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八話 歪んだ ①

 

 文化祭当日

 慣れもしない文化祭委員を森野に押し付けられ幾星霜(いくせいそう)。俺の苦労も漸(ようや)くこの日に終わると思うと、感慨深いものがある。お昼を過ぎた13時頃、俺は校庭で、皆の出す屋台を眺めながらしみじみと頷いていた。


 ──二度とやりたくはないが!


「よお! 社畜殿!」


 俺が模擬店のゴミ箱の指導や、周囲の見回り、トラブルの対応など、あくせくと馬車馬(ばしゃうま)のように働く中、中西はこの文化祭を満喫しているようで、右手にはフランクフルト、左手にはわたあめ、手首にはビニール袋に下げた焼きそばなど、俺に見せつけるようにこれでもかと、買い食いを楽しんでいる。


「お前、部活の方の出し物とかいいのかよ?」


「オレたちの部活は写真の展示だけだからな。まあ、この後、後夜祭で写真撮ったりするが、それまでは暇だしなっ」


 自分の当番も終わり、後は文化祭を満喫するだけの中西。対して俺は、文化祭の終了時間まで拘束され、トラブル続きで昼飯もろくに食えていなかった。

 そんな中、中西が目の前でフランクフルトをちらつかせ、更に煽ってくる。


「いやあ、ご苦労! ご苦労! オレたちがこうして楽しめるのも、陰の功労者のお陰だよなぁ、うんうん」


「中西……てめぇ……」


 ケチャップのついたおいしそうなブツを、鳴る腹に任せ、俺は獣の如く、中西に飛びかかった。


「そのフランクフルトよこせ!」

「おっと!」


 噛みつくように中西を襲ったが、中西はそれをひらりと躱(かわ)す。直ぐ様、盗られないようにフランクフルトを口に含んだ中西が、それを頬張りながら目線を俺の後ろに向けた。


「オレのことより後ろを見たらどうだ?」


「へ?」


 そう言われ、振り向いた瞬間に、何かが口の中に入ってきた。

 フランクフルトのケチャップの香りと、濃厚な肉の旨味が、俺の口いっぱいに広がる。


「ふひみや(幸宮)」


 何とも間抜けな声が俺の喉から発せられた。


「あ、ごめん、つい……」


 フランクフルトを俺の口に突っ込みながら、顔を赤らめ、苦笑する幸宮の顔がそこにはあった。

 「つい……」で、人の口にフランクフルトを突っ込むほど、俺が腹減ってそうに見えたのか?

 俺はごくっとフランクフルトの先っぽを飲み込んだ。


「幸宮。幸宮も休憩か?」


「いや、私のクラスは──」


 幸宮が照れながら何かを言おうとした時、


「お、やってるね!」


 見知った声が俺の耳に響いてきた。俺と幸宮と中西の三人は校門の方を振り向く。


「椿さん! それと……」

 ゲッ!

「か、神井さん……」


「お前今、“ゲ”、と思っただろう?」


「い、いえ、そんなことは……」 


 思いっきり顔に出てたのがバレ、俺は思わずその場を後ずさった。中西は神井さんの鋭い目付きに圧倒され、そそくさとその場から逃げていく。

 神井さんは疲れたように嘆息した。


「椿の奴が行くと五月蝿(うるさ)くてな。私は正直、来たくもなかったが……」


 腕を組んだ神井さんは、相変わらず眉根を寄せ、不機嫌そうに周りに目を遣った。

 周りの女子高生たちは、神井さんの端正な風貌に、好奇の目を向けている。


「別についてこなくてもいいのに……」


 そんな不機嫌な兄を、椿さんはぶぅ、と不満気に頬を膨らませ見ている。


「こんな不埒な輩がいる高校に、妹一人、狼の群れに放すようなことを出来るわけがないだろう」


 そう言って、腰に下げてある木刀に手をやり、神井さんは何故か俺を猛烈に睨んだ。この人は、何故いつも剣道着姿なのだろうか。木刀も欠かさず携帯してるし……。


「それより何だ? 貴様の格好は? そんな格好をして、情けなくはならないのか?」


「こ、これは、自分のクラスのホラー喫茶の宣伝も兼ねてて……」


 よりにもよって狼男のアニマルフード──!


「もう! 兄さん! 浅羽くんに絡んでないで行こうよ! 私、わたあめ食べたいっ」


 椿さんは神井さんの袂(たもと)の裾を引っ張り、わたあめの屋台を指差す。が、神井さんは更に俺に顔を近付けた。


「いいか? 私はこれから椿と屋台を見るが、お互いに干渉は無しだ。お前みたいな浮かれた──」


「はいはい、行こうねー」


 椿さんは笑顔で神井さんの腕を掴み、引きずるようにして人混みの中に消えていった。

 そんなにこの狼男、似合ってなかったのだろうか? 俺は気まずさから、その被り物をこっそりと脱いだ。


「ホラー喫茶、浅羽のクラスは楽しそうだな」


 先程の俺の食べかけのフランクフルトを、いつの間にか完食し、幸宮はぽそっと呟いた。

 ──あれ? 何か引っ掛かったけど……まぁ、いいか。

 俺は深く考えることもなく、隣でのほほんと現実逃避でもするように、屋台を眺めている彼女の横顔を可愛く見守る。


「幸宮のクラスは何やるんだっけ?」


 そういえば聞いてなかったな、と思い、そう訪ねる。すると、


「私のクラスは……」


 幸宮は食べ終わった串をくるくると右手で弄(もてあそ)ぶように回し、目線を少し下へと向けながら言った。


「……演劇」


「え? 幸宮何の役!?」


「それが……。何故か満場一致で宮本武蔵の役になってしまった……」


 苦笑し、左手で自身の頬を触るように掻くと、幸宮は不本意そうに眉を下げる。


「へ、へぇ……」


 案外似合いそう。


「それで浅羽にお願いがあるんだが……」


 言いづらそうに「えっと……」と、口淀みながら、幸宮は下から俺の顔を覗く。


「浅羽の木刀、貸してくれないか?」

「へ?」


「実は演劇用に使っていた小道具の模造刀が壊れてしまってな……。私が力を入れすぎたせいで……二本とも」


 幸宮は恥ずかしそうに目を左右に揺れ動かし、続けた。


「それで直してる時間もないし、急遽木刀でやろうって話になって、一本は私の木刀があるのだが、もう一本が……」


「それで俺の木刀を借りたいと」


 幸宮の言いたいことを汲むようにして、俺はそう先を促した。


「うん、良いよ。今持ってくる」


 俺は今日、木刀を携帯していない。あんな嵩張(かさば)るもの、委員の仕事の邪魔になるだけだからな。荷物は学年ごとに使ってない教室に一纏めにしてある。だから先生から鍵を預かり、取りに行く必要があった。


「あ、私も一緒に行く」


 職員室で先生から鍵を預かった後、幸宮とそこへ向かった。

 教室の隅、自分のリュックに立てかけてあった木刀を掴むと、幸宮に渡した。


「ありがとう。終わったら返すから」


 何処となく嬉しそうに幸宮は顔を綻ばせる。劇が無事に出来ることに安堵したのかな? 

 ──幸宮が宮本武蔵か。きっと可愛いのだろうな。


「見に行きたいけど、この後、また見回りして、クラスの方にも顔出さなきゃだからな……」


 ポツリとそう言うと、幸宮は慌てて、両手を前に思いっきり伸ばして振った。


「いや、来なくていい!」


「へっ?」


「いや、その……恥ずかしいから……」


 顔を赤く染め、口ごもって言う様(さま)は、いつものクールな幸宮とは違い、100倍ほど可愛く見える。


 ──もう、絶対行く!!






 見回りを終え、俺はクラスの方に顔を出した。

 普段の1ーBの様子とは違い、店内は薄暗く、暗幕が窓に張ってある。更に、雰囲気を出す為に、灯りはテーブルの上のスカルのLEDキャンドルライトと足元の間接照明のみ。屋内は火禁止で、飲み物はポットで入れた紅茶とジュースなど。あと、お茶うけに市販のお菓子がついてくる程度だ。

 皆一様にハロウィン仕様で、ホラー喫茶というより、ハロウィン喫茶のようだ。百均にあるハロウィングッズを片っ端から掻き集めたような室内では、それぞれゾンビや魔女、ホラーマスクといった格好をしたクラスメイトたちが、給仕を楽しんでいる。


「あれ? 浅羽じゃん!」


「委員おつかれー」


 クラスの女子、石田と佐藤が俺の姿を見るなり、入り口に駆け寄ってきた。


「優希は? 一緒じゃないの?」


 俺の後ろを石田がキョロキョロと確認するように覗いた。優希の友達にしては少々派手過ぎる二人組である。


「優希の奴は今別件で体育館に行ってるけど?」


「ふーん?」


 俺が一人なのが分かると、石田と佐藤が二人して顔を見合わせた後、猫のように口をニマニマとさせた。


「あんたさぁ、優希とどこまで進んでんの?」


「はあ?」


「最近また一緒に登下校してるじゃん。あんた何がしたかったの? わざわざ優希のこと傷付けて」


 石田と佐藤にギロリと睨まれたが、部外者に話せることなど、何もない。途端に俺は反論しようとしたが、


「い、いや、お前らには関係な──」


「関係あるよ! 優希はうちらの友達だよ! あんたにはホント勿体無いくらい!」


 食い気味に二人から異様に凄まれて、俺はたじろいだ。


「でも優希があんたと居たいみたいだし。うちらとしてはそれを応援しなきゃじゃん?」


「くっついたり離れたり、あんまりうちらをやきもきさせるんじゃないっての!」


 佐藤が俺の腹に、唐突にエルボーを直撃させてくる。


「うっ!」


 何なんだよっ。普段絡みもしてこないのに……!

 これだから陽キャは……。

 でも反論するとまた面倒なので、俺は黙って腹を擦った。


 俺が痛む腹を優しく撫でていると、佐藤がぽそりと何かを呟いた。


「全く──優希もこんな奴の何処が好きなんだか……」


「は? 何か言ったか?」


 ぽそっと伏し目がちに囁く、微(かす)かな佐藤の声は、俺にはわずかに届かなかった。


「何でもなーい! それより! あんたも来たんならちょっと手伝ってもらうから!」


「はあ? 俺これから幸宮の劇──」


「ごちゃごちゃ言わない!」






 佐藤に強引に連れていかれ、俺はクラス内を見回す。客席はほとんど埋まっているものの、給仕係りの人数はやりたい人が多く、人数は充分過ぎるほど足りている。俺は委員だからクラスの手伝いは免除されてるはずなのに……。これ以上、何を手伝えっていうんだ? 

 忙しく働く生徒を横目に、ただ突っ立っていると、「邪魔!」と、女子の冷淡な声が、俺の横を通り過ぎた。


「浅羽、ちょっと来てくれ!」


「何だよ?」


 薄暗い教室の端っこ、床に座っている田中が、なにかと格闘しながら俺を呼ぶ。見ると、手にはスカルのキャンドルが握ってあった。


「お前こういうの得意か? こいつだけ、どうしても灯りが弱くてよ」


「壊れてるんじゃないか?」


 俺がそのキャンドルを間近で覗こうとしたその時。


〖…………フフフ〗


「へ?」


「浅羽何か言ったか?」


「い、いや……」


 ひんやりとした冷たい感触が俺の頬を撫でる。暗闇に溶けるようなその声に、俺は思わず後ろを振り返った。

 マジで本物出やがったのか!? 俺が身構えたその瞬間、客の座るキャンドルライトが激しく点滅し始めた。


「え? 何!?」


 クラス中がざわつく中、飾ってある灯りという灯りが明滅を繰り返し、だんだんと早さを増していく。眩しい程の尋常じゃないその動きに、客も生徒もざわざわとどよめいていた。

 窓も開いてないのに暗幕のカーテンが揺れ始め、段ボールで出来たハロウィンのカボチャの飾り物が、左右にカタカタと揺れ動いた。

 そうして、ひとしきり輝いたと思ったら、やがて何事もなかったかのようにゆっくりと明滅した後、その現象はピタリと収まった。


「何だったの……?」


「あ、何か直った」


 皆がそう囁き合う中、田中の持っていたライトがゆらゆらと揺れた。

 危機は去ったか? 

 そう思い、俺がほっと安堵の息を吐いた束の間。


〖……あ・さ・ば・くん……〗


「ギャーーー!!」


 耳元で囁かれたのと同時に、フッと息を吹きかけられ、俺は思わずその場にひっくり返った。


「え? どうした?」


「浅羽うるさい!」


 視(み)える俺の気持ちなど知りもしない佐藤に、理不尽に責められる。ひっくり返った先、髪の毛が顔を撫でる感触がした。


 ──まだいる! 俺は思わずぎゅっと目を瞑った。


〖……私よ、私〗


「はえ?」


 恐る恐る目を開けると、そこには髪の長い女性の幽霊が、前髪で顔の半分を隠し、俺を凄むように上から凝視していた。


「ギャーーー!!」


 誰だよ! あれ? この顔……


「さ、サヨさん!?」


「浅羽さっきから何!?」


「い、いや何も……」


 俺は部屋の角っこで、誰にも気付かれないよう、壁に体を向け、サヨさんとこっそり話しをした。


「何でサヨさんがここに?」


〖今日偶然聞いちゃったのよ。椿たちが文化祭とやらに行くって。それで憑(つ)いてきてみたら面白そうなことやってるじゃない? だから盛り上げてあげたの〗


「ありがた迷惑です!」


〖せっかく来たのに……〗


「お願いだから帰って下さいっ」


「浅羽? さっきから何ブツブツ一人言言ってんの?」


「ねえ、何あの人……」


 客の数人がヒソヒソと頭のおかしい奴でも見るみたいに、眉根を寄せ、俺を見ていた。その様子を見た佐藤が呆れた顔で、


「あんたがいると客が逃げるわ。もう邪魔だから他のとこ行って」


 呼んどいてその仕打ち!? しかし、時計を見ると、既に幸宮の劇が始まっている頃。俺は何とかサヨさんに帰ってもらい、急いで体育館へと向かった。






 幸宮のクラスの劇は、タイムスケジュールによると、十五分くらいだったよな。もう五分も過ぎてる……。

 そう思いながら、俺は静かに体育館へと入っていった。


 劇は途中からだったが、ちょうど、幸宮扮(ふん)する宮本武蔵が、佐々木小次郎と一触即発する場面であった。

 紺色の袴に身を包んだ幸宮は、二本の木刀を腰に差し、舞台の上手側に立っている。

 一方、佐々木小次郎の役の子は、鮮やかな深紅(しんく)色の羽織を着て、舞台の中央で、幸宮と相対していた。小次郎役の子も何と女性だった。あれ、小次郎の役、持ってるのマジで本物の物干し竿かよ! 自宅から持ってきたのか?


 時代劇風の尺八の音が鳴り響くと、舞台上の二人は間合いを取りながら喋り出した。


《もう、遅いぞ武蔵! 何時間待たせるんだ!》


《ごめんごめん。ちょっと車が渋滞しちゃって……》


 その途端客席から、密かな笑い声が体育館内に響いた。


《ワシは怒ったぞ! 決闘だ!》


 佐々木小次郎役の子が、手に持った鞘を捨てた瞬間、幸宮がほんのりと頬を染め、二本の木刀を振りかぶった。


《──わ、我は、宮本武蔵! さ、佐々木小次郎破れたり!》


 ぼ、棒読みー! 俺は思わずプルプルと肩を震わした。緊張で上ずった声が広い空間に反響する。何とも可愛らしい宮本武蔵だな。

 しかし、剣の打ち合いが始まった瞬間、そうとも言ってられなくなった。

 小次郎役の子も凄いが、幸宮の剣技が一段と冴え渡っている。先程の演技とは違う豹変ぶりに、会場内がシーンと静まり返っていた。幸宮は二本の木刀で物干し竿を受け止め、それを鮮やかに弾き返した。カンカンというステンレス製の高音が辺りに鳴り響いていた。


 え? マジで決闘してる?


 そんな緊迫感が会場内を包んでいた。白熱する試合に、皆の空気がピリッと伝わってくる。

 そうして、ひとしきり打ち合った後、幸宮が二本の木刀を天高く掲げ──


 ブー! ブー!


 その瞬間、俺のスマホが腰の辺りでブルブルと震えた。

 何だよ、いいところなのに……。


「もしもし?」


 不満げに電話に出ると、他のクラスの委員が、切迫した様子で声を荒らげていた。


「は? ケンカ?」


 電話口からのがなり声に、思わずスマホを遠ざける。

 次々から次へと何故こう問題ばかり……。ホント、文化祭委員なんてやるもんじゃない。

 幸宮の雄姿を見れないのは名残惜しいが、対応しないわけにもいかず、俺は舞台の上の幸宮を振り返った後、ひっそりと体育館を後にしたのだった。


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