四話 渉くんの消えた日 ④
長いぼやけた金髪で、花束を左手に持った女の人……。咥えタバコの匂いが鼻に来た。この匂いは……。
「か、母さん!?」
俺の驚嘆の声に気付いた母は、こちらを振り向き、一息タバコをふかした。
「よう、祥太! 元気してたか?」
花を親父の墓に無造作に置き、母は俺の頭をこねくりまわす。三ヶ月と少し振りに見た母の笑顔は、相変わらず年を感じぬほど若いままだった。
「やめろ! 縮む!」
俺は必死に母の手をどかそうとするが、何処にそんな力があるのか、一向に離してはくれない。
「大丈夫だって。私と誠太さんの息子なら──」
そう言いかけ、ようやく気付いたのか、母は幸宮さんの方を見、やっと俺の頭から手を離してくれた。
「ん? この子は──」
「ああ、えっとー」
「幸宮美耶子です。初めまして」
「幸宮……?」
母は訝しげに幸宮さんをジロリと見た。
手に持ったタバコを携帯灰皿にしまうと、自身のズボンへと押し込む。
おいおい、幸宮さんに失礼なことするなよ?
そう思っていると、母は俺の肩をぐいっと掴んで耳元で囁いてきた。
「おい、祥太郎っ。なに可愛い子連れてんだ? 私はてっきり優希ちゃんと祥太が──」
「母さんには関係ないだろ?」
優希との関係は今複雑である。それを、三ヶ月も俺をほったらかしにした母親に言うには、少々抵抗があった。
「幸宮さんって言ったっけ? あれ? どっかで会ったことある?」
悪態をつく俺をほっとき、母は今度は幸宮さんに絡み始めた。
「え? 初めてだと思いますけど……」
「ふぅ~ん?」
目を細め、幸宮さんの顔を不躾にまじまじと見つめている。
全く……。我が母親ながらわけ分からん。親父もこんなの何処が良かったんだか……。俺は問い掛けるように親父の墓に目を向けた。
「あ゙?! なんだこれ!?」
俺は親父の墓の異変に驚愕した。
「線香立てに何でタバコ刺してんだよ!?」
火のついたタバコが、まるで、これが線香とでも言いたげに立ててあった。
「別にいいだろ? 誠太さん、私のタバコの匂い好きだったし……」
「非常識ババァ……」
「はあ!? 何だって!?」
「いえ、何でもないです……」
「ところで幸宮さんさぁ────」
俺は溜め息を吐きながら、それとなく、母が見ていない間に、タバコを回収した。足で入念に火を消した後、先程鼻を噛んだティッシュに丸めて、再びポケットに入れた。
「────というわけで、帰るか? 祥太郎」
何がというわけ何だ?
「何だお前聞いてなかったのか? これから美耶子ちゃん、家に来るから」
「はあ?! 何勝手に……」
つうか、美耶子ちゃん呼びかよ!
「勝手も何も、私の家だしっ」
「三ヶ月も家開けてたくせによく……」
「私が稼いで建てた家だぞ? 文句あるのか?」
「……いえ」
顔面の圧がすごい。
「ごめんね幸宮さん」
「何て言うか……パワフルなお母さんだな」
幸宮さんはクスッと笑った。
「いやあ悪いねっ。晩御飯作ってもらっちゃって!」
母はシャワー上がりの乾いた髪を風になびかせ、庭先でビールを呑みながら、涼しげに肌をさらけ出し、夏の夜風に当たっている。
「私も祥太も料理はからっきしでさ! いつもテキトーにチャーハンとか野菜炒めとかそんなんばっかになっちゃうからっ」
「いえ、私も、料理は勉強中なので」
「ごめんね幸宮さん、俺何か手伝うよ」
「いや、浅羽も座っててくれ。ここは私一人で大丈夫だ」
包丁で野菜を刻みながら、幸宮さんはこちらに視線を向けた。
「それより、久しぶりに会ったんだろ? お母さんと会話でもしててくれ」
幸宮さんは台所は私の領域とでも言わんばかりに、俺の背中を押した。
「会話って言われても……」
俺は、三ヶ月振りに会った母親を前に、恐らく緊張していた。今更何を話せば……。
「おい、祥太。ちょっとこっち座りな」
母は左手で、ポンポンと自分の隣へと呼んだ。
促されて縁側に座ると、母は俺の肩をギュっと抱き寄せた。
「──学校はどうだ?」
珍しく優しげなその口調に、俺は思わずポツリと呟いていた。
「まるで母親みたいだな……」
「母親だっつの」
肩を抱くその手をどけ、俺は顔を背けながら言った。
「別に、普通……」
「優希ちゃんと何かあったのか?」
静かに囁かれ、俺は母の顔を咄嗟に振り向いた。
「何でわかっ……」
「そりゃ分かるよ、母親だぞ?」
ビールを一口呑んだ母親に、当然とばかりの顔を向けられる。
俺はいつの間にか、ポツポツと吐露していた。
「俺…、優希を傷つけたかもしれない……。それは優希を守る為の嘘だったんだけど、そのせいで優希は……」
違う。
「──俺は間違ったんだ」
本当に守りたかったのは、自分自身だった。
突然見えるようになった異形の存在。
ツキビトと呼ばれる悪霊との戦い。
どう考えても一般の高校生とはかけ離れている日常──
こんなことを優希、いや、優希以外にも知られれば、自分がどんな目で見られるか。
幽霊が見えるなんて知られれば、きっと気持ち悪いだろう。
ならば自分から優希と離れてしまえばいい。
──自分はもう絶対に普通の日常には戻れないのだから。
頭の中をぐるぐる、まとまらない思考が駆け巡り、涙腺が熱くなる。
今にも泣き出しそうだった。
「まあ、間違うことは誰にでもある。大事なのは、そこから先どうするかだ」
母は俺の頭をポンポンと二回ほど優しく叩いた。
「祥太郎。正しさだけが大事ではないんだよ」
「?」
どういう意味だ?
母の顔を覗き込み意味を聞こうとした時。
「話しは終わったか?」
!!
後ろに幸宮さんがエプロン姿で立っていた。
白の半袖とエプロンの対比率が絶妙にマッチしていて、可愛さの比率が総体的に───いや、とにかく、可愛い!!
俺は幸宮さんのエプロン姿に思考を全て奪われていた。
「さて、飯だ飯だ!」
気が付けば食卓からは美味しい匂いが漂ってくる。
母は俺の頭を支えにしながら立ち上がると、リビングへと戻って行った。
「いってぇなぁ……」
かかった重力を振り払うように首を回すと、続いて俺も縁側からリビングへと移動した。
「おぉ~! 美耶子ちゃん! さすが!」
食卓に並べられた綺麗なおかず達に母は目を輝かせた。
ダイニングテーブルの上には、ご飯と味噌汁、サラダ、そして熱々の唐揚げが置かれていた。
「揚げ物出来るなんてすごいなぁ」
母と二人きりの食卓では絶対に出ないであろうそれらに、思わず唾を飲み込む。
「うちの母親に見習って欲しいくらいだ」
あれ、思わず声に出ていた。
「何だとガキンチョ?」
椅子に着きながらこちらを睨む母は、されども食事に気を取られているのか、それ以上絡んでくることはなかった。
「あれ? 幸宮さんそのエプロン……」
幸宮さんが椅子の背もたれに、明らかに見覚えのあるエプロンを掛けながら座る。
「ああ、おば様からもらったのだが……」
さっきは気付かなかったけど、それ、俺が小学生の頃、家庭科で作って、母の日にプレゼントしたのに、「私に料理させる気かっ?」とか何とか文句言って、一回もつけてくれなかったヤツ!
「いらないから美耶子ちゃんにあげた。どうせ使わないからいいだろ?」
はあ、こういう人だよな……うちの母親って……。




