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七話 浅羽、放火犯説 ③


「迎えに来たよぉ、浅羽ちゃーん」


 その声に思わず俺もドアの外へと駆け出す。一瞬、若い刑事の「こらっ!」という制止する声が聞こえたが、そんなのはお構い無しだ。

 ドアの外では加賀美が右手を上げて、呑気に笑いながら立っていた。


「加賀美!?」


「なっ、お前は……!」


 係長は加賀美の顔を見るなり、目をひんむいた。え? 知り合い? そしてその目を、後ろにいる俺と加賀美の両方に交互に向けたあと、顔から力が抜けたように脱力していった。 


「──っか! そういうことかっ……」


 妙に納得したように額に手を押し当てると、肩を落とし、係長は先程の取調室の方を指差した。


「あぁ~、君はもう良いから、あそこの荷物持って帰りなさい」


「へ?」


 いきなり何だよ?






 警察署の前。

 その荘厳であり、無機質な四角い建物を、恨みったらしそうに見つめた後、俺は横でニヤニヤと不気味に笑っている加賀美へと向き直った。その視線に気が付くと、加賀美は口に笑いを含みながら、


「災難だったね、浅羽ちゃーん」


 災難とは言いながら、どうみても面白がっている顔だ。


「でも、どうして加賀美さんがここに?」


「連絡が入ったんだよ。君が放火犯に間違われて警察に連れてかれたって」


「え? 誰から?」


「うん? 道にいる幽霊たち」


「へ?!」


 何の連絡網だよ。監視でもされてるのか? そう思ったが、俺の周りに今のところ幽霊はいない。

 加賀美を訝しげに見つめたが、俺は取り敢えず、もう一つの気になることを訊いた。


「加賀美さん、警察と何かあったんですか? 知り合いぽかったですけど」


 すると加賀美はやけに胡散臭そうな笑顔でにこっーと笑い、


「それはね……秘密」


 と、人差し指を口元に持っていった。その後、加賀美は何やら白衣のポケットをまさぐり出した。


「今後 こんなこともあるかもしれない。その時の為に、はい」

 

 ポケットから出されたのは、完全に隠し撮りされた俺の写真が貼ってある、紙で出来た免許証のような、許可証のようなモノだった。


「何ですか……これ」


 何で写真隠し撮りなんだよ……。受け取りながら、自分の写真写りの悪さに辟易とする。隠し撮りする必要性を感じない……。みんなもこういう写真なのか? もしかして俺だけからかわれている?


「これ見せれば、今回みたいなことは起こらないから。この業界色々あるからね~」


 もっと早く渡してくれれば、あの固い椅子に腰をさすりながら座らずに済んだものを……。俺は加賀美を一睨みした。


「ごめんね。渡しそびれちゃったよ。もうとっくに出来てたんだけどねっ」


 わざとだ! こうなること分かってわざと今渡したな! 加賀美!

 心の中で叫んだが、加賀美の飄々とした態度に、いい加減諦め、俺はそれをポケットの中にしまうのだった。






「よぉ! 浅羽! 昨日の取調室のパイプ椅子の感触はどうだった?」


 優希と離れ、教室の自分の席に座ろうと思った途端、中西が俺の肩に手を組んできた。いかにも、からかいがいがあるとでもいいたげに……。


「はあ? 何でお前が知ってんだよ?」


「オレの親父、警察官だってのは前に話したよな? 昨日お前を署で見かけたらしい。『浅羽くん何かしたのか』っ言ってたぞ」


 はあ……。俺の個人情報保護法は何処行ったんだ……。

 額に手を当て苦悩する俺を見ながら、中西は嬉々として続けた。


「で、お前何やらかしたんだ? とうとう盗撮か?」


「お前じゃないんだからやるわけねぇだろ?」


 しかも、あまりにもでかい声で喋りやがって。

 案の定、俺たちの会話がクラスメイトに筒抜けだったのか、ヒソヒソと女子達がこちらを向いて眉をひそめている。


「あんまりでかい声で話すなよ。ただでさえ、図書館の件で心証悪いのに……」


 不貞腐れながら、椅子にドカッと座る。木の椅子の固い感触が、これまた腰に響く。結局あの刑事、三時間も俺を尋問しやがって……!


「席につけー」


 ガラガラと森野がドアを開け、一つに結んだ髪を揺らしながら入ってくると、教壇の前に立ち、出席確認をした後、自身の腕時計を見た。


「さて、今日のロングホームルームは、文化祭の出し物についてだ。実行委員、前へ出ろ」


 森野が偉そうにそう言うと、俺は渋々立ち上がり、優希と前へ出た。すると、それをざわついた様子で見るクラスメイトたち。


「え? もう実行委員決まってるの?」


「こういうのってまずはクラス委員が候補を決めるんじゃなかったか?」


 そんな声も聞こえてくる。

 そんなざわつく生徒を制すように、森野が一つ咳払いをした後続けた。


「俺の粋な計らいにより、もう既に実行委員は決めてある。どうせお前たちは、面倒事は押し付け合うと思ってな」


 森野の奴、自分が面倒だからだろうが!


「さて、俺はこっちで見てるから、お前ら好き勝手に討論でもしろ」


 教壇の隣の、柔らかそうな先生用の椅子にドカッと座ると、机に肘をつき、そこに顎を乗せて、森野は軽くあくびをした。

 ちっ。森野の奴、自分が面倒押し付けてるだけじゃねえか! そう思って睨んだが、直接言える筈もなく、俺は一つ咳払いをして言った。


「えっと、そういうわけで……」


 ──何がそういうわけなんだか。


「俺と優希が、不本意にも文化祭委員に選ばれたわけだが……。みんな、やりたいこととかあるのか?」


 俺がそう言うと、優希はチョークを持って黒板に何やら書き始めた。


『文化祭の出し物について』


 縦書きに綺麗に整えられた文字でそう書くと、優希は再び前を向いた。すると、


「はい! オレ、メイド喫茶! 高校入ったらやりたかったんだよな~!」


 中西が立ち上がりながら、素早く手を上げ、嬉々として叫ぶ。


「却下。それじゃあ女子だけ大変じゃん!」


「それ中西が見たいだけでしょ?」


 クラスの女子たちが口を尖らせて中西をそう揶揄する。それに触発されたのか、クラスメイトたちは口々に言い放った。


「私は男女逆転喫茶かな? 男子が女子の格好して、女子が男子の格好するの」

「えぇ~!」

「お化け屋敷とか」

「演劇は?」

「簡単に展示とかでいいんじゃね? 楽だし……」


 次々と出る意見に、優希は大忙しで黒板にそれを書いていく。


「待て待て、いっぺんに喋られても……」


 後ろの優希が慌ててるのを見た俺は、手を前に出し、皆を静めようとした。


「じゃあ浅羽は何がやりたいんだよ?」


「お、俺?」 


 目の前の男子が気だるそうに背もたれに寄りかかり、椅子を揺らせながら、俺に投げ掛ける。

 そういえば昨日、たまたま見たテレビで、面白そうなのやってたな。


「俺は……、気配切りかな……」


 ツキビト退治の練習にもなるし。

 ポリポリと頬を掻きながら、小さい声でそう呟くと、女子の一人がそれを遮った。


「ねえねえ! お化け屋敷と喫茶掛けて、ホラー喫茶ってのはどう!?」


「へ?」


「面白そう!」

「部屋薄暗くして、みんなで仮装して!」

「ちょうどハロウィンも近いし最高じゃん!」


 テンションが上がったクラスメイトたちは、矢継ぎ早にそう言い合い、俺を無視し、皆で盛り上がっていた。


「え、ちょ、ま……ホラーは……」


 蒼白した顔で、蚊の鳴くような声で呟く俺だったが、誰一人、俺の意見など聞こえてはいなかった。


「ホラー喫茶に決定!」


 女子の一人が高らかな声で拳を突き上げ、そう宣言すると、途端に沸き立つクラスメイトたち。


(本物出たらどうすんだよ~~~!!)


 しかし、俺の心の叫びも虚しく、無情にも文化祭の出し物はホラー喫茶に決定してしまった。


 それから時は過ぎ、忙しかった文化祭委員の労働も報われようとしていた頃、俺たちは今までにないくらいに大変な事態に巻き込まれることになる。


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