四話 渉くんの消えた日 ②
家はこの近くだと、渉くんに言われ、俺と幸宮さんはスーパーに寄ってから渉くんの家のチャイムを押した。しばらくして、インターフォンの音声から女性の声がした。
《はい? どちら様?》
「あ、俺、浅羽って言います。渉くんのことでお話が……」
《…………》
「あの…」
《……何なんですか? また取材ですか? いい加減にして下さい。私達は息子を殺されたんですっ。私達が何したって言うんですか!》
「い、いや! 違うんです! 俺、渉くんの友達で!」
《渉にそんな大きいお友達いません!》
インターフォンの音声はけたたましい音を立ててガチャリと切られた。
「……どうしよう、幸宮さん」
「だから言っただろ? こういうことは繊細な問題なんだ。私に任せろ」
そう言うと幸宮さんは再びチャイムを押した。
《……もう帰ってくれませんか?》
「あの、私、幸宮って言います。帰りますので、渉くんの友達の大樹くんの家の住所をご存知ないでしょうか?」
幸宮さんが、そう言ったあと、数秒の沈黙の後に、鍵の開く音が静かに聞こえた。何故?
俺がはてな顔で見ていると、渉くんの母親らしき人が玄関から顔を出した。
「……まあ、その程度なら……」
と、苦笑い気味に女性は疲れた顔をしながら言った。女性の目元にはうっすらとクマが出来ていた。そこへすかさず幸宮さんが押す。
「もし良ければ、渉くんにお線香をあげたいのですが……」
幸宮さんの落ち着いた雰囲気に心を許したのか、女性はちょっと溜め息を吐いた後、
「どうぞ……」
と、玄関の扉を開けて招き入れてくれた。
すごいっ。家に入れてくれるなんてっ。横を見ると、幸宮さんが女性に気付かれないよう俺に向けて、ニヤリと勝ち誇ったように目を細めた。あ、なんかくやしい。
家に入ると、居間に通される。
居間には渉くんの父親らしき人が座っていた。俺と幸宮さんを一睨みし、溜め息を吐く。
仏壇には渉くんのにこやかに笑っている写真がお線香と共に飾ってあった。本当に亡くなってたんだな…、渉くん。俺と幸宮さんは仏壇に線香を供え、手を合わせて冥福を祈った。
「あの、これ、手ぶらじゃなんでしたので……」
先程スーパーに寄り、お中元コーナーから良さそうな手土産を買ってきた。俺は箱を開けながら。
「渉くん、夏祭りで毎年金魚すくいして、今年もしたかったて言ってたので、金魚のモチーフのゼリーを選んでみました」
「え?」
渉くんの母親はそのゼリーに目を丸くした。
「……本当に渉の友達だったのね。渉は金魚すくいが大好きだったのよ。毎年やりたがって……。次の日にはわんわん泣く羽目になるのに……」
そう言うと女性は下を向き、握っていた拳に涙をポタポタとこぼし始めた。母親の後ろには空の金魚鉢が、静かに窓の光に当たってガラスの虹をゆらゆらと映し出していた。
「渉……。何で……」
泣き出す母親の肩を、父親が片手で抱く。その父親も、右手で眼鏡の下の目頭を押さえていた。
父親の張り詰めていた空気が和らいだ気がした。父親は深く溜め息を吐き、重い口を開いた。
「渉は一ヶ月前に交通事故で……。相手側の突然の心臓発作でした……。運転手は他界……。勿論誰も悪くはないのは分かっています……。でも、私達家族はそれでもやりきれない思いでいっぱいなんです……」
「──あの、渉くん言ってました」
俺はもらい泣きしそうになりながらも、渉くんの言葉を伝えようと息を飲んだ。
「……お母さん、お父さん。恐竜公園、また行きたいねっ。今度は弟も連れて」
「え!」
母親は驚き、咄嗟に自身のお腹に手をやった。
「あの子、そんなことまで……」
目を丸くした父親が続ける。
「恐竜公園は渉とよく三人で行っていたんですよ。お母さんが安定期に入るまでの約束で、最近は連れてってあげられませんでしたが……」
「渉、絶対弟だって聞かなかったんですよ。まだ性別も……分からないのに……」
渉くんの母親は言葉尻に嗚咽を交えながら顔を押さえた。
「あ、……大樹くんの住所でしたよね……」
「あ、はい」
渉くんの母親は涙を手で拭いながら、住所を紙に書いてくれた。少し濡れていた紙を俺は大事に手に持った。
「俺、悪いことしちゃったかな?」
先程の母親の泣き顔が頭から離れない。
「何、大丈夫だ。今はつらいだろうが、時と共にちゃんと立ち直っていく。私達は生きていくしかないんだ。亡くなった人の分まで」
そういえば、幸宮さんもお父さん亡くしてるんだよな……。
「何にせよ、これで渉くんも成仏出来るんじゃないか?」
幸宮さんが笑顔を向けた。
俺達は先程のお墓へと来ていた。渉くんはまだそこにいる。
「渉くん」
〖お兄ちゃんたちっ〗
渉くんはまた墓石からぴょんと飛び下りた。
「お父さんとお母さんに会ってきたよ」
〖うん、ありがとう!〗
これで渉くんも成仏して……。あれ?
「幸宮さん、渉くんって、いつ成仏するの?」
「ああ、未練が無くなればな」
「渉くんの未練って両親に伝えたかった言葉じゃないの?」
「そうだと思うが……。渉くん」
〖なぁに?〗
「他に叶えたい願いとか思い当たらないかな?」
中腰で渉くんに目線を合わせる幸宮さん。
〖えっと……〗
「何か引っ掛かってるの?」
〖うん……〗
渉くんは俯き加減で地面を蹴った。
〖大樹くん……〗
ポツリと呟く。
〖大樹くんと仲直りしたいっ……〗
顔を上げ、幸宮さんを真っ直ぐな目で見つめ返した。その時。




