↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/46

五話 守りたかったモノは ①

 

 いい加減、夏休みの宿題に手をつけようと、家でノートを広げてみるものの、どうも気乗りしない。

 おまけにかまって欲しいのか、母が度々部屋を覗きに来ては、テレビ番組がどうの、やれ犬が可愛いだの、くだらない雑談をしに来て、気が散って全然宿題が遅々として進まなかった。

 俺は何処か涼しい所で、この山積みの宿題を片そうと、図書館への道を歩いていた。


 目の前には道を塞ぐように三人組がたむろしている。


 あれ? 一人は優希……?


「ねぇねぇ! ちょっとそこの女の子!」


「な、何ですか」


 怪しげな金髪のチャラ男二人組が、優希に話しかけていた。威圧感のある男たちが、小さな優希の行く道を塞ぐように取り囲んでいる。

 優希は本屋の帰りらしく、茶色の紙袋を胸の前で、両手で大事そうに抱えていた。


「暇そうじゃんっ」


「ちょっとさぁ、オレたちと付き合ってよぉ」


「一緒にカラオケでもどう?」


 男の一人が優希の右手を突然掴んだ。


「いたっ」という声と共に、彼女の顔が嫌悪と恐怖で歪む。


「止めて下さい!」


「優希!」


 俺は咄嗟に勉強道具の入ったリュックを放り投げ、優希の前へと出ていた。男二人は近くで見ると、俺よりも頭半個分ほど大きく、高圧的な雰囲気を醸し出している。


「え? しょ…浅羽くん?」


「何だよお前っ」


「マジだりぃんだけどっ」


 金髪のデカイ男性二人に睨まれ、震える足。だが、俺はキッと二人の男性を睨み返した。


「ちっ、ヒーロー気取りかよっ」


「行こうぜ。よく見りゃ大したことなかったわ。あんな地味女」


 男たちは負け惜しみの捨て台詞を吐きながら、肩を大きく揺らし、去っていった。


「はあ……。大丈夫か? 優希?」


 俺は投げ捨てたリュックを拾うと、そこについた埃を払った。


「う、うん。ありがとう……浅羽くん」


 気まずそうに本をギュっと抱きしめ、うつむく優希。俺は、相変わらずの浅羽くん呼びに少し悲しくなった。

 このまま優希を一人で帰らせるのは不安過ぎる。家に送るか……? それとも──


「──あ、あのさぁ優希?」


 俺は震える手でリュックを持ちながら、一種の賭けに出た。ゴクッと一回、喉が必然的に鳴った。


「ちょっと俺と、図書館で勉強しないか?」


「へ?」


「いや、ほら! 俺、夏休みの宿題ヤバくて! 学年の優等生である優希様に手伝って欲しいんだけど……? ダメ?」


 懇願するように、仏にでも祈るように、俺は両手で優希を拝んだ。


「ぷっ…。なにそれっ。しょうがないなぁ……」


 優希は右手で口元を押さえ、小さく柔らかく破顔した。


 よっしゃ!!


 暖かな眼差しからは、夏休み前の空気は微塵も感じられない。

 俺はその笑顔が見れただけで、心の中でガッツポーズをした。







 図書館につくと、涼しげなクーラーの風が髪を撫でた。

 図書館独特の本の匂いが鼻孔をくすぐる。学習用スペースは、夏休みということもあり、他にも勉強している人で埋め尽くされていた。

 俺と優希は何とか対面式の空いている席へと座った。


「ごめんな、優希。お前夏休みの宿題終わったのか?」


「うん。もうとっくに。七月中には終わってたよ」


「流石優等生!」


「だからさっきからなにそれ」


 優希はくすくすと笑いながら顔を綻ばせた。

 よかった。いつもの優希だ。俺はその笑顔に少し安心しながら、ノートを広げた。

 数学のノートに広がる幾何学模様のような羅列に目眩を起こしながらも、俺は宿題の範囲を解いて行く。静かな図書館特有の空気の中、俺は数問目を解くと、改めて優希の存在を確認する。


 目の前には先程買った参考書らしき本を広げる優希がいる。

 俺はそれだけで満足だった。


「──なあ、優希?」


「なに? 何処か分かんない?」


「お前何でショートカットにしたんだ?」


 途端に優希の目が驚きで丸みを帯びた。


「あ、似合ってないとかじゃなくてっ。むしろ似合ってる……」


「え? あ、ありがとう……」


 優希は照れくさいのか、髪を耳にかけた。


「あの、そういやさ、お前、何でいきなり浅羽くん呼びなんだよ?」


「え? う~ん……何となく?」


「何となくって、お前!」


「しーっ。ここ図書館だよ?」


 口元に人差し指を立て、優希は小声で俺を制した。


「あ、悪りぃ」


「──だって……浅羽くんが言ったんだよ? もう子供みたいな付き合いは止めようって。だから、名前呼びってちょっと子供っぽいかなって」


「いや、俺が言ったのはっ!」


 また声を荒らげそうになる。案の定、誰かの咳払いが聞こえた。


「…俺が、言ったのは…………」


 いいのか? このまま続けて? 優希をまた巻き込んだら……。俺の脳裏にあの日の優希が過る。倒れたまま起きない優希。このまま目を覚まさないんじゃないかとさえ思った。


「まあ、そうだよな……。今更、虫がよすぎるか……」


 項垂れ、俺は力なく背もたれに寄りかかった。

 本当、俺って勝手だよな。優希を巻き込みたくないと言いつつ、結局こうして切り離せずにいる。

 何処かで線を引かなきゃ。俺はもう違う世界の人間なのだから──


「──ほら、そんな格好してないで」


 呆れなのか、それとも愛想を尽かしたのか、優希は溜め息混じりに椅子から立ち上がり、俺の目の前に手を差し出してきた。


 あれ?


 優希の顔を見ながらその手を取ると、何故か優希は眉を下げて微笑んでいた。


「勉強しよ?」


 その笑顔は紛れもない、いつもの幼(・)な(・)じ(・)み(・)の(・)優(・)希(・)だった。

 想像と違う反応に、俺は拍子抜けしてしまう。

 ぐいっと華奢で優しげな腕に引っ張り上げられると、俺は取り敢えず姿勢を正し、またノートに向かった。数字の羅列が俺を襲ってくる。ダメだ。頭が働かん……。


「あれ? ここ間違ってる……」


「え? どこ?!」


「ほら、ここの数式」


 何処が間違ってるのか、彼女の指差す先を見てみるも、間違いが分からない。


「こんなんじゃ、また森野先生に怒られるよ」


 ハァ…と溜め息交じりに口を尖らせ、優希は机の上に腕を組むようにして、そこに体重を乗せた。


「せめて担任の森野の担当教科が、俺の得意な国語だったら、まだ気が楽なのに……」


 俺は鉛筆を持ったまま、机に突っ伏した。


「もう、またそんな格好して──」


「おや? 浅羽くん?」


 項垂れ、ノートの数字が目に飛び込んだ所で、頭上から見知った声が聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。