六話 海から呼ぶ声 ①
「いや~~! 豪気豪気! 昼から飲む酒は格別だのぅ~~!!」
ヨウコ先生は夏空の快晴の中、海を眺め、ひたすらにビールを煽っていた。ビーチパラソルの下のクーラボックスには、何十本かのビールが、氷とともに詰まっている。
「ヨウコ先生……。任務中ですけど……」
8月24日、俺たちは慶子さんに言われ、海岸に出るといわれる悪霊を祓いにきた。
「そんなに飲んでると、慶子さんに怒られますよ?」
まだ姿の見えない慶子さんを俺はキョロキョロと探した。
ヨウコ先生の隣には、携帯扇風機で顔に風を当てて気持ち良さそうにしているゆかりちゃんがいたが、慶子さんの姿は何処を探しても見つからない。
「慶子は来んぞ?」
「え?」
「あいつ、目が見えなくなってからすっかり出不精になってのぅ。やれ夏は焼けるから嫌だの、冬は寒いから嫌だの、何かしら理由をつけては、部屋で剣ばかり振っておるわ。ま、そのおかげか、歴代最年少で当主にまで登り詰めたがの……」
呼び出しといて自分は引きこもりですか!?
「因みに加賀美も来ない。あいつはこんなところにはな」
いや、加賀美のヤツはどうでもいいんだけど。
「まあ、今回は皆の息抜きも兼ねてるちょっとした任務だ。浅羽も気楽にやるが良い」
そう言って、ヨウコ先生はまたビールのプルタブを開けた。
「全く、酔っぱらいギツネが……!」
侮蔑の表情で見下ろすは、白銀の髪を太陽に照らし現れた、神井桜火さま。
そう、皆とは、組織の皆のことだったのだ。
彼は暑苦しくも長袖を着ていた。焼けるのが嫌なのだろうか?
「いやぁ暑いねぇ!」
その横には妹の椿さんもいる。彼女は神井さんとは対照的に、水色のビキニを着用し、麦わら帽子と半袖の上着を着ていて、更にその裾を腰で結んでいた。
「神井さん、長袖で暑くないんですかね……?」
「ああ、いいのいいの。兄さんは焼けずに赤くなっちゃう体質だから!」
またもや神井さんの意外な一面を聞いて、俺は少し笑いをこらえた。
「浅羽!」
「ゆ、幸宮さん……」
白のビキニに照らされた、夏の少し日焼けした肌が、絶妙にコントラストを生んで、幸宮さんがやけに大人びて見えた。
「さん?」
つい口走ったさんづけに、幸宮さんは笑顔を──けれども何処か張り付いたような笑顔を浮かべた。
「い、いや。幸宮……」
俺が照れながら言うと、幸宮さ…幸宮はにこりと笑う。慣れねぇ……。
「しょうちゃん、何かデレデレしてない?」
優希が幸宮さんの後ろからひょこっと現れる。
そう、今回は優希も一緒なのだ。海に行くというと、優希も行くと言いだし、一応、悪霊退治という名目で、危険だと言ったのだが、結局一緒についてきてしまった。何でも、「もう、置いてかれるのはイヤ」ということらしい。よく分からんが……。
「べ、別にそんなことは……」
上目遣いで俺をジト目で見ると、優希の水着から谷間が覗く。俺は慌てて目線を逸らした。
「ふぅ~ん? まあ、いいや。それより、はい。しょうちゃんの分」
優希は売店で買った水を俺に渡してきた。
「お、おう。サンキュー」
その渡されたペットボトルの水を一口飲むと、自分の格好の奇妙さを改めて感じた。
「それにしても……」
自身の腰に手をやり、俺は項垂れる。
「これはないよなぁ……」
俺の腰には上着の袖が巻かれ、その左側に、脇差しのように木刀が差してあった。何というか……シュール過ぎる……。
幸宮さんの腰にも、同様に木刀が差してある。神井さんは差すのが嫌なのか、左手に木刀を携帯していた。武術使いの椿さんと、妖怪のヨウコ先生は勿論何も持っていない。ゆかりちゃんも木刀は、敷いたレジャーシートの上に置いているし。
俺も幸宮さんに言われなければ、出来れば差したくはなかった。
しかし、幸宮さんにだけ、そんな変な格好をさせるわけにはいかない。俺は渋々、この状況を受け入れざるをえないのだった。
ジリジリと熱い砂浜が、ビーチサンダルを通して伝わってくる。直火焼きでもされているみたいに、足裏と足の指先全部が焼けるように熱かった。
夏の海岸は結構な割合で混んでいて、ガヤガヤとそこらかしこに人がいる。ビーチパラソルを手に持っている人や、浮き輪を腰にはめている人もいたが、木刀を差しているのは俺たちだけだった。当たり前だが……。
「こんなに混んでて、木刀振り回したら、変な人に見えないか?」
むしろ捕まるリスクすらあるんじゃ……。
「大丈夫だ。夏に剣道の稽古を砂浜でやることは多い。部活の練習にしか見えないだろう」
「そうだといいね」
(……俺はそんな人見たことないけど……)
「それに、ほら。半分は幽霊だ」
「はえ?」
よく見ると、体が半透明に透けている人が居る。激混みだと思っていた海岸が、途端にスカスカのビーチへと変わって見えた。
それに気付いた瞬間、海岸の周りには、黒い瘴気のようなものが漂って見え、俺は何だか奇妙な気配に襲われた。
「こうやって!」
幸宮さんはおもむろに霊に刀を振るった。
「悪霊が人につく前に成仏させてやるのも私たちの仕事だ」
木刀を肩にポンと置き、幸宮さんは倒した悪霊の気配が消えるのを見届けた。
霊が天に登っていく。首を上にもたげて、それを見送っていると、優希が神妙な面持ちで言った。
「本当に、見えてるんだね……幸宮さんも……」
未だ信じられないといった感じで、
「ここに居る全員」
そう言って、優希は順番ずつ、皆の顔をまじまじと見つめた。
「まあ、見えて気持ちのいいものではないけどな……」
悪霊の黒いモヤや、人の形をしていないモノ。変形した顔や、血塗れの人だったと思われるモノ。出来れば見ない方がいいそれらは、気味の悪い瘴気を放ち、俺は思わず顔を顰めた。
「優希、大丈夫か?」
「え? うん」
「ほら、前ツキビトの瘴気に当てられてたろ? ここら辺、何だかイヤな気配がするから」
「うん、今日は大丈夫だよ。心配性だなぁ、しょうちゃんは」
にこやかに笑う優希は、砂浜を蹴り、サンダルについている砂つぶを弄んでいる。至って平然としているが、こちらとしてはまた倒れられては困る。
「本当に心配なんだよ。出来れば優希には、家で大人しく──」
「もう、しょうちゃん。私を家に閉じ込めておくつもり?」
ケタケタと笑いながら、優希は白い砂浜の感触を感じるように、俺に背を向けて、ぎゅっと、爪先に力を込めた。
「大丈夫だよ」
海風が髪をなびかせる中、背中越しにそう呟く。その言葉には少しの不安も、迷いもなかった。
「しょうちゃんが守ってくれるんでしょ?」
くるりと身を翻すと、優希は満面の笑みを俺に向けた。
躊躇いもなく言いきるその姿は、ひどく素直で、不思議と俺の心に力を宿した。
「それにしても桜火さん、全然動かないねぇ」
太陽の真下、木刀を左手で持ったまま、ただ砂浜に突っ立っている神井さん。肌弱いなら日陰にいればいいのに……。
いや、それよりも!




