七話 浅羽、放火犯説 ①
「しょうちゃん~? 起きてる~?」
窓の外から優希の呼ぶ声がする。朝の眩しい光が、カーテンの隙間から差し込み、小学生たちの集まる登校前の元気な声が耳に届く中、俺はまだ夢うつつの半ばにいた。
「今日から二学期だよ~!」
寝ぼけ眼で瞼を擦りながら、まだ準備が出来てなかった俺は、窓をほんの少しだけ開け、そこから声をかけた。
「ああ、先行っててくれ」
「もう! せっかくまた一緒に学校行けるようになったのに! 遅刻しても、知らないよ! ──それに」
優希は少し言い淀んだかと思うと、続けた。
「幸宮さんも一緒なのに」
「ゆ、幸宮さん?!」
俺はバッと飛び起き、窓の外から顔を出した。そこには、優希と並んで、手を上げる幸宮美耶子が立っていた。
「い、今行く!」
俺は慌てて着替え、パンを口に放り込みながら、洗面所の鏡で髪をセットした後、ものの五分で家を出た。
三人で一緒に通学路を歩いていると、優希が口を尖らせて言った。
「ふ~ん? 幸宮さんが一緒だと来るんだ?」
優希はご立腹のようで、横目で俺を睨んだ。
「いやそういうわけじゃ……。そ、それより! 何で幸宮さ、幸宮と一緒なんだ?」
慌てて話題を変えようと、俺は汗を噴き出しながら喋る。
「これから一緒に登校しようって、幸宮さんと約束したんだもん。ねぇ~!」
優希は幸宮の左腕に、自分の腕をからめた。
幸宮は少し戸惑う素振りを見せたが、頬を染めて、その状況を甘んじて受け入れているようだ。
「随分仲良くなったんだな」
「だってクラスが違うから、通学路くらいしか幸宮さんと話せないもん」
優希はまた口を尖らせた。
「何をそんなに話すことがあるんだ?」
「しょうちゃんには教えないよ! 女の子には女の子同士の話があるんだから!」
「へいへい、そうかよ……」
学校につくと、1ーAの幸宮と教室の前で別れる。
その横のクラスの1ーBの俺たちは、教室のドアの前で立ち止まった。
色々あった夏休みも終わり、今日は始業式だ。
未だ、夏休み気分が抜けていない、嬉々騒々しい生徒たち。ドアの中から漏れ出でる夏色満載の香りに、俺たちは少し気を引き締めて、ざわつく教室のドアを開けた。
「おはよう~」
ガラッとドアを全開させ、皆はどんな二学期デビューを果たしたのかと、顔をあげると、途端にピシャリと、水を打ったように、教室の雰囲気がガラリと変わった。一瞬の間の後、何故か俺たちの方を見ながら、ひそひそと噂の畑を広げている。
「ねぇ、浅羽くんて……」
ごにょごにょと、はっきりとは聞こえないが、確かにこちらを好奇の目で見つめていた。
「え?」
優希もその様子に戸惑いを見せつつ、俺の服を無意識に引っ張った。まるで珍獣の虎でも見ているかのような皆の視線に、俺たちは完全に孤立していた。
(何だ? 居心地悪いな……)
そう思いながら立ち尽くしていると、何やら普段とは違う様子の中西が、珍しく神妙な面持ちで話しかけてきた。
「なぁ、浅羽。これ……」
中西は、自身のスマホの画面を俺に見せてきた。学校では電源を落とすように言われているスマホだが、誰一人守っているのを俺は見たことがない。
「何だ? これ」
提示された画面には、何かの動画のスクショ画面が表示されていた。
「これ、浅羽と鈴原……だよな?」
よく見ると、背景には図書館の画像に、後ろ姿だが、俺の他に優希とおぼしき姿も写っていた。
「え? うそ……」
優希はその画像を見た途端、ショックを受けたような顔をした。
「昨日の夜、クラスのグループチャットに流れてきたんだけどよ。お前見てねえのか?」
俺は自分の席にリュックを置いた後、その場で携帯を取り出し、メッセージアプリを開いた。正直、俺はクラスのグループチャットに興味はない。一応入ってはいるけれど、通知はオフにして、放置していた。
流れてきたメッセージには、「これ浅羽?」「浅羽が犯人!?」などと、話題に飢えた獣の如く、面白おかしく書き立てられていた。
(ちっ! 暇人共め!)
俺は心の中で舌打ちをし、更に心の中で溜め息を吐いた後、
「で? その動画、どこにあるんだ?」
と、中西にスマホを傾けた。
「お前本当こういうの興味ないよな。ほら、ここのリンクの……」
中西が手慣れた手で俺のスマホを操作すると、再生された動画。画面いっぱいにあの日の光景が映し出される。
図書館の騒ぎがメインだが、左端の方に、確かに俺と優希の姿が小さく映っていた。いや、逆によく見つけたな……これ。
そのまま再生し続けると、動画は俺が図書館に入って行くところで終わっていた。
「お前、何でこの後図書館に戻ってったんだ?」
横からスマホを覗き込む中西。優希も覗いていたが、動画が終わると、苦い顔で俺の方を向いていた。
「いや、俺、夏休みの宿題が入ったリュック忘れちまってよ。取りに戻ったんだよ」
「こんな大混乱の中、よく戻ったな。宿題命かよ?」
怪訝そうな顔で俺の顔を一瞥するも、中西はすぐに動画の方へと視線を向け直した。
「そんで、もう一個の方も見ろよ」
「もう一個? どれ?」
中西が手慣れた手つきで画面をスワイプし、同じ投稿者の複数あった動画の一つを再生した。
「ほら、ここ」
再生中、中西が左端の画面を指差す。消防車と警察車両がメインだったが、そこには図書館の中から出てくる椿さんとゆかりちゃん、俺と、優希の姿も映っていた。
内心ギョッとしたが、それでもツキビト本体が映っていないことに安堵しつつ、俺は一瞬、優希と顔を見合わせた。
「これ、海であった椿さんとちびっ子美少女だよな? お前ら中で何してたんだ?」
「ああ、リュック取りに行った時、中で倒れてる人発見してよ。偶然、椿さんとゆかりちゃんもいたんだよ。優希も心配だったのか後から来て……そんでまだ中にいた職員の人に救急車呼んでもらって」
すらすらと慣れたように当然の如く嘘を並べ立てる。いつの間にか上手につけるようになった嘘に、少し戸惑ったが、本当のことを言うわけもいかず、俺は隣の優希に目配せをした。
「ってか、何で俺が犯人みたいになってんだ?」
未だクラスメイトたちの視線を熱く感じていた俺は、周りを見回す。皆の顔はどことな~く猜疑心に満ちたような、それでいて噂の出所を探るような微妙な顔をしていた。
「そりゃおめーが、みんな逃げてるのに、逆に図書館に戻るようなことをしたからじゃねえか? 犯人は現場に戻るって言うしな」
「それだけで面白おかしく叩かれちゃ、たまったもんじゃないってーの」
俺が半ばやけっぱちに椅子を引き出し、そこにドカッと座ると、中西は突然みんなの方を向いた。
「ということで、みんな! 浅羽はたまたま現場に居ただけで、火災報知器いたずら事件とは関係ない! 浅羽はただ、リュックを取りに行き、中で人を介抱してただけだ!」
コミュ力全開の中西が、そう叫ぶと、皆はこちらをぎょっとした顔で振り返った。が、またすぐにざわめきと共に、おのおの雑談へと戻っていく。そして、中西が振り返り、何故かナイスガイポーズを俺に向けた。まあ、たまにはいいとこあるよな、お前。
そうして、一段落ついたと思った優希は、ふぅ、と息を小さく吐くと、自分の席へとついた。
その途端、周りの女子たちが優希を囲い始める。
「ねえ、今日浅羽と来たじゃん、どうしたの?」
「仲直りしたんだぁ、良かったじゃん!」
などと、でかい声で喋ってるのが聞こえ、優希は女子たちの衆目を一身に受けていた。
優希が恥ずかしそうに照れながら笑うのを見届けると、俺は中西に向き直った。
「あ、それから中西。お前に一つ訂正しとく」
「は?」
「お前はゆかりちゃんを小学生だと思ってるようだが、ゆかりちゃんは中二。今年の十月で十四歳になるそうだ」
「へ?」
何とも間抜け面な中西であった。




