四話 渉くんの消えた日 ③
「何なんだよお前ら!」
少年特有の高い声が、俺たちの耳に響いた。
その声に驚き、俺と幸宮さんは同時にそちらを向く。
「そこ渉くんのお墓だぞ!」
先程、お墓に木の枝でいたずらしていた大樹くんが、顔を歪ませてすごい剣幕で怒っていた。
〖大樹くん〗
「大樹……くん?」
「!? なんでおれの名前…?!」
「それより。何でさっきいたずらしてたの?」
腰を落として聞くが。
「うるせぇ! ハゲ! ペチャパイ!」
「は、ハゲ……?」
なんだこのガキ!
俺はハゲてない! え…? ハゲて、ないよね…?
俺は思わず自分の頭皮を触って確認する。良かった、ハゲてるのかと思った。
「ペチャパイ……」
幸宮さんは、自身の胸に手を当て、顔面蒼白していた。
俺は幸宮さんの胸をいやらしい意味ではなく横目で見る。うん、どう見てもB、いや、Cはある!
「こら! 人のことそんな風に言うんじゃないの!」
「怪しいヤツ! おれが退治してやる!」
大樹くんは、地面に落ちていた枝を拾い上げると、俺に向かって振り回してきた。枝の先がちょうど太ももに当たってとにかく痛い。
「いたっ! おい! やめろって!」
俺が手でガードしても、大樹くんは枝を振り下ろすのを止めてはくれない。その時。
「だ、い、き、く、ん…?」
落ち込みから回復したのか、幸宮さんの強烈な威圧が、大樹くんを見下ろす。大樹くんは何か恐ろしいものでも見たかのように縮こまった。
「ご、ごめんなさい……」
青い顔をし、枝を離して大樹くんはその場で正座した。
俺の方からは幸宮さんの後頭部しか見えなかったが……。一体どんな顔をしたんだ!?
「それで? 幸宮さんのことをペチャパ…じゃなかった、渉くんのお墓になんでいたずらしてたのかな?」
憤慨気味に俺は腕を組んで大樹くんを見下ろした。
「別に、いたずらじゃないし……」
大樹くんは拗ねたように唇を尖らせた。
「いや、どうみてもいたずら……」
「だって! おれのおじいちゃんが死んだ時、お坊さんがそうやってるの見たもん! だからおれ……」
大樹くんの瞼がだんだんと悲しそうに歪んでいくのが分かる。次第に涙が涙腺を埋め尽くしていった。
「渉くんがちゃんと…天国……ひっく…成仏……ひっく」
しゃくりあげながら大粒の涙を浮かべ、大樹くんは両手のひらで目の端が赤くなるほど両目を擦った。
大樹くんが言っているのは、多分、何かの葉っぱで墓石に水をかけるヤツかな。そういや昔、なんかテレビで見たことあるような……。
「あんまり目をこするな。赤くなってるぞ」
幸宮さんはそう言って、茶色いバッグからピンクのハンカチを取り出し、大樹くんの目を優しく拭いた。
「う、うん……」
正直うらやま…いや、何でもないです……。
〖────ぅわああああ~~ん!!〗
「どうした!?」
〖…ひっく……大樹くんが泣いてるの見てたら……悲しくなっちゃって……〗
「渉くん?」
「え?」
涙目を擦りながら、大樹くんは真っ直ぐに渉くんを見ていた。見えないはずの渉くんを。
〖大樹…くん? 僕が見えるの?〗
「渉くん、なの……?」
驚きで目を見開き、大樹くんは渉くんの側に駆け寄っていた。
夏の陽炎に揺れながら、大樹くんの目には渉くんの姿がはっきりと見えていた。
「渉くん!」
〖大樹くん!〗
「お前、何処行ってたんだよ! おれとの約束忘れたのか!?」
〖ごめん、ごめんね大樹くん……〗
眉尻を下げ、今にも泣き出しそうになりながらも、渉くんは、
〖あの日、大事な図鑑汚しちゃってごめんねっ……。怒らしちゃってごめんねっ。ボク、お空で大樹くんのこと見てた。いっぱい悲しい思いさせちゃってごめんねっ。約束破っちゃってごめんね……〗
拙い言葉で精一杯、思いの丈を紡ぎ、目に涙を浮かべ、大樹くんの手を握った。
〖一緒に……。恐竜博士になるって、約束したのに……。ごめん……。ボク──〗
「おれも、怒ってごめん……」
胸の辺りで、両の手で服をギュッと切なそうに握りしめる大樹くん。
「あの恐竜図鑑……お前と、お前の弟にあげようと思ってたんだ」
〖え?〗
「お前、弟出来るの喜んでたろ? だから、三人で見たかったんだ……」
〖……ありがとう〗
「へ?」
〖ありがとう大樹くん。ボクと友達で居てくれて。ボクと遊んでくれて。大樹くんと居るの、すごく楽しかった。すごく嬉しかった。ケンカもちょっぴりしたけど、でも、ボク大樹くんのことずっと大好きだよ!〗
晴れ晴れとした笑顔で、渉くんは大樹くんを見つめていた。
「おれも、渉くんと居るの楽しかった……!」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら、大樹くんは渉くんを真っ直ぐに見つめ返していた。
不意に、渉くんの体の線が周囲に溶けるように揺れ動く。それは渉くんとの最後の別れを意味していた。
〖……もう、お別れだね……〗
「──!! 待って渉くん! おれ、まだっ!」
渉くんの体が光輝く。光は線になり、渉くんの体を包むように天へと伸びていた。
〖また一緒に遊べるといいねっ〗
にこやかに微笑んだまま、渉くんは夏の暑さに隠れるように消えていった。
「────っっ……うぅ…」
両手で目を擦りながら、泣きじゃくり、大樹くんは渉くんの影を追うように、渉くんが消えた場所をただ眺めていた。
「うぅ、渉くん……」
俺は俺で、渉くんが消えたことにショックを受け、ただもらい泣きしていた。
「浅羽、お前ってヤツは……」
呆れだかの溜め息を吐き、幸宮さんは俺にポケットティッシュを差し出してくる。
「だって、俺……こんなこと初めてで……」
ティシュを二枚ほど抜き取り、俺は鼻を噛んで、自分のズボンのケツポケットに押し込んだ。
泣きじゃくる大樹くんを家まで送ると、その母親に誘拐犯ではないかと怪しまれた。必死に幸宮さんと弁明し、ようやく納得してもらえた頃には、もう既に夕方近くなっていた。
俺は親父の墓を洗った時の手桶やらを片付け忘れたのに気付き、幸宮さんとお墓に戻った。
あれ? 親父の墓の前に誰か居る?




