五話 守りたかったモノは ④
俺と優希、更に椿さんとゆかりちゃんは、迎えに来た加賀美の車に乗り込んだ。
車内は重苦しく、誰も口を開こうとはしない。おまけに何の対策なのか、車には外が見えないように目隠しのシートが貼ってあった。
まるで連行される犯罪者の気分だ……。
震える優希の手。俺は安心させるためにもその手を握り、優希に精一杯の取り繕った笑顔を向けた。恐らく、世界一不自然な笑顔だっただろう。
屋敷につくと、奥座敷に通される。俺たちと共にいた椿さんとゆかりちゃんは、部屋に入ると、慶子さんに促され、いつもの席へと座った。結果、俺たちは孤立するように、皆から取り残される。
そこには慶子さんは勿論、神井さん、幸宮さんにヨウコ先生……。
六人が俺と優希を監視するように座っていた。
更には家に住み着いている幽霊達──。美桜ちゃんはそこに座っている人達にお茶をせかせかと配っている。
そこに居る幸宮さんの顔を見た瞬間、優希の顔に緊張が走ったのが分かった。
そりゃ驚くよな……。
しかし、硬直した顔からは、困惑と言うよりも、確信にも似た気配が漂っている。
真正面に立たされた俺と優希。まるで尋問のように皆の視線が痛かった。いや、まさしく尋問か。
〖まずいわねぇ……これはまずいわぁ〗
〖打ち首、獄門、晒し首……。拙者が居た時代じゃ当たり前だったが……〗
恐ろしいことを言う幽霊達。冗談はその存在だけにして欲しい。
神井さんはこちらを向いて睨むし、椿さんは気まずそうにしているし、ゆかりちゃんは落ち着きなく、あわあわとキョロキョロしながら椿さんの服を引っ張っている。
幸宮さんとヨウコ先生は……何を考えているのか、よく分からない顔をしていた。
「お待たせー!」
ガラッと襖を開け、加賀美がにこやかに入ってくる。
「さて、全員揃った所で、聞かせてくれるかい? 浅羽ちゃん?」
テーブルの真ん中に陣取り、感情のこもってない笑顔を俺に向け、顔の前で両手を組む加賀美。
何故か慶子さんではなく、加賀美が場を取り仕切っている。
加賀美が座った途端、先程まで騒がしかった幽霊が、一斉に鳴りを潜めた。おまけに美桜ちゃんも、加賀美の姿を見るや否や、加賀美にだけお茶を入れず、去って行った。
どんだけ霊と美桜ちゃんに嫌われてるんだ……。加賀美……。
「聞いてるー? 浅羽ちゃーん?」
少し加賀美を哀れに思い、物思いに耽っていると、彼の冷たい声が聞こえた。
改めてその顔を見てみると、加賀美は不敵な笑みを浮かべていた。
「あ、あの!」
優希は場の空気に居たたまれなかったのか、顔を青くしつつも、唐突に話し出した。
「私が! 私が悪いんです! しょうちゃんは……」
「ちょっと君は黙っててもらえる? 今浅羽ちゃんと話してるから」
笑顔で、されど、加賀美の目の奥は笑っていないように見えた。
俺は先程のことを全て話した。なるべく優希に害が及ばないよう……。
「なるほどね……どうします? 慶子さん?」
先程から黙って聞いていた慶子さんが、ふぅっと一つ溜め息を吐いた。その時。
「私はこの屋敷の牢に捕らえとくのがよいと思う。永久に……」
冷たい目でジロリとこちらを見据える神井さん。その視線は、優希を怯えさせるには十分だった。
「兄さん!」
「ちょ、待って下さい! 神井さん! そんなの……!」
「待ちなさい桜火。勝手に決めてはなりません」
俺とほぼ同時に声を上げた椿さんは、その声のする方を見遣った。勝手な決定を下そうとした神井さんを、慶子さんが短く窘める。今まで冷静に事の成り行きを見守っていた慶子さんが、やっとその重い口を開いた。
「鈴原、優希さんと言ったわね? こちらに」
優希は怯え、肩を震わせながらも、慶子さんの前に一歩進み出でた。
すると、慶子さんは、優希の顔をペタペタと触り始めた。
「ふふっ、なるほどね……」
優希は目をぱちくりさせるも、されるがままになっていた。
ひとしきり触り終えると、慶子さんは優希から手を離す。優希は怪訝そうな顔でまた俺の隣に立ち、俺の服をぎゅっと握った。
その時、優希の足に、フワッと何かが触った。
〖ふふっ〗
(あの時の座敷わらし……!)
「え? なに!?」
足に何かを感じるのか、優希は肩をびくっとさせ、足元を気にしている。
「分かりました……」
よく分からない笑みで静かに慶子さんは告げる。
「鈴原優希さん」
「は、はい!」
「今回の件、咎は無しとします」
「え?」
「あなたからは悪意を感じられません。何より──」
慶子さんの細く長い目が少しばかり開けられる。見えていないはずの目は、しっかりと優希を捉えていた。
「うちの童子が笑っているようですから」
座敷わらしは〖ふふっ〗と笑うと、消えていった。
慶子さんがそうやって微笑むと、優希は「は…」っと短く息を漏らした。その後、
「はぁ~良かった~……」
と、へなへなとその場に座り込み、優希は腰が抜けたように顔から脱力した。
「私……殺されるかと……」
「殺しませんよ。我が組織は不殺を信条にしていますから。──誰がそのようなことを?」
「だって椿さんが……」
少し冷ややかな視線で優希は椿さんを見た。
「……てへっ?」
舌をペロッと出し、椿さんはまるでいたずらがバレた子供ように、とぼけた顔をした。
まあ、言及はしてないけど、確かにあの雰囲気じゃな……。──それにしても。
「ヒドイじゃないですか神井さん! 優希を牢に入れろだなんて!」
「私はこれ以上、組織のことを知る人物が増えるのが我慢ならないんだ!」
そう言って、神井さんは優希を睨んだ。その視線に、優希は少しだけ怯え、俺の後ろに隠れた。
「兄さんは組織に見えない人が居るのが嫌なだけだよね?」
椿さんがからかいながらそう言うと、神井さんは不遜な表情を崩さぬまま、椿さんから顔を背けた。
俺は耳元で、「安心して。神井さんは残念な人なんだ……」と優希に囁いた。
「しょうちゃん。人のことそんな風に言っちゃダメでしょ?」
(え? 優希を安心させたかっただけなのにな……)
優希がまるで子供でも諌めるようにピシャリと言ったところで、今まで一言も話さなかった幸宮さんが、ふぅ、と疲れたような、安心したような、溜め息のようなものを吐いた。
俺がそのことに気付いて話しかけようとした時、幸宮さんは何故か部屋から出ていこうとした。
あれ? 幸宮さん、どうしたんだろう? そう思っていると、優希がずいっと、一歩前に出た。
「あの、幸宮さん」
躊躇いがちに話す表情は、人見知りな優希とは何処か違い、真剣な眼差しで幸宮さんを見つめていた。
「ちょっと話せませんか?」
優希の申し出に、幸宮さんは視線を俺の方に一瞬向けた。だが、すぐに顔を戻すと、観念したように肩を竦める。幸宮さんと優希は、二人で庭に行こうとした。幸宮さんと話したかった俺も、優希の後についていこうとする。しかし。
「しょうちゃんは来ないで!」
「へ?」
「ごめんね。幸宮さんと二人で話したいから……」
ごめんねと言いつつも、顔は拒絶を物語っている。その思い詰めた様子に、俺は足を止めざるをえなかった。
結局、二人が何を話しているのか、俺は遠くから眺めるしかなかった。




