八話 歪んだ ③
見違うほど憔悴しきったその姿に、俺は全身の毛が逆立つほどの怒りに襲われ、思わず少年を激しく睨み付けた。少年は不愉快そうに顔を歪めた後、振り向きざまに、その場から脱兎の如く逃げていった。
「待て!」
逃げる少年に気付き、神井さんは直ぐ様その後を追い掛ける。
──幸宮をこんな目に遭わすなんて……!
今までに感じたことのない鋭い怒りが、俺の心の中を埋め尽くしていた。
「椿さん! 幸宮と優希のことお願いします!」
「う、うん! 分かった!」
「え、しょうちゃん?」
優希の不安げな顔が、俺の目の端に映る。
俺は一緒にいた椿さんに、抱えた幸宮を託し、神井さんの後を追い掛けた。
少年と神井さん、二人の姿を見失わないよう、必死に足を運ぶ。 黄昏時だった夕暮れもすっかり闇に消え去り、冷たい風が肌を通り抜けていく。いつのまにか外は夜になっていた。太陽が完全に沈んだ空は、昼間の時とは打って変わり、肌寒いほどの気温なのに、何故か俺の体の中は熱く燃えたぎっていた。
少年と神井さんは誰もいない、子供の帰った薄暗い公園で相対していた。
一歩遅く到着した俺は、神井さんの横に木刀を構えながら、少年と対峙する。三人とも肩で息をし、ハァハァと呼吸を整えると、突然、少年が短く笑った。
「ハハッ」
頬の汗を顎のあたりまで垂らすも、拭きもせず、少年は静かにけれど嘲笑的に続ける。
「追い詰めたと思った? 違うよ。追い詰められたのは君たちの方」
「!?」
「──見て」
少年は藍色の袋を二つ取り出し、その中身を手に転がした。
「──ボクのパパとママ、こんな姿になっちゃった」
その手のひらに握られたものは二つの骨──喉仏のような小さな欠片だった。
「!!」
息を飲むしかなかった。神井さんからも、驚愕したような空気のピリツキが感じられる。
一瞬にして俺たちは子供の空気に呑み込まれていた。
「きて、パパ、ママ」
少年は手に転がした骨を空中へと投げた。そして更に先程幸宮に取り付けた謎の蜘蛛を二匹、空中に放り投げる。するとその蜘蛛は、少年が放った喉仏のような小さな骨に取り憑き、吸い込まれるように一体化した。
骨は宙に浮いたまま、その周りに光の膜を形成する。
そしてそれは、二体の大人の骸骨になっていった。
「すごいでしょ! これも全部お姉ちゃんが教えてくれたんだ! お姉ちゃんは色々教えてくれる! 君たちを倒せば、もっとすごいことも! そしていずれはパパとママを生き返らせる方法だって!」
ギラギラとした目を見開き、少年は興奮した様子で俺と神井さんを見ていた。しかし、
「人間は生き返りはしない」
「え?」
今まで静かに、事の成り行きを見守っていた神井さんが冷静に呟く。
「それは本当にお前の親か?」
「な、何言って……」
「一言も喋らず、お前をそうやって危険にさらす。それの何処が親なんだ?」
【…………】
少年の目から色が消える。少年はただ静かに目の前の二体の骸を眺めていた。何も喋らない、ただの真っ白い骸骨。両親の面影などないであろう、それを。
しかし、少年は下を向いて黙りこくっていたかと思うと、苦々しく呟いた。
「うるさい……」
「え、」
「うるさいうるさいうるさい! お姉ちゃんが嘘つくはずないじゃないか! お姉ちゃんは絶対なんだ!」
それは幼さ故の狂気なのか。
凄まじいまでの気迫が、少年の顔からこぼれ落ちていた。一瞬にして豹変した少年は、俺たちに指を差して叫んだ。
「パパ! ママ! こいつらをやっつけて!」
【…………】
二体の骸骨は、肋の骨を一本おもむろにへし折り、それを右手で構えた。
「──!?」
と、同時に手に持った骨が光に包み込まれていく。それは徐々に形状変化し、最終的には鎌の形を形成した。
二体の骸骨が、同時に鎌を作り終えた瞬間、俺と神井さんの前に躍り出た。
「──浅羽!」
一瞬にして間合いを詰められ、俺は反応すら出来なかった。直後、突然横に押し飛ばされた俺は、公園の土の上に尻もちをつき、襲ってきた鎌の攻撃から間一髪、難を逃れた。見ると、神井さんが、俺がたった今立っていた場所に、俺と入れ違うように立っていた。結果、俺が受けるはずだった鎌の攻撃が神井さんに当たってしまう。
「──っ!」
「神井さん!」
「服が破れただけだっ!」
地面に転がりながら、神井さんの細いながらも、大きい背中を見上げる。
俺、もしかしなくも足手まといだったんじゃ……。
そんな思考が俺の頭を過った。立ち上がり、神井さんの横に立つも、情けなさが俺の木刀を震えさせる。
そんな気配を知ってか知らずか、神井さんは目の前の骸骨から一寸も目を離さず静かに言った。
「浅羽っ」
神井さんは木刀を地面に突き刺すと、おもむろに袖口から紐を取り出す。それを口に咥え、髪を上の方に括りあげ、一つ結びを作った後、木刀で空を斬った。
「──やるぞっ」
「はいっ……!」
神井さんは眼前の骸骨へと狙いを定めるように、左手の木刀を真っ直ぐ前に突き出した。
俺と神井さんは背中合わせに骸骨を見据える。
二体の骸骨が走り出すと同時に、俺たちは背を離し、左右に飛び散った。
公園の砂埃がザリッと音を立て、それぞれの骸骨が俺と神井さんに襲いかかる。
一対一の体勢になったが、どうすればこの骸骨が倒せるのか俺には見当もつかない。
右手から振り上げられた鎌を何とか躱すも、受け止めれば木刀に刺さりそうだ。どう躱し、どう倒すか、俺は避けるだけで精一杯になっていた。その時。
──ガキッ!
神井さんの木刀の、何段突きかもわからない突きが、的確に骸骨の骨と骨の関節を突き、骸骨はその場でバラバラになった。
一瞬でやっつけたのか──?! やっぱり神井さんは凄すぎる──
そう、俺が感心した時。
「え!?」
「なん、だと──!?」




