五話 守りたかったモノは ⑤
西日の照らす中庭。
二つの影が伸びきった頃、鈴原優希と幸宮美耶子が覚悟を決めた眼差しで、お互いを見つめ合っていた。浅羽にその声は聞こえない。
そこは完璧に二人の世界だった。
『幸宮さんも……組織の人だったんですね……』
静かな口調で語る優希は、うつむき加減で右手を胸の辺りで握り、動揺を隠している。
『組織って何なんですか……? どうして……』
優希は唇を噛み締めると、閊えていた胸のわだかまりを吐き出すように声を絞り出した。
『どうしてしょうちゃんを巻き込んだんですか?』
消え入るような、少し上ずった声には、泣き出しそうな、されども、熱い感情が溢れ出していた。
『すまない……。巻き込んだのは私の責任だ』
優希の気持ちが幸宮には手に取るように分かった。しかし、毅然とした態度は崩さず、あくまで冷静に事実だけを口にする。
『言い訳、しないんですね……』
優希は胸の前で握っていた拳を、更にぎゅっと握りしめた。その様子に幸宮は、胸が締め付けられる思いだったが。
『私を責めたかったら責めればいい。浅羽は何も悪くない』
優希から視線を逸らし、幸宮は自分の中に全て受け止めようと、無感情とも取れる声で話す。しかし、優希はふっと首を横に振り、視線を彼女へと向けた。
『別に、幸宮さんを責めようとは思ってません……。ただ、私は知りたかったんです。幸宮さんとしょうちゃんの関係について』
真っ直ぐに射貫くような視線に、幸宮は思わず目を逸らした。その後、少しの間を置いてから、嘆息して続けた。
『──浅羽とは昔、同じ道場に通っていたんだ。浅羽なら、ツキビトに対峙出来ると思った。あの頃の浅羽は本当に強かった。……子供のままの訳ないのにな。結果、私は浅羽を危険な目に遭わせてしまった……』
『勝手ですね』
『ああ。勝手なことを言ってるのは分かってる……。だが私は──』
『しょうちゃんが傷付いてもいいと思ってるんですか?』
『──!』
その瞬間、あくまで冷静な態度を貫いてきた彼女の瞳が揺れた。
『私はしょうちゃんにケガをして欲しくないし、傷付いても欲しくない。好きな人にはそう思うことが普通ではないんですか?』
真っ直ぐに優希の本心をぶつけられ、幸宮の心が揺らいだ。
瓦解する感情の波が彼女へと押し寄せる。
『ただ、私は! 昔みたいに、浅羽にっ──』
気付けば幸宮は叫んでいた。
浅羽に笑いかけて欲しかった。浅羽と共に居たかった。
──違う。本当は期待してたのかも知れない。
気付いて欲しくて、側にいて欲しくて、あわよくば“約束”も思い出してくれるだろうと。
だが、昔とは何もかも状況が違いすぎる。自分のエゴのせいで浅羽を戦いに巻き込んでしまったこと。自分の中にこんなズルい部分があるなんて──
それ以上、幸宮は言葉を紡げなかった。苦しそうな顔で唇を噛みしめる。自分がしたことの事実が、容赦なくその胸を締め付けた。
『幸宮さんの事情など、正直、私には関係無いです。何を言っても今更に過ぎないんですから。──ただ』
足元の伸びきった影の輪郭が消えていくのを感じながら、目の前の幸宮に臆せもせず、優希は静かに告げた。
『しょうちゃんに側に居て欲しい。それだけは分かります。私も…、そうですから……』
顔を上げ、優希は少しだけ困ったように眉を下げて微笑んだ。
幸宮には優希の思いが痛いほど伝わった。不恰好な笑顔が、彼女の心に突き刺さる。
鈴原も自分と同じなんだ。ただ、浅羽と離れたくないだけ。そう思った幸宮は、ふいに、小さく吐息を漏らした。
『お互い、浅羽のことになると厄介だな……』
幸宮はフッと自嘲気味に笑い、右手で髪を耳にかけた。
『まあ、しょうちゃんですからね』
それにつられ、優希の方も一つ瞬きをした後、風になびく髪を耳にかける。
そうしてわだかまりが溶けたように、二人は柔らかく笑った。




