七話 浅羽、放火犯説 ②
皆がそれぞれ雑談を興じてる中、ガラッと、教室のドアを開け、森野が入ってくる。
「席につけ」
教壇の前に立つ森野は皆が席についたのを確認した後、俺と優希の方を順々に一瞥し、咳払いをした。
「あ~、浅羽、鈴原。始業式の後、職員室に来るように」
「へ?」
どことなくきまりが悪そうな顔をしていた森野は、そう言い終えると、始業式の段取りの説明に移っていった。
始業式が終わり、バタバタと教室でプリントやら問題集をもらい終え、荷物整理に一段落した俺たちは、一足先に出ていった森野の待つ職員室に入っていった。
椅子に座っていた森野は、俺たちの顔を見るなり、待ってましたと言わんばかりに、くるりと椅子を回転させた。
「浅羽、お前はなんて危険な行為をしたんだ」
ペシッと何かの書類で俺の頭を軽くはたく森野。
「へ?」
「いたずらだったから良かったものの、本当に火事だったら、危うくお前、ここには居ないぞ?」
「あ、あっはは……」
森野の正論に反論も出来ず、俺は乾いた笑いをするしかなかった。
「鈴原も鈴原だ。どうせお前、この後浅羽を追ったんだろ? 危険な行為だと分かっているのか?」
「すみませんでした……」
シュンと肩を落とし、優希は自分の両手を擦り合わせている。
「ま、今回は多めに見るが、お前らに罰と言ってはなんだが、今度の文化祭、実行委員な」
「え?! 全然多めに見てなくないですか!?」
「これでも軽い方だ。本当なら、一週間くらい停学にしたいところを俺が教頭に掛け合ってやったんだぞ? 感謝しろ」
くそぉ! 森野のヤロー! えらそーに!
はあ……でも流石に停学はヤバいか……。チラッと優希の方を見ると、何故か優希は少し嬉しそうだった。そんなに実行委員がやりたかったのか?
俺と優希、そして下駄箱で偶然会った幸宮は、一緒に自宅への道を歩いていた。
「全くひでぇ話だよな、森野の奴。何で文化祭実行委員なんて面倒くさいモノを俺がやりゃにゃあならんのだ!」
俺は道端に落ちていた石ころを思い切り蹴飛ばした。
「しょうちゃん、そういうの苦手だもんね」
「そう言うな。意外と楽しいかも知れんぞ」
「そういうのはやりたい奴がやればいいんだよ。優希はやりたかったんだよな? 文化祭委員」
「え?」
「森野に言われて嬉しそうだったし」
そう言うと途端に顔を赤らめて、優希は小さくうつ向き、ぽそぽそと何かを呟いていた。
「……それはしょうちゃんと一緒だから……」
小声すぎて何を言ってるのか、俺の耳には全く届いていなかった。
「くそぅ、こうなったら漫画でも買って現実逃避するか。行くぞ、優希、幸宮」
肩を揺らし、商店街への道を行こうとするも、優希はそこで立ち止まった。
「え、ごめん。私今日親が帰るの遅いから、早く帰って洗濯物取り込んで、ご飯作らなきゃいけないの」
「マジ? じゃあ幸宮は?」
「私も今日は、ヨウコの部屋の掃除を手伝う約束をしてて……」
すまなそうにする二人に、どことなく疎外感を感じ、俺は口を尖らせた。
「何だよ。まあ、しょうがねぇか」
幸宮と優希と別れ、俺は商店街の道を一人歩く。
商店街の中は騒々としていて、会社員達が昼の行列に並んでいるのを横目で見ながら、俺は心の中でお疲れ様と囁くと、目当ての本屋の中に入っていった。
突然だが、俺には好きな漫画がある。
バトル物で主人公が、剣を片手に悪を成敗する話だ。でもまさか、自分がそんな漫画の主人公みたく、木刀で悪霊をタコ殴りするとは、夢にも思わなかった。まあ、でも、主人公は幸宮や神井さんみたいな強い人のことを言うのだろうけど。せいぜい俺は、パーティーのサポート役くらいだろう。
そんなことを考えながら、最新刊の漫画本を手に取り、ついでに目ぼしい本がないかをチェックしながら、レジで会計を済ませたあと、リュックに買ったばかりの漫画をしまうと、俺は店を出た。
「……?」
本屋の目の前の裏路地。飲食店のゴミ箱が置いてある。裏口を開け、店員が肩の凝りをほぐしながら、そこにゴミを入れるの見届けたあと、七、八歳くらいの子供が、隠れていた電信柱の陰から顔を覗かせた。
こちらからは丸見えだが……。
少年と思わしき子供は、静かにゴミ箱に近付く。何をやってるんだろ? そう思っていると、そっとゴミ箱のフタを開け、中を覗いている。まさかゴミでも漁ってるのだろうか? 身なりは小綺麗だし、貧困そうには見えない。いや、たとえ貧困だとしても、ゴミを持ち帰るのは犯罪だった気が……。
しばらく様子を伺うが、ごそごそと何をやってるのか、ゴミ箱に隠れて見えない。かと思うと、ぴょんとゴミ箱から飛び下り、走って何処かへと行ってしまった。
何だゴミを捨ててただけか。でも、フタくらいちゃんと閉めてけよな。猫かカラスが漁るだろ。俺はそう思い、良心でゴミ箱のフタを閉めようとそこに近付いた。
「えっ?」
パチパチッ パチパチッ
ゴミ箱の中で火が音を立てている。最悪なことに、天ぷら屋が捨てた紙に、たっぷりと油が染み込んでいた。火は瞬く間に燃え移り、勢いよく熱を発しながら燃え広がっていった。
むせ返る黒煙に、思わず目を擦ると、店の勝手口のドアが突然開いた。
「ハァァ~、休憩休憩」
天ぷら屋の店主がライターを片手に咥えタバコでやってくる。
何とも呑気に鼻唄を交え、口に咥えたタバコに火をつけようとしている。その瞬間、咳き込む俺と目が合ったかと思うと、その後ろで激しく燃え盛るオレンジ色の炎を見て、店主は目を丸くした。
「何やっとるんだね!」
「え?」
咥えタバコを引っこ抜いて思わず握り潰すと、店主は目をつり上げながら叫んだ。
「あんた、火なんかつけよってからに!」
「ち、違いますよ! 俺じゃない!」
慌てて弁解するも、こうしている間にも火は柱を作り、上へ上へと燃え上がっていく。
「と、取り敢えず水!」
怒り狂う店主に向かって俺は必死に叫んでいた。
「だから俺じゃないですって!」
警察署の取調室。冷たいグレーのパイプ椅子が、地味に体力を削る中、俺は延々と同じ言葉を繰り返していた。
あくまで冷静に言ったつもりだったが、目の前にいる二人の刑事には伝わっていなかった。
「そんなに声を荒らげなくても」
横に立っている若い刑事は、俺を宥めるように笑顔で両手を前にやる。
「犯人はみんなそう言う」
一方、目の前に座っている中年の刑事は、その不遜な顔をこれでもかと全面に押し出し、不快感を露わにしていた。
同じグレーのテーブルの上には、先程の身体検査の時に渡したリュックの中身がズラリと並べられており、まるで逮捕直前とばかりに、刑事さんが紫色の袋に入れられた木刀を物色している。
「だから、さっきも言いましたよね? 七、八歳くらいの少年が、ゴミ箱のフタを開けてそこに火を投げたんです!」
「まさか君は小学生が、連続放火の犯人だとでも言いたいの?」
「それは知りませんけど……。でも、店主が火をいれたんじゃなきゃ、あの子供がいれたとしか……」
「でもいれるところは実際見ていないと……」
「はい。フタを閉めようとしたら、火がパチパチ燃えてて」
「そこがね、怪しいんだよ。何で子供が開けたゴミ箱のフタを、わざわざ君が閉めにいくの?」
「──あくまで良心だったんですよ。猫やカラスが食い散らかさないように……」
すると、刑事さんは二人して、埒が明かないとばかりに首を振った。
「この、木刀は? 軽犯罪法違反だよね?」
机を指先でパシパシ叩きながら、中年の刑事は俺を睨む。
だからってツキビト退治に使いますなんて言えないし……。
「で、でも、ちゃんと袋に入ってますし」
俺がキョドりながら木刀をチラ見すると、刑事さんはふぅ、と嘆息した。
「それでもまだ、君が放火してないとは言いきれないよね」
「もう勘弁してくださいよ~。防犯カメラとかないんですか?」
刑事さんは、腕を組みながら、自分の椅子の背もたれに寄りかかった。
「裏口に向かって取り付けられてはいたが、ちょうどゴミ箱の所は映ってなくてな」
「そんなぁ……」
何故か少しほくそ笑み、刑事さんは半笑いを浮かべた。この刑事、早く解決したいからって、俺をどうしても犯人にしたいわけだな!?
どうにか誤解を解く術がないか考えあぐね、俺が脱力して、パイプ椅子に思いっきり背中を預けた時。
「係長! ちょっと……」
取調室のドアが開き、部下の方が何やらごそごそと、目の前の中年の刑事に耳打ちをしている。すると、係長は思わず立ち上がり、ドアの方に走っていった。
「やあやあやあ!」
え? この声は──




