一話 夢の終わりは出会いの始まり? ①
「覚悟しろ! 浅羽祥太郎!」
見ず知らずの女の子が、俺に刃を向け、今にも切りかかろうとしている。鋭く研がれた切っ先が、俺の頭を直撃し──
──というところで目が覚めた。
「夢か……」
最近、変な夢をよく見る。起きるとびっしょりと寝汗を掻いていて気持ちが悪い。
俺は欠伸をしながら、思いっきり伸びをした。
「しょうちゃーん! 起きてる~?!」
外からの声に俺は窓を開けた。二階の部屋の窓から下を見ると、幼なじみの鈴原優希が立っていた。
「まだパジャマなの? 早くしないとまた遅刻するよ~!?」
「今、支度するから、先、学校行っててくれ!」
「ダメ! しょうちゃんのお母さんによろしくねって頼まれてるもん」
「あのな~、俺達もう高校生だろ、いい加減──」
「そんなことより! 遅刻しちゃうよ!」
「はいはい、わかったよ」
俺は急いで着替え、台所にあった食パンを口に投げ込み、家を出た。
「くぁぁぁ~~あ……」
「おっきいあくび~! どうせ夜どうし漫画でも読んでたんでしょ?」
学校に行く道を歩いていると、隣を歩く優希が、夏服のスカートを翻しながら俺の顔を覗く。
「違げぇよ。何か最近、変な夢見んだよなぁ」
「変な夢って?」
「変な女が出てくる夢」
「ふ〜ん。……それって漫画のキャラクターかなんかじゃないの?」
「いや、あんなキャラいたか?」
顎に手を当て考えるも、俺の脳内には剣で襲いかかって来る女の子のことなど、心当たりはまるでなかった。
「いまお母さんが海外赴任中で一人だからって、高一にもなって漫画ばっかり読んでないで勉強したら?」
うるさい小言をお姉さん気取りで延々と喋り倒す優希に、俺は辟易した。
俺より誕生日遅いくせに……。
親父が早くに他界して以来、母は仕事に追われ、海外に赴任中。結局俺は、広い一軒家での優雅な一人暮らしを満喫中なのだが……。
優希のヤツは、やれ、生活がどうの、勉強がどうの、口うるさいのである。
でも、こうして遅刻せずにのんびり歩いていられるのも、毎日のように起こしてくれる近所の幼なじみの存在あってこそだ。
まあ、学校が徒歩圏内ってのもあるが。
「ねぇ、しょうちゃん。聞いてる?」
「何をだ?」
どうやらさっきから何か言ってたらしいが、どうせ小言だろうと聞き流していた。しかし、俺が上の空でいると、必ずと言っていいほど確認して来るので実に厄介である。
俺が聞き返すと、優希は更に声を大にして言った。
「だ~か~ら! 私、昨日聞いちゃったの、先生の話!」
「は?」
「今日、転校生が来るんだって!」
嬉々として語る優希に、俺は呆れ顔だ。
「聞き間違いじゃないのか?」
「ううん。絶対だよ! 先生とこにみんなのレポート持ってったら聞こえてきたの」
「そういえばお前、クラス委員だもんな」
俺はまじめに委員なんぞやっているこいつを心底尊敬する。
肩のとこで結わえた二つ結びが、いかにも優等生らしさを物語っている。
あんな面倒臭そうなの、よくやるよな。
「転校生ねぇ……もう六月も終わりだぞ? おかしくないか?」
「きっと親の転勤とかだよ!」
15分ほど歩くと、俺と優希は、通っている学校『高戸第一高校』へとついていた。
教室に入ると、俺の中学からの腐れ縁の親友・中西健太が話しかけてきた。
「おい! 聞いたかよ浅羽! 今日、隣のクラスに転校生がくるんだってよ!」
中西は意気揚々と言った。俺は少々呆れ気味に、
「今朝、優希から聞いた。……大体二人とも、何で転校生如きにそんなテンションあげられるかね……」
「如きとは何だ!? 如きとは!?」
中西は恍惚とした表情で語り始めた。
「……転校生とは、退屈で平凡な日常に、突如として吹き荒れる一陣の風!! クールビューティーでスレンダーなんだけど、胸はオレ好みのCカップ! の、謎の美少女!!」
「へぇ、女子なのか……。ってか、何でそんな詳しいんだよ…お前……」
「今朝、すれ違ったんだよ! ショートカットの髪がふわっと揺れて、それがまたいい匂いなんだ!」
「すれ違っただけで、よくそこまで……」
「フフ、オレの情報分析能力を甘くみるな」
「その能力をもっと別の事に使ったらどうだ?」
「何を言う! 女性の見極めこそ、オレの人生最大のテーマだ!」
「聞いてねぇよ……」
1時間目が終わると、俺は中西に強引に隣のクラスへと連れてこられた。
隣のクラス、1ーAは、俺達のような野次馬でいっぱいだった。そして例の女子転校生は、クラスの男子と女子に囲まれていて、姿形さえ見えなかった。
「うぬぬ~~! 見え~~ん!!」
中西はドアの隙間から見ようとしたが、囲んでいるクラスの奴らが邪魔で、よく見えなかったらしい。
「残念だったな。まぁ、今は諦めることだ。そのうち会えるって」
俺は中西にそう諭し、クラスへと戻ろうとした。が。
「くそ! こうなったら!」
「へっ?」
なんと中西は、俺の手をむんずと掴み、ドアを開けて、俺をドンッ! と中へと押しやった。
「わわわわ!」
俺は背中を押された拍子に、あの女の子の前までよろめいてしまった。さっきまでいたクラスの奴らは、俺を上手によけて…。
「おい…中西……!」
俺はくちぱくで中西にそう言った。中西は、
「お前の勇気に感謝する!」
と、訳も分からぬことを、同じくくちぱくで返してきやがった。…おのれ中西……!
俺は取り敢えず、目の前の転校生に、ハァイと言ってみた。…何を言ってるんだ俺は……。俯いたままの彼女は、やがて小さな声を発す。
「…ぁ……ろう……」
「へ?」
俺がよく聞こうと、耳を近付けようとしたその時。
「浅羽祥太郎~~!」
突然転校生は、俺の鼓膜を破るかのような大声を発した。俺は、余りの出来事にジンジンする耳を押さえ、五歩ほど後ろへと後退さる。すると彼女は、恐らく自前であろう木刀を右手に持ち、俺に襲いかかって来たのだった!
「ええええー??!!」
このままだとやばい! 咄嗟に俺は、開け放たれている教室のドアから勢いよく飛び出した。
「おい! 浅羽! お前、何言ったんだよ!!」
慌てて廊下に飛び出し走りだした俺に、中西が並走してくる。お前は何でついてくるんだよ?!
「知るか! ただ挨拶しただけだ! …ハァイ、って!」
「それか! それが気に食わなかったんだ彼女は!」
「だからって木刀持って追い掛けて来るか?! 普通?!」
俺はチラリと後ろの方を見やった。見ると彼女は、眉を釣り上げ、三角目をしていて、アスリート並みの足裁きで俺に向かって来る。何故か知らないが、明らかに怒っているようであった。……そんなにあの挨拶が気に食わなかったのだろうか?
「きっと彼女は高貴なお生まれなのだ! だからお前の挨拶に戸惑って……」
「戸惑うならこっちの方だ! それにお嬢様だったら、あんな形相で木刀持って、追い掛けて来たりはしない!」
俺は、隣を走っている中西の足を思いっ切り引っ掛けた。
「のわぁぁぁ!」
拍子に前につんのめる中西。……そう、俺は中西を囮に、時間を稼ごうとした。元はと言えば、お前が俺の背中を押したのが悪い。が、しかし。
バシーン!!
なんと彼女は、中西を邪魔だと言わんばかりに(実際に邪魔だが……)木刀で弾き飛ばしたのだった! あわや中西、有り難く成仏しろ。
「死んでねーよ!!」
いつの間にか俺は、靴下で校庭へと飛び出していた。上履きは走っているうちに何処かで脱げてしまったらしい、と思った瞬間、足が完全に止まってしまっている事に気がついた。
肩で息をする俺がいる。情けないが、日頃の運動不足のせいだな。などと考えているうちに、彼女の足が目の前にあった。
「逃げるのはやめたのか、浅羽祥太郎」
ハァハァと息づかいが聞こえる。どうでもいいが、流石女子。こんな時でもちゃんと外履きに履き替えるんだな。俺は、粗くもその可愛い息づかいのする方へと顔を上げた。
……確かに美少女だった。
慌ててたので、今までちゃんと見ていなかったのだが、改めて見ると、スッと筋の通った鼻に、少しピンク色の唇、少しあがった、でもキツくはない芯の入った瞳。
よくは知らんが、これが所謂、中西の言っていた“ツンデレ顔”というやつか……。この整った顔立ちを、俺は何処かで見たような気がする。
「何故逃げた、浅羽祥太郎」
「何故って、お前が追い掛けて来るからだろ!」
何処かのガキの返答だなこれじゃ……。…あれ? 俺、名乗ってないよな……?
「なぁ、あんた。何で俺の名前知ってるんだ? 俺、名乗ってないよな?」
「……!! ……それは、本気で言っているのか……?」
「は? 本気も何も、今日会ったばかりで、俺はあんたの名前も知らないのに……」
──大体何で俺が君に、追い掛けられなくちゃならないんだ? と、続けざまに言うと、明らかに彼女の様子がオカシイ。どうやら怒りに震えているようだが……。
「あ、あれどうしたの?」
俺が恐る恐る尋ねると、彼女はキッとこちらの方を睨んだ。……目に涙を浮かべて。
「え!? 本当にどうしたの?!」
「……忘れているなら、思い出させてやる!」
「へ?」
あれ? 最近似たようなことが……。
「私の名前は幸宮美耶子! 覚悟しろ! 浅羽祥太郎!!」
そして彼女は、俺に向かって木刀を──。あぁそうだ。今朝見た夢の続きか……。
コーーン!!
高らかな音がしたかと思うと、激しい頭痛に襲われ、俺はそのまま、意識を失った。
……
……
……
目が覚めると、そこは保健室だった。外から漏れる明かりに、既に夕方だと気付く。まだ頭がズキズキする。触るとそこには、恐らく人生最大であろう、たんこぶが出来ていた。
「いってぇ……」
「あ! しょうちゃん! 起きた?」
「……優希。もしかして、ずっとついててくれたのか?」
「うん! で、でも、勘違いしないでよね! 私は、しょうちゃんのお母さんに頼まれてるから仕方なく……」
「あぁ、分かってるよ。」
そう言うと、一瞬優希は、悲しそうな顔をした気がしたが、俺の気のせいだよな。何せまだ頭が痛い。
「……そうそう、もう一人いるの」
そう言ってカーテンの隙間から出て来たのは!
「げっ! 幸宮さん!?」
何処かすまなそうな顔をしているようだが、これも気のせい……?
「私ちょっと、先生に報告してくるね~、しょうちゃん起きたって!」
「え、優希!?」
今、優希に出て行かれたら困る! ガラガラと保健室のドアを開ける優希に声をかけるが、無情にも優希は行ってしまった。
少し気まずい空気が流れていた。もじもじと手をこすり合わせる幸宮さんは、気恥ずかしそうに、
「…さ、先程はすまなかった。その……少々、強く叩きすぎた……」
と言った。少々? 俺は改めて人生最大のたんこぶを触った。…これが、少々……。てゆうか、謝るくらいなら、最初から殴るなっつの! しかも木刀で!
「す、すまない!」
渾身の力を込めてお辞儀をする幸宮さんを、俺はどうしてもただじゃ許せない気がして……。
「…………じゃあ……キスしてくれたら、許してやるよ」
と、とんでもないことを口走ってしまった。それもこれも、頭が痛いせいだ。幸宮さんの方を見ると、また震えている……。まずい、また殴られる!!
「じょ、冗談……」
「…いいぞ……」
「へ?」
い、今、なんて言った? 『いいぞ』? また気のせいか? 幸宮さんは頬を赤らめ、やがて俺の身体に跨り……、って、えええ?!
「ゆ、幸宮さん? 今のは冗談だから……」
「いや、確かに私も悪かった……だがお前も悪いのだぞ? 私との“約束”どころか、あまつさえ、私のこと自体も忘れてしまうのだからな」
「や、約束? とにかく、落ち着こうよ幸宮さん」
幸宮さんは俺の制止も聞かずに言った。
「昔の事を忘れているみたいだが、まぁ今は、これで許してやる」
「いや、それ俺が言い出したことで……」
そう言うと幸宮さんは、俺の顎に指を添えて……。
俺は易々と唇を奪われていた。
……柔らかな唇の感触、いい匂いのする髪。その時間は、長いようで短い。というか、俺は男で、幸宮さんは女で、本来唇を奪うべきは、男の俺のはずなんですけど?!
学校の帰り道、俺は優希と二人で家への道を歩いていた。
「ねぇ、しょうちゃん。……幸宮さんと何かあったの?」
「へ?! な、なんで!」
うわずった声で俺は、明らかに動揺してしまう。
「だって、私が保健室に戻ったら、何か微妙な空気になってたし、それに二人の顔、真っ赤だった! もしかしてしょうちゃんと幸宮さん……!」
ごくっと息を飲み、次なる言葉を恐る恐る待ってみる。すると優希は、俺のおでこに手を当てて……。
「熱は……無いけど、風邪引いたの?」
「へ?! あぁ、いや、その」
「風邪は引きはじめが肝心なんだから!」
「あぁ、わかったから……」
「おなか出して寝ちゃだめだよ!」
「はいはい」
じゃあねと言い、手を振る優希が、家に入って行くのを見送ると、俺はふっと、胸を撫で下ろしたのだった。
俺は学校から帰るとベッドに横になり、いつの間にか眠ってしまった。
…………
…………
…………
(しょうちゃん……)
何だろう
懐かしい……。
⎯⎯⎯でも……。
(そんなんじゃ俺より強くなれねぇぞ)
顔が……。
見えない……。
…………
…………
…………
ドタ! カン! カン!
ん? 何か外が騒がしいな。
あれ、今見た夢何だっけ。
まあいいか。
時計を見ると、もう午前0時を回っていた。
「誰だ? こんな時間に……?」
俺は自分の二階の部屋の窓から外を見る。すると、
「へ?」
ふわっと目の前を飛ぶ人影の姿。服は所々破れていて、手には木刀を持っていた。そしてそれは、今日転校してきた、幸宮美耶子の姿だった。
幸宮さんは一瞬、俺と目が合う。そして、何と部屋の中に入ってきた。
「浅羽!」
「ゆ、幸宮さん? 土足……」
俺の言葉を聞かず、幸宮さんは、ヅカヅカと俺に近寄る。だが、
「くっ……」
と、腹を押さえたかと思うと、その場に座り込んだ。
「ど、どうしたの!?」
「油断した。よもやあんな強敵とは……」
見ると幸宮さんの左脇腹からは、こんこんと血が流れていた。
まるで鋭い刃物か何かで切られたみたいな一直線な傷……。結構な深手だった。
「浅羽、お前に頼みがある。私の代わりに奴を倒してくれ。あいつは神社の方に逃げて行った」
「い、一体何のこと? 奴って誰?」
「昔私に勝ったお前なら、出来るはずだ。巻き込んですまないが……頼む」
そう言うと幸宮さんは、俺の部屋の真ん中で気絶した。
「ちょ、ちょっと! 何と戦ってるんだよ?!」
俺は意を決して、幸宮さんが持っていた木刀を掴むと、家を飛び出し、神社の方へ走って行った。
(どうしてだ? 俺は何故走ってる……?)
しかし、女の子から頼みごとをされては、この浅羽祥太郎、断る訳にもいかない。女の子の希望は出来るだけ叶えてやりたいのが、俺の心情だ。男は知らんが…。
俺は、全速力で神社の階段を登っていた。
普段運動不足の俺は、100段はあろうかという階段を、汗だくで登りきる。
神社の境内の真ん中には、異様な顔をした人物が立っていた。
血色が悪く、何処か紫色の顔色をした男に、俺は声をかけた。
「あ、あの~? こんな所で何してるんですか?」
それは自分にも言えることだが、ここはひとまず置いとくとして。
男は俺の問いには何も答えず、俯き加減で、フラフラと左右に揺れている。酔っ払ってるのか?
俺がそう思い、一歩近付いたその時。
「ギャー!!」
男は天に向かって奇声をあげ、俺に向かってきた。
「え? え? え?」
男が俺に拳を振り上げ襲ってくる。
俺は咄嗟に持っていた木刀で受けると、今度は足技を出してきた。それも受け、次々に繰り出される攻撃に耐えていたが、やがて木刀が手から弾き出される。そして。
コーン!
俺の頭に男の足が直撃したかと思うと、俺は地面に仰向けになった。
意識が……遠退いていく……。
「浅羽ー!!」
遠くの方で、幸宮さんの声がした。




