六話 海から呼ぶ声 ③
それから俺たちは大変だった。
「浅羽! そっち行ったぞ!」
「はい!」
俺は逃げる悪霊に、木刀で一太刀浴びせる。悪霊は天に昇って霧散していった。
近寄ってくる悪霊を祓い続け、逃げる悪霊は追い回し、次々と海岸に大量発生している悪霊を成仏させ続けた。
椿さんは悪霊に向かって合気道ベースの格闘術を繰り出し、神井さんは相変わらず、ただ立っているだけに見える剣術を披露している。
そうして、一通り退治すると、周りの瘴気が薄れていくのを感じた。
因みにビールを浴びるほど呑んでいたヨウコ先生は、泥酔しきっていて夢の中だった。ダメギツネにもほどがある。横にいたゆかりちゃんも、ヨウコ先生につられたのか、すやすやと眠っていた。こちらはダメギツネとは違い、天使の寝顔だった。雲泥の差である。
「終わったの?」
陰ながら俺たちを応援していた優希が、砂浜で疲れて寝っ転がる俺の顔を覗いた。
深く屈み、膝に左手を乗せた優希は、右手でペットボトルを俺に差し出してきた。
「お疲れ~」
「浅羽、背中に砂がつくぞ」
──と、今度は反対側から幸宮さんが顔を覗かせ、俺に向かって手を差し出してくる。
「あ、あぁ」
一瞬迷ったが、俺は取り敢えず幸宮さんの手を取り座った後、優希の水を飲み干した。
『ご、ごめんなさい! 寝てました!』
目を覚ましたのか、ゆかりちゃんが慌ててスケッチブックを持って走ってくる。勢い余ったのか、顔にぎゅーっとスケッチブックを押し付けられた。いや、読めないって……。
椿さんが拳を構えたまま、薄れていく瘴気を肌で感じながら、次の悪霊が襲って来ないことを再確認すると、静かに言った。
「終わり、だよね?」
にやっと笑うと、椿さんは同調を求めるように、
「ってことは──」
「遊ぶぞー!」
俺たちは共に拳を天高く掲げ、若い勢いのまま、先程の疲れはどこ吹く風とばかりに思いっきりジャンプした。
遠くで木刀を脇に納めていた神井さんが、ふぅと溜め息を吐くと、呆れたように俺たちを見つめ、日陰のあるビーチパラソルの下で体育座りをした。
「ん? なんだ? 終わったのか?」
ヨウコ先生が大きくその場で伸びをしながら、目覚めスッキリとした顔で笑い、隣にいる神井さんの頭をポンと叩いた。
神井さんはその手を払いのけ、何も言わずに眉間に皺を寄せ、ただヨウコ先生を三角目で睨んでいた。
このダメギツネがっ──!
俺は心の中でそう叫ばずにはいられなかった。神井さんもこの時ばかりは俺と同じ気持ちだっただろう。
それからはヨウコ先生がビーチバレーをしようと言い出し、中西が何処からともなくボールを持って現れ、俺たちは流されるままビーチバレー大会をやる羽目になるのだが──仕舞いには幸宮さんとヨウコ先生の殺人級の超次元ラリーにボールが耐えきれず、情けなくしぼんだボールを横目に、ビーチバレー大会は強制終了。結局俺たちはその後、普通の海遊びへと興じるのだった。
俺と幸宮さん、優希と椿さんは、海岸沿いのところで泳いでいた。
不完全燃焼の鬱憤を晴らすかのように、ヨウコ先生は再び残りの酒を煽り始め、神井さんは中西に撮られた椿さんの写真を消せと追いかけ回したり、皆それぞれ楽しく(?)時を過ごしていた。
夏の日射しはまだ強く、水分補給しようと、俺たちは一旦、陸に上がり、自分たちの荷物のところに戻る。
もうさすがに悪霊は出ないだろうと、泳ぎの邪魔になるので、腰に巻いていた木刀はレジャーシートの上に置いていた。
ゆかりちゃんは、ずっとレジャーシートの上で座り、スケッチブックに何やら絵を描いている。
「ゆかりちゃんはずっとそこにいるけど、泳がないの?」
『泳ぎは苦手なのです』
スケッチブックに書かれた文字から、遠慮がちに顔を出し、ゆかりちゃんはこちらを覗いた。
「じゃあ俺が泳ぎ教えようか?」
そう言って、ゆかりちゃんの方に行こうとした時。
「……助、……けて」
か細い声が俺の耳に届く。
「え……?」
波の音と、皆の騒ぐ声にかき消され、気のせいかと思ったが、全神経を耳に集中させ、俺は目を閉じた。
「助けてー!」
今度こそはっきり聞こえ、俺は振り返り、海を凝視した。
沖合いを見ると、小さな白い手が溺れているのが見えた。
「マズイ! 子供が溺れてる!」
俺は咄嗟に海に駆け込んだ。裸足に砂浜の粒が絡み付く感覚があったが、気にしている余裕などなく、俺は抵抗する波の圧力を強引に押し退けて進んだ。
「浅羽!? ダメだ!」
「大丈夫だって! これでも泳ぎは得意なんだ!」
そう言い幸宮さんが止めるのも聞かず、俺は海に潜り、子供の方まで泳いで行った。
溺れた子供の手が目の前で沈んでいく。
マズイ!
急いで海の中に潜水すると、光の当たらない暗闇に、何かが蠢いていた。俺は注視し、子供を探すが見つからない。
(──!?)
その時。
紐なのか昆布なのか、それとも髪の毛なのか、分からないモノが俺の足に絡み付いてくる。それは、瞬く間に俺の全身へと伸びてきて、あっという間に首へとたどり着いた。
(ヤバイ! ──これは!)
【……いっしょ、いっしょ……ぼくといっしょ】
頭の中に暗く淀んだ声が響いてきた。水中の奥深くを見ると、無数の黒い子供の影が、俺を海の底へと引きずり込むように凄い力で引っ張っていた。
ぞわぞわと全身に鳥肌が走る。黒い昆布だと思っていたモノは、おびただしい数の子供の腕だった。
必死に上に手を伸ばすも、水面までは遥か遠く、伸ばした先から絡み付いてくる腕がそれを阻む。
黒い悪意の塊が、逃がすまいと俺を圧迫していった。
上に伸びていく水泡が目の前を通過する。
(…………息が……)
締め付けられる首。深い水中に逃げ場などなく、俺は最後の肺の中身を全部外に押し出された。氷のように冷たい海水が、やすやすと俺の体温を奪い去っていく。
喉が痙攣するのを感じながら、嘲笑うかのような湿った声が、頭の中に届いた。
【……オナジ、オナジ。ミンナオナジ】
意識が──遠退いていく…………
(──もう……ダメだ……)
「浅羽ーー!!」
幸宮さんの泣き出しそうな顔が、水面の遠くで揺れた気がした。




