六話 海から呼ぶ声 ②
「え? 優希、神井さんを名前で呼んでるの?」
「うん。椿さんと名字一緒だし……。イヤだった?」
「別にイヤではないけど……」
よくあの神井さんを名前で呼ぼうと思ったな。俺なら絶対無理。
「桜火さんがね、下の名前で呼んでいいって」
「へ!? いつの間にそんな仲に!?」
まさか神井さん、優希のこと狙ってるのか?
俺はバッと振り返り、彼を凝視した。
一つに結んだ長い白銀の髪を風に靡かせている神井さんは、相変わらず何を考えているのか、突っ立ったままだった。
「桜火さんは、立っているだけではないぞ」
幸宮さんが、見ろ、と言わんばかりに木刀の先で神井さんを指し示した。
え? ただそこで日光浴でもしているのでは?
すると、一人の悪霊と化した霊が神井さんに近付く。神井さんは木刀を抜いたのか、抜かないのか分からない素早さで霊を成仏させていた。
「す、スゴい! ただ突っ立ってるようにしか見えない!」
素直な意見だったが、神井さんには煽りに聞こえたらしく、こちらをギロッと睨んできた。
「貴様は……」
神井さんの木刀が俺の方に向く。一触即発の中、聞き覚えのある声が俺を救った。
「あれ? 浅羽?」
「あ? 中西?」
俺の眉間に木刀の先端が届くかと思った瞬間、中西の怪訝そうな顔が目に飛び込んできた。その顔に引き寄せられるように、俺は中西の方へ、二、三歩ほど前に出た。
何で中西がここに居るんだ? ……まさか。
「お前、まさか死んでないよな……?」
幽霊ばかりの出る海岸に、初めて見る生身の人間に、俺は上から下まで中西をガン見した。
「はあ? 何言ってんだ、お前? オレには足があるだろ?」
中西は汚いすね毛の生えた足を上げ、俺に見せた。俺はその足を右手でどけながら、
「幽霊にも足はあるんだよ!」
と、怒鳴ったが、中西はアホでも見るように俺を見つめ、まるでフレーメン反応の猫のように口を開けっ広げにひらいた。
中西のアホ面は置いとくとして。
「つうか、何でお前ここにいんだよ?」
「オレはお前と違い、自分の部活にも熱心に取り組んでるからな」
首からぶら下げたカメラを誇らしげに掲げる中西は、その後、上を見ながら考える素振りをした。
「にしても、ここの海岸変なんだよな。妙に人少ないし、まあ、穴場っちゃ穴場なんだが、オレとしてはもう少し肌色感が欲しい所で……」
「お前知らないでここきたのかよ」
「オレは親についてきただけだけど……なんかあんのか?」
「あ、い、いや……」
やべぇ、バレる! 俺は訝しげに覗く中西の顔から慌てて視線を逸らし、話を変えるように胸元のカメラを指差して言った。
「お前、まさか盗撮とかしてないよな?」
「何を言う! ちゃんと撮るときゃ許可取ってるぞ! これぞ、趣味と実益を兼ねてだな──」
取り敢えず話を変えることに成功したが、中西はうざいくらいにわけのわからぬ講釈をたれ、ひとしきり言いたいことだけを言うと、
「それにしてもお前……」
と、中西は再び俺の格好を呆れたような目付きで上から下まで見回した。
「──幸宮さんはともかく、海パンに木刀って……シュール過ぎないか?」
「幸宮さんはともかくって何だよ?」
しょうがないだろ? 悪霊退治には木刀必須なんだからよ?
なんて中西に言えるはずもなく、俺はただただ、その訝しげな視線に耐えるしかなかった。
「それに何で鈴原も居るんだ? お前仲直りしたならそう言えよ。つうか海に来るならオレも誘えよ、薄情な奴だな」
「あ、あはは……」
誘えるわけねぇだろ。
「浅羽くんの友達かな?」
俺が乾いた笑いで誤魔化していると、椿さんが後ろからひょこっと顔を出し、中西に笑顔を向ける。
「私、神井椿、高三だよ。よろしくね」
持ち前のコミュ力で、椿さんが手を差し出すと、中西は顔を赤くほんのり染めながら、
「オ、オレ、中西健太。浅羽と同じ高一です。よろしく」
と、その手を熱く握り返した後、「しゃ、写真いいですか?」と、椿さんにカメラを向けた。
「きれいに撮ってよ?」
椿さんはそれを快諾し、冗談めかした風に言うとポーズを撮った。
写真を一枚だけ撮った後、中西は俺に向かって囁いてきた。
「なぁ……、何でお前、高三の、しかもこんな美人な人と知り合ってんだよ?」
「い、いや……これには色々訳が……」
何か上手い言い訳を考えていると、中西は、俺の後方にいる人達に気付いたのか、彼女達をガン見しだした。
「ぬぅおぅ~~!!」
気色悪く体をくねらせながら、
「何故、浅羽の周りには美人が集まるんだぁ~~!!」
突然、発狂したように頭を抱え、叫び出す中西。
「幸宮さんに鈴原! ヨウコ先生に椿さん! 更には謎の美女! しまいにはちびっ子の美少女ぉぉぉお!」
順番に一人ずつ指差しては、顔を確認するかのように血走った目を、思いっきり見開いていた。
ん? 謎の美女?
中西はそう言いながら、一人の人物の手を取った。え? 待て、中西、その人は……。
「綺麗な美しい白銀色の髪! スベスベの肌! まさに青い海に舞い降りた人魚! 彼女、お名前は?」
中西に手を握られたその人は、ぷるぷると震えだし、眉間にシワを寄せ、思いっきり中西を睨んだ。
「私は! 男だ!」
「ひぇぇぇ!!」
握られた手を振りほどき、神井さんは烈火の如き形相で、眉を釣り上げ、中西を追いかけ回した。砂ぼこりを巻き上げ、海岸周囲を五周ほどした中西は、
「じゃ、じゃあな浅羽! 頑張れよ!」
そう捨て台詞を吐き、逃げるように足早にその場から退散していった。
(何が頑張れよだよ……)
ゆかりちゃんが何故か頬をぷくっと膨らませて、スケッチブックに何かを書いている。
『私は中学二年生です!』
ちびっ子と言われたのが気に食わなかったのか、頭から湯気が出るかと思うほど、ゆかりちゃんはスケッチブックをパシパシと叩き、抗議した。
ごめん、俺もてっきり小学生かと……。
でも、そんなこと言えるはずもなく、俺はそれを心に留めたのだった。




