも、昨日、今日とあったことはお前には言わないぞ。
どういう風に言えば良いか分からないし、そもそも俺に説明する義務は無いからな。
朝のHRも終わり、中西が一目散に立ち上がり、再び俺の席の前に陣取った。
「なあなあ、さっきの話の続きだけどよ」
お前もしつこいな。
「あのな。俺はお前と話すことは何もな──」
「おい、浅羽! ちょっと来い」
快活な声に顔を向けると、そこにはこの学校で美人過ぎる養護教諭として有名な、ヨウコ先生が立っていた。
ヨウコ先生は扉の前で、笑顔で俺に手招きをする。
「え? 何でヨウコ先生が浅羽なんかに用があるんだ?」
失礼だな中西。なんかとはなんだ。そんなの俺だって理由を知りたい。
「あ、あの、何ですか?」
美人なヨウコ先生に萎縮しつつも、扉の前に出向く。
すらっとした体躯に、Fカップはありそうな巨乳。その存在感を主張する薄手の黒いTシャツが、上から羽織った白衣の白さを一層引き立てている。
近くで改めて見ると俺よりも頭半個分 身長が高く、180cmはありそうだ。俺は上目遣いでヨウコ先生を見遣った。
するとヨウコ先生は急に、長いまつげと整った顔を近付け、俺の肩に手をかけニコッと笑う。
「?」
俺もその顔に釣られて、ニヘラっと笑い返した。
すると次の瞬間。
ドゴォ!!
強烈な一撃がみぞおちを貫く。立っていられず傾ぐ自分を、ヨウコ先生は自らにもたれ掛からせるようにして、体を引き寄せた。
「おやおやどうした、浅羽?! 具合が悪いのか! そうかそうか! こりゃもう早退だの~」
わざとらしくそう言うと、ヨウコ先生は俺を左脇に抱えた。
「じゃ、浅羽は早退するそうだから、担任にはそう伝えといてくれ」
「…あ、……はい」
「今殴らなかったか……?」
「え! しょうちゃん?!」
意識の薄れゆく中、周囲のざわつきと、優希の驚愕した声だけが、俺の耳に残った。
…………。
…………。
…………。ん?
ガタガタと身体に振動が響く。
その振動が殴られたみぞおちを揺らし、激痛を走らせた。
「……は! …………いってえぇ!!」
余りの痛さに上体を徐に起こした。
何が起こったんだ!? 確か、呼ばれたと思ったら、ヨウコ先生に殴られて……。
「おう、起きたのか」
知っている声に振り向くと、俺の右隣には──
「ゆ、幸宮さん!?」
改めて周りを見渡すと、どうやら俺は車に乗っているらしい。車の窓から見える外の景色は、右側に崖、左側には森と、山奥を走っているらしかった。
「えぇぇえ〜〜〜!!」
「ちっ、全くうるさいのぅ」
「へ?」
運転席から声がし、そちらの方を見ると、運転していたのはヨウコ先生だった。
「え? 何? どういうこと?」
何でヨウコ先生が運転してるんだ?
いや、それよりも──
「何で幸宮さんまで……」
殴られた俺がヨウコ先生に拉致られたのは状況からして何となくわかる。だけど何で幸宮さんまで車に乗っているんだ?
「それは……」
口ごもる幸宮さん。するといきなり。
「すまん! 浅羽!」
幸宮さんは俺に頭を垂れてきた。
「へ?」
「事情が事情とは言え、いきなり腹を殴るとは……。痛い思いをさせて悪かった! ヨウコには私から言っといたが」
「ちょ、ちょっとどういうこと? ヨウコ先生と幸宮さん、何か関係あるの!?」
「ヨウコは我が組織の一員でな、学校に教師として私と行動を共にしていたんだ」
「まあそういうことだ。許せ、浅羽。カッカッカッ」
運転しながらも高らかに笑うヨウコ先生。
あんまり話したことなかったけど、喋り方が意外と古風なんだな。
「それで今からお前には、我が本拠地に行ってもらう」
「本拠地って…、組織の……?」
「ああ」
「な、なんでそんないきなり……」
「すまない。長がお前を連れてこいと言っていてな。でも言っておいたとは思うが……」
「だからってこんないきなり腹殴られて拉致られるとは思わないじゃん!」
「ごちゃごちゃうるさいのぅ。さっきまで美耶子の膝で寝とった癖に……」
「誰のせいで……! ……待て。幸宮さんの……膝!?」
俺は咄嗟に幸宮さんの方に向き直った。
制服のスカートの隙間から覗く、白く柔らかそうなもち肌。たった今まで、この楽園に自分が頭を預けていたなんて! 惜しむべくは、それを自分が何一つ覚えていない事……。
俺は心の中で血涙した。
「じろじろ見るな」
ほんのり頬を赤く染めた幸宮さんは、スカートの裾を限界まで下に引っ張りながら言った。
「あの、後、どれくらいかかるんですか?」
先程から景色が一向に変わらず山、山、山。ヨウコ先生に気絶させられてからもう既に1時間半は経過していた。
ほぼ森の悪路を走っているせいか、腰が異様に痛い。俺の体は悲鳴を上げていた。
「そうだの〜、もうすぐだ」
「こんなに時間かかるんじゃ、無理矢理連れて来ないで休日にゆっくり来た方が良かったんじゃ……」
拉致されてまで急がなきゃいけないのか?
ふと疑問が浮かんだその時。
「ついたぞ」
ヨウコ先生がいきなり急ブレーキを踏んだ。
道はもうそこで行き止まりになっている。
二人に促され車から降りると、鬱蒼とした林の中に埋もれるようにして石の階段があった。
急勾配な石段は、ほぼ垂直ではないかと思うほど天に向かって伸びていた。
もしかして……。
「まさか、これ登れっていうんじゃ……」
「そのまさかだ」
「あの、俺、まだ身体が痛いんだけど……」
「全く軟弱者だの~。おなごに負けて悔しくないんか」
殴った本人がそれ言う!?
それに幸宮さんは俺とは鍛え方が違うのでは?
「ほれ見てみろっ」
「?!」
幸宮さんは顔を真っ赤にして驚愕の顔をした。
ヨウコ先生が、何と、幸宮さんのセーラー服の裾を持ち上げたのだ。途端に幸宮さんの左脇腹が露になる。
「ちょ、ちょっと! 何してるんですか!」
俺は慌てて両手で自分の目を覆い隠した。ほんとに何してるんですか!
「やめろっヨウコ!」
「……あぁやっぱりな。美耶子、お前かなり我慢してるだろ。当てられてもらっちまったな」
え? 当てられてもらう? 何を言ってるんだ? 聞き慣れないその言葉に指の力が緩み、幸宮さんの左脇腹を見てしまう。
幸宮さんのお腹には一線の切り傷があり、その周りは紫色に腫れ、ひび割れているかのようだった。
「……っ」
幸宮さんはヨウコ先生の手を振り払い、服の裾を直した。
「それにしても珍しいのぅ。お前がここまでやられるとは……。余程心を掻き乱すことがあったらしいな」
ヨウコ先生は幸宮さんの耳元で何かを囁くと、ニヤニヤと俺の方に向き直った。その途端、幸宮さんの顔が真っ赤に染まる。
俺が不思議に二人を見ていると、こちらの視線に気づいたのか、幸宮さんと目が合った。瞬間、幸宮さんはパッと顔を背けてしまった。
幸宮さんに何かしたか? 俺?
そりゃ、キス迫ったり、風呂覗いたり(事故だけど……)果てには脇腹見ちゃったりで……。そりゃ嫌われるか……トホホ……。
少し落ち込みながらも気を取り直して、俺は目の前の地獄の階段に向きあった。
「それより、早く登ろう……」
階段に一歩、足を踏み入れた時。
「ちょっと待て」
「へ?」
「お前、美耶子をおぶれ」
「え?」
「え、じゃない。美耶子は安静が必要だ。この急な階段を登らすのか?」
「ムリムリムリムリ! 幸宮さん抱えて登るのなんて無理だって!」
「ほう。ではわしに美耶子を持てと言うのだな? おなごであるこのわしに」
ヨウコ先生はどう見ても、俺より鍛えているように見えるが。俺が逡巡していると。
「い、いや、私は大丈夫だ、自分で歩ける……ぅくっ……!」
突如として幸宮さんは脇腹を押さえ、座り込むようにして地面に片膝をついた。
「え!?」
先程まで元気そうに見えた幸宮さん。
もしかして、ずっと具合悪かったんじゃ……
そう思い至り、気付かない俺を恥じた。
それに、さっきチラリと見えた幸宮さんのあの傷…どう見ても普通じゃない。ヨウコ先生の言う通り、無理をすれば傷が悪化して侵食していくのかもしれない……。
そんなことを考えているうちに、幸宮さんは階段を登ろうとしていた。
ああもうしょうがねぇなこの子は……!
俺は覚悟を決めた。
「ゆ、幸宮さん。俺の背中に……」
俺は階段の前に中腰で座り、幸宮さんに背を向けた。
「いや、でも……浅羽、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だって……。これくらい」
恐らくひきつっているであろう精一杯の笑顔で幸宮さんに微笑んだ。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「大丈夫か? 浅羽?」
「ああ…、俺は……男だからな……」
幸宮さんをおぶって一歩一歩階段を登る。
正直つらいが、ここでやめたら、男の名が廃る。しかし、登っても登ってもゴールが見えない。
「あのさぁ……これ、何段くらいあるの?」
「そうさの~……216、だな」
「そ、そんなに!?」
き、聞かなきゃ良かった。




